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15 昼に舞う蝶とダンサー
ハルとショウの土曜日③
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「ありがとうハルさん、退屈させてごめん」
クリニックを出るなり晶に言われて、晴也はううん、と応じた。
「スタッフがみんな気安いから割と喋った」
「それは良かった」
「……良かったのか、俺をパートナー扱いして」
晴也は横に立つ晶を軽く見上げ、言った。昨夜からこいつとずっと一緒にいるなとふと思い、勝手に気恥ずかしくなった。
「いいよ、むしろそれが目的だったから」
晴也はうん、と曖昧な声を出してから、晶に説諭する。
「ロンドンに何しに行くのか先生にちゃんと話しておけよ、俺が説明する羽目になったぞ」
「えっ、話した気がしてただけだった?」
晶は眼鏡の奥の目を見開き、呑気に言った。晴也は今日何度目になるのかわからない苦笑を洩らした。
「先生、公式ホームページでスケジュール確認してた……観に行きたいって言ってたな」
「うわ、ほんとに来そうで怖い」
「気にしてくれてるんじゃないか、いい先生だよ」
晶はふっと笑う。
「そうだな、あの先生でなければ、手術を受けようと思わなかったし……術後もメンタルが潰れてたかも」
晶は珍しく、昔の辛かった話をした。不調をごまかしていた痛み止めが効かなくなり、膝を抱えて練習中に倒れそのまま病院に運ばれたこと、両親が東京で晶に手術を受けさせると勝手に決め、知らない間に全ての役を降板し、帰国することになっていたこと。
術後の麻酔が覚めたら左脚が動かなくて、病室で狂ったように叫んだこと、松葉杖で動くのが嫌でトイレを我慢して、膀胱炎になったこと、自分が手術を受けると決めたのに、後悔して毎晩泣いたこと……。
「リハビリがやっと始まっても歩くのが精一杯なんだ、これがほんとに俺の脚なの? って……こんなのいっそ切り落としてくれたら良かったんだって一回言ってさ、スタッフとか他の患者さんの見てる前で先生に思いきり殴られた」
晴也の胸が痛んだ。李医師も晶も悪くないのに、辛かっただろうと思うと、涙が出そうになった。
「……切り落とさないで良かったな」
「そりゃあもう」
駅前まで戻ってきて、何か食べようという話になった。もう1時を過ぎている。
「この後何処か行きたいとこある?」
晶に訊かれて、本屋に行きたい、と晴也は答えた。
「俺も最近本屋さん行ってない、大きいとこ行こうか?」
晶は笑顔になり、言う。晴也は晶の母に挨拶した日以来、カラーコーディネートを含めた様々なメイクを勉強したいと考えていて、そういう本を探したかった。そして、晶の膝の調子をずっと保つために、周りの人間が手伝えることは何か無いのか、知るための本も欲しいと思った。
「ああそうだ、公式ホームページって? そんなものあるのか?」
晶は思い出したように言った。晴也は、李医師が見つけたことを伝える。
「サイラスさんにプロフと写真渡したんだろ?」
「うん、パンフに使うって聞いてたんだけど」
「ああいう写真はちゃんとしたとこに撮りに行くのか?」
晴也は興味を覚えて訊いてみる。晶の答えは期待外れだったが、驚くべきものではあった。
「ルーチェの店員さんに開店前に撮ってもらった、動画の撮影と編集をしてる人で、カメラ系が得意なんだ」
「へえ、上手だなあ」
「うん、修正は多少アプリでできるから、触ってるけど」
プリクラの加工みたいなものか。晴也はくすっと笑った。
「先生が観に行かないのかとか訊いて来るから、観てみたくなった……明里も俺が行くなら、みたいな言い方したんだけど」
晶は嬉しそうに目を細めた。
「先生はヨーロッパ弾丸ツアー得意だよ、自分が手術したブンデスリーガの選手の試合を1泊3日で観に行ったらしい」
本当に、試合だけを観て飛行機で往復するということだろう。しかし、せっかくドイツまで行って、サッカー1試合を観るだけとは、ある意味贅沢なのか……。
「……タフ過ぎないか?」
「医者ってみんなタフだよ、あの先生はクリニックの休診日に、大学病院で一日中手術してるんだから」
世の中にはいろいろな人がいると思うと、晴也は口許が緩むのを感じた。こうしていろいろな人が出会い、繋がって、化学反応のようなものが起こる。
晶は和定食を出している店の前で足を止めて、魚が食べたいと言った。晴也は同意する。
晴也は何となく、あのクリニックの帰りに、のんびり何処へ行くか決める土曜日がこれからもあるんだろうなと感じた。それは確信と言うには淡すぎて、予感と言うには霞みすぎていた。しかし晴也にしては、明るく楽しい、心が弾む発想だった。そう、そしてたぶん自分の横には、……晶が並んで歩いている。
