強くて弱いキミとオレ

黒井かのえ

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薫のギクリ

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 公平が声をあげて笑っている。
 
 ちょっと遠目からでも、公平の笑い顔はキレイだった。
 サージというヤツから言われたことを、ずっと考えている。
 ウソだ、という思いで薫は一杯だった。
 あんなヤツの言うことなど信じられない。
 
 公平が。
 
 いつでもそのテの話を嫌がっていた公平が。
 あんなヤツに抱かれていたはずがない。
 けれど、それよりも、もっと気になってしかたがないことがある。
 公平があいつに抱かれていたかもしれないということではなく。
 
 『お前もそのうち犯りたくなる』
 
 薫がひっかかっているのは、その言葉だった。
 公平のことをそんなふうに見たことはない。
 それは断言できる。
 
 今まではそうだった。
 
 けれど、これからのことはわからない。
 一番、ひっかかっているのは、サージが「そのうち」と言ったことだったのだ。
 今は大丈夫でも、これから先、自分が公平を抱きたいと思うようになるかもしれない。
 可能性について薫はずっと考えていた。
 
 公平の顔をいつも「キレイ」だと思っていたし、実際、言葉にもしてきた。
 何回かに一度は公平ににらまれ「そういうイミか」と聞かれ、いつも否定してきた。
 が、否定できなくなった時、自分はどうなるのか。
 公平は自分のことを切り捨てるだろうか。
 
 わからなかった。
 
 公平から切り捨てられるのだろうかと考えたところで、はたと気づく。
 自分がこの先、公平を抱きたいと思う可能性が「ある」方向で考えていることに、薫は気づいてしまったのだ。
 
 ヤバい。
 
 本気でそう思った。
 自分がいつも公平を「キレイ」だと思ってしまうのは、そういうイミだったのかもしれないとさえ思えてくる。
 一度、考えが転がり出すと止められなかった。
 サージの言葉が頭の中でぐるぐる回り出す。
 
 あいつとどんなことをしていたのか。
 公平はどんな声をあげるのか。
 
 サージの言葉を嘘だと思う反面、想像を止めることもできなかった。
 すくっと立ち上がる。
 
「どうしたんだよ、カオちゃん」
 
 今まで話していたヤツらが不思議そうな顔で薫を見上げている。
 話していたと言っても薫はほとんど気のない返事しかしていなかったし、気にするヤツもいなかった。
 今さら薫が輪から離れようと本気で気にするヤツもいないだろう。
 それはわかっていた。
 
 誰も公平のようには自分に接してくれない。
 本気で心配したり、気にしてくれたり。
 対等に扱ってくれるのは公平だけだった。
 
「ちょい出てくるわ」
 
 言って、輪から外れ、体育館からも出ていく。
 内側に溜まった熱で、体が今にも変化してしまいそうだったからだ。
 さすがにみんなの前でそんな姿を晒すわけにはいかない。
 ましてやそんなことになれば公平にバレてしまう。
 
「悪ィ……コオくん……ごめん……ごめん、コオくん……」
 
 つぶやきながら猛烈ダッシュで寮に戻る。
 寮とはいえ、もちろん自分の部屋ではない。
 トイレの個室だ。
 しかも、薫の部屋からは一番遠くて、公平が絶対に探しに来ないだろう場所にあるトイレに飛び込んだ。
 
 洋式のトイレの座面を開け、慌ててズボンを下げて座り込む。
 目を瞑り、熱を持ち始めているソコに手を伸ばした。
 なにをどう想像するつもりだったのかはわからない。
 自然と公平が出てきた。
 
 上半身は裸。
 
 同部屋なのだ。
 公平の着替えなど見慣れている。
 脱ぐと予想以上に筋肉質な体。
 割れた腹筋に触ったことさえあった。
 
 思い出してグッとそこが勃ち上がってくる。
 薫はほとんど毎日のように公平と一緒に風呂にも入っていた。
 思い出そうとすれば公平の体の隅々まで思い出すことができる。
 時々、芸能人の男がヌード写真集を出すことがあるが、そんな写真よりもよほどキレイな公平の体。
 
 知らず、薫は手を上下に動かしていた。
 罪悪感より体の興奮が先に立っているのだ。
 どうしようもなく公平に反応してしまう体を感じた。
 またサージの言葉が、熱に浮かされた脳裏をかすめる。
 
 『公平はイイ声で鳴くぞ』
 
 ちくしょう、と思う。
 あんなヤツより自分のほうが、と思う。
 
「コオくん……」
 
 想像の中、公平が優しい顔で近づいてきた。
 両手で薫の頬を包む。
 目を閉じ、近づいてくる公平の顔。
 長い睫毛。
 薄くて形のいい唇はほどよく赤い。
 
 薫は夢中で手を動かす。
 止められないところまできていた。
 理性はわずかにも残っていない。
 
 浮かんだ光景の中で、唇が重なる。
 
「コオくん……こんなの、俺ぁ……」
 
 許してくれるように瞼の裏で公平が微笑んだ。
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