強くて弱いキミとオレ

黒井かのえ

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公平のハテナ

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 今朝から薫の様子がおかしい。
 
 体育館で公平は舞台の上にいつものように座っていたが、隣に薫はいない。
 離れた場所で床に座り、他のヤツらに囲まれて話をしている。
 朝、公平が起きた時には隣のベッドに薫は眠っていた。
 昨日は朝帰りしたのだろうと、公平はそのまま教室に向かった。
 
 そこまでは、さして珍しいことではない。
 薫の寝坊は今に始まったことではないからだ。
 が、そこからがいつもと違う。
 
 いつもなら寝坊をしても2時間目あたりには教室に姿を現し、公平べったりになる。
 いつものように待っていたが、薫は2時間目どころか放課後になっても教室に姿を現さなかった。
 一度、寮に戻ってみた。
 部屋に薫の姿はなく、体育館に来てみたら、薫がいたのだ。
 
 入ってきた公平にちらっと視線をおくってはきたが、薫は近づいて来ようとしなかった。
 それで公平も薫に近寄ることができなくなってしまい、一人で舞台の上に座っている。
 なにがあったのかはわからない。
 が、薫は自分を避けている。
 
「公平さん」
 
 声にそっちを見ると梅野が立っていた。
 ホッとする。
 一人には慣れていたが、それ以上に薫がそばにいないことに慣れていなかった。
 ともかく梅野が寄ってきたことで、薫の態度について色々と考えずにすむ。
 
「どした?!」
 
 梅野の顔を見て、公平は舞台を飛び降りた。
 顎をつかんで上を向かせる。
 
「これ、どうした?」
 
 口の辺りが腫れていた。
 誰かに殴られたのは明白だった。
 けれど、校内で梅野にちょっかいを出すヤツなどいないはずだ。
 
 まさか薫に殴られたのでは。
 
 思いが浮かぶ。
 そのせいで薫は自分を避けているのかもしれない。
 
「ちっと喧嘩……」
「誰とッ?!」
「わかんないっす……」
「わからねぇって、お前」
 
 顎を離して梅野を見た。
 
「薫?」
 
 梅野が首を横に振る。
 
「まさか。カオちゃんじゃないっすよ」
 
 不思議そうな顔をしている梅野に、嘘はなさそうだった。
 薫を庇っているわけではなく、本当に薫ではないのだろう。
 では、誰が梅野を殴ったのか。
 では、どうして薫は自分を避けているのか。
 どちらも回答はなかった。
 
「裏音羽のヤツじゃないことは確かなんすけど」
 
 校内の情報に誰よりも詳しい梅野が言うのだから間違いない。
 
「昨日、外、行ってたんか?」
 
 こくりと頷く梅野に、公平は眉間にしわをよせる。
 
「なんで、俺に声かけねぇんだよ」
「確かめたいことがあっただけで、危ないことになるとは思ってなかったし。それに……」
 
 梅野が唇を噛む。
 公平を巻き込みたくなかった、ということ。
 
「わかった。けどな、今度からは、ちゃんと俺に声かけろ」
 
 このくらいですんだから良かったものの。
 梅野の子供な体やかわいい顔立ちにそのテの欲望を押し付けたがるヤツは大勢いるはずだ。
 そういうことから公平は梅野を守りたいと思っていた。
 梅野が相手のことを好きで、その気持ちから体を預けるのならばいい。
 だが、そうでないならば。
 苦痛の重さを公平は知っていた。
 
「そんくらいですんで良かった」
「松葉が……」
 
 なるほど、と思う。
 思って、ちょっと笑った。
 
「なんすか?」
「いや」
 
 松葉は梅野と同部屋だ。
 松葉と梅野がうまくいっているのには、一重に松葉が梅野を気に入っているからだ。
 同部屋ではない自分よりも、松葉のほうが梅野の行動に気をつけてやることもできる。
 心配して尾行けていたのだろうことは、たやすく想像できた。
 
「なんすか、公平さん!」
「いやいや。あんまマツに心配かけんなってコト」
「別に、心配なんかかけてないっす!!」
 
 むきになっている梅野の頭を、ぽんぽんと軽く叩く。
 
「かわいい顔して怒るなって」
 
 笑っている公平に、ますます梅野がむきになって怒った。
 
「かわいいって言わんでくださいよ!」
 
 その様子がおかしくて、ますます笑ってしまう。
 梅野は見た目にそぐわず、はねっかえりなのだ。
 ギャップがかわいくて面白い。
 
 きっと松葉もそんな梅野を気に入っているに違いない。
 公平はしばし薫のことを忘れ、声をあげて笑っていた。
 梅野はすっかりむくれている
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