クリニックを出るなり晶に言われて、晴也はううん、と応じた。
「スタッフがみんな気安いから割と喋った」
「それは良かった」
「……良かったのか、俺をパートナー扱いして」
晴也は横に立つ晶を軽く見上げ、言った。昨夜からこいつとずっと一緒にいるなとふと思い、勝手に気恥ずかしくなった。
「いいよ、むしろそれが目的だったから」
晴也はうん、と曖昧な声を出してから、晶に説諭する。
「ロンドンに何しに行くのか先生にちゃんと話しておけよ、俺が説明する羽目になったぞ」
「えっ、話した気がしてただけだった?」
晶は眼鏡の奥の目を見開き、呑気に言った。晴也は今日何度目になるのかわからない苦笑を洩らした。
「先生、公式ホームページでスケジュール確認してた……観に行きたいって言ってたな」
「うわ、ほんとに来そうで怖い」
「気にしてくれてるんじゃないか、いい先生だよ」
晶はふっと笑う。
「そうだな、あの先生でなければ、手術を受けようと思わなかったし……術後もメンタルが潰れてたかも」
晶は珍しく、昔の辛かった話をした。不調をごまかしていた痛み止めが効かなくなり、膝を抱えて練習中に倒れそのまま病院に運ばれたこと、両親が東京で晶に手術を受けさせると勝手に決め、知らない間に全ての役を降板し、帰国することになっていたこと。
術後の麻酔が覚めたら左脚が動かなくて、病室で狂ったように叫んだこと、松葉杖で動くのが嫌でトイレを我慢して、膀胱炎になったこと、自分が手術を受けると決めたのに、後悔して毎晩泣いたこと……。
「リハビリがやっと始まっても歩くのが精一杯なんだ、これがほんとに俺の脚なの? って……こんなのいっそ切り落としてくれたら良かったんだって一回言ってさ、スタッフとか他の患者さんの見てる前で先生に思いきり殴られた」
晴也の胸が痛んだ。李医師も晶も悪くないのに、辛かっただろうと思うと、涙が出そうになった。
「……切り落とさないで良かったな」
「そりゃあもう」
駅前まで戻ってきて、何か食べようという話になった。もう1時を過ぎている。
「この後何処か行きたいとこある?」
晶に訊かれて、本屋に行きたい、と晴也は答えた。
「俺も最近本屋さん行ってない、大きいとこ行こうか?」
晶は笑顔になり、言う。晴也は晶の母に挨拶した日以来、カラーコーディネートを含めた様々なメイクを勉強したいと考えていて、そういう本を探したかった。そして、晶の膝の調子をずっと保つために、周りの人間が手伝えることは何か無いのか、知るための本も欲しいと思った。
「ああそうだ、公式ホームページって? そんなものあるのか?」
晶は思い出したように言った。晴也は、李医師が見つけたことを伝える。
「サイラスさんにプロフと写真渡したんだろ?」
「うん、パンフに使うって聞いてたんだけど」
「ああいう写真はちゃんとしたとこに撮りに行くのか?」
晴也は興味を覚えて訊いてみる。晶の答えは期待外れだったが、驚くべきものではあった。
「ルーチェの店員さんに開店前に撮ってもらった、動画の撮影と編集をしてる人で、カメラ系が得意なんだ」
「へえ、上手だなあ」
「うん、修正は多少アプリでできるから、触ってるけど」
プリクラの加工みたいなものか。晴也はくすっと笑った。
「先生が観に行かないのかとか訊いて来るから、観てみたくなった……明里も俺が行くなら、みたいな言い方したんだけど」
晶は嬉しそうに目を細めた。
「先生はヨーロッパ弾丸ツアー得意だよ、自分が手術したブンデスリーガの選手の試合を1泊3日で観に行ったらしい」
本当に、試合だけを観て飛行機で往復するということだろう。しかし、せっかくドイツまで行って、サッカー1試合を観るだけとは、ある意味贅沢なのか……。
「……タフ過ぎないか?」
「医者ってみんなタフだよ、あの先生はクリニックの休診日に、大学病院で一日中手術してるんだから」
世の中にはいろいろな人がいると思うと、晴也は口許が緩むのを感じた。こうしていろいろな人が出会い、繋がって、化学反応のようなものが起こる。
晶は和定食を出している店の前で足を止めて、魚が食べたいと言った。晴也は同意する。
晴也は何となく、あのクリニックの帰りに、のんびり何処へ行くか決める土曜日がこれからもあるんだろうなと感じた。それは確信と言うには淡すぎて、予感と言うには霞みすぎていた。しかし晴也にしては、明るく楽しい、心が弾む発想だった。そう、そしてたぶん自分の横には、……晶が並んで歩いている。
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