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15 昼に舞う蝶とダンサー
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「……可愛い」
スウェットから首を出すなり、晶は言った。晴也が撫でていた膝を立てて腕で抱き、その上に顎を乗せている。
晴也は妙に色気のある晶の姿を正視できなくなり、言った。
「……いつまでフルチンでいるつもりなんだよ、風邪ひくぞ」
「うん、イギリスから戻る頃には一晩中ハルさんと裸で居られるようになるかな」
晴也は言われてふと考える。晶が戻ってくる頃、日本は酷暑だ。
「暑いから一緒に寝ない、たぶん」
言いながら晴也は、晶の寝間着の塊に手を伸ばす。晶は服を手渡されて、素直に身につけ始めた。そして身支度が整うと、敷いてあったバスタオルを剥がした。今のところ、晴也に使われるローションはトイレで洗い流せることもあり、派手に汚すようなことにはなっていない。
晴也はベッドの隅に丸まっている布団を広げた。明日晶が病院に行くのならば、眠ったