マジメ御曹司を腐の沼に引き摺り込んだつもりが恋に堕ちていました

田沢みん

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36、会長と一騎討ちなのデス! (2)

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 会長は熱い玉露をもう一度口にして喉を潤すと、凄みのある声で告げた。

「ヨーコさん、そちらは準会員の竹千代を入れて、 3名だと言ったな……」
「ハイ……私がカイチョーで1号デス」

 ゴクリ……と唾を飲み込んでから答えた。

「こちらのは会長は私だ。1号の私を筆頭に、娘の琴子ことこ 、娘婿の時宗ときむねを会員に迎えておる。秘書の赤城はそこまでの熱が無いので、準会員扱い。合わせて4名、既にそちらを上回っているな」

ーーぐぬぬ.…っ、なかなか手強い。さすがカイチョー。

 思わず膝の上で、ギュッと拳を握り締める。
 だけどここで引いては本家ファンクラブ会長の名が廃る!

ーーヒナコの立場上、コレだけは言うまいと思っていましたが……背に腹は変えられませんネ!

 戦の場では勝つことが全て。
 相手が会長であろうが殿様であろうが、簡単に負けるわけには行かないのだ。
 手加減なんて、もってのほか。


「カイチョウ、信頼と愛情の深さは早いもの勝ちでは無いのデス。会員の人数だって関係ありませんヨ!」
「関係ない?」

「ハイ、そうデス」……と、深く頷いて見せる。

「出会った時期や順番などは飛び越えて、私とヒナコは女の友情と腐の世界で深く繋がっているのデス」

「腐……とは?」

ーー勝った!

 思わず笑みが浮かぶ。

「フフッ、それも知らずにヒナコファンを名乗るとは、カイチョウもまだまだ勉強不足。笑止千万しょうしせんばんデスナ」

「ぐぬっ……笑止千万とまで言われては、この黒瀬定治、放っておくわけに行かんな」

 途端に定治の目つきが鋭くなった。

ーーヒッ!

 時代物のお約束のパターンで行けば、ここで手下の侍がダダッと現れて一斉に刀を向けられるか、 殿である定治自身が「不届き千万!」と立派な刀を抜くところだけど……。

 床の間に目をやると、そこに刀は置かれていなかった。
 ホッとしたのも束の間、遠くからダダッと大きな足音が近付いて来るのが聞こえた。

ーーこっちのパターンかっ!

 足音は激しく床を蹴りながら、廊下をこちらに向かって駆けてくる。

 何か刀を防ぐものをと室内を見渡して、目に入ったのは部屋の隅に置かれていた経済誌。
 ゴロンと畳を転がり雑誌を手に取った瞬間に、目の前の障子がパーンッ!と大きな音を立てて開け放たれた。

ーー来たかっ!

 素早くバッと立ち上がり、腰を低く落とした体勢で、丸めた雑誌を顔の前に構えた……所で……。


「ヨーコっ!……って、その構え……どうした?!」
「トオル?!」
「ヨーコ、俺の後ろに来い!」

 透はヨーコを背にするように立ち塞がると、座卓の向こう側に座っている定治をキッと睨みつけた。

「ヨーコをこんなに身構えさせて……一体何してたんだ! 俺、言ったよな?! 赤城について大人しく日本に行くから、ヨーコには絶対に手を出すなって!」

ーートオル……。

 そうか、透は何の抵抗もせず大人しく従ったわけでは無かったんだ。
 ヨーコを守るために苦渋の決断で……。

 透の気持ちと、やっと会えた安堵感で涙腺が緩む。
 スンッと鼻を啜って、後ろから透の肩をトントン……と叩いた。

「トオル……私は戦に勝ちましたヨ?」
「えっ?」

 定治に向かって身構えていた透が振り返り、そしてまた定治を見る。

「知識不足では仕方がない……分かった。そちらの陣営の軍門にくだる事としよう」

 定治が、「降参だ……」と座椅子の背もたれに身体を沈めると、透が「えっ?」という顔をして、再びヨーコと定治の顔をキョロキョロと見比べた。





 カコーーーン!

 鹿威ししおどしの澄んだ音を背中で聞きながら、透とヨーコは仲良く並んで座っている。
 座卓の向かい側では先程と変わらぬ定位置で定治が腕を組み、ヨーコの説明に聞き入っている。


「……という訳で、雛子は今や腐の沼の住人。彼女もここにいる透も、私の愛弟子にあたりマス」

「なるほど……日本に於いて男色が広く認められていた事は、歴史的にも証明されている。古くは『日本書紀』にもそういう記述があるというのが、文献として残っておるからな」

「えっ、そうなのか?」

 驚きの声を上げる透に定治が「うむ」と頷く。

 戦国時代のお小姓、お寺の僧侶相手の寺小姓、江戸時代には春を売っていた陰間かげまというのが春画しゅんがに描かれている。

 だからその流れを汲んだBLが日本で流行るのは、自然な流れなのだろう……と定治が語った。

ーーまさかのBLに理解があるとは!

「そうか……本屋ではその手の本を買いにくいが、電子書籍であれば遠慮なく入手出来る。そっち方面の市場はまだまだ伸び代がありそうだな。……透、これからは腐女子関連の銘柄が買いだ」

「お祖父さん、今更だよ。俺はもうとっくに電子書籍会社と女性向けコンテンツブランドの株を1千株ずつ持ってるから」

「そうなのか」
「エッ、そうなのデスカ?!」

 定治とヨーコが同時に反応すると、透が愉快そうにクスッと笑って、「ヨーコのお陰だ」と、優しい目を向けた。

「ヨーコ、俺のために、わざわざ日本まで来てくれたんだな……ありがとう、嬉しいよ」

 目尻にシワを寄せてフワッと微笑みながら、ヨーコの頭をサラリと撫でる。
 そんなに長く離れていたわけでは無いのに、この柔らかい笑顔を見るのが凄く久し振りに感じた。
 今は会えた事が、ひたすら嬉しい。

「トオル……とてもとても心配シマシタ。ここに来ていたのですネ」
「うん……心配かけてごめんな。俺もビックリした」

 透が母屋で時宗たち両親と話をしていたら、お茶を追加に来たサキが、「ヨーコ様は美しい方ですね。モデルさんのよう」と耳打ちしてきたと言うのだ。

ーーそう言えば……。

「カイチョー、サキさんは私がトオルさんとお付き合いしていると知っていたのですか?」

 ここに来た時から気になっていた事を聞いてみた。

「まあ、そうだな。朝哉たちから電話をもらってすぐに、明日の午後に透と透の彼女が家に来るから支度を……と、サキさんに伝えてあったからな」

「「 えっ! 」」

 透とヨーコは顔を見合わせて……

「それじゃあ俺とヨーコの付き合いを認めてくれてたのかよ?!」
「私をトオルの恋人と認めてくれていたのデスカ?!」

 2人同時に声を張り上げた。
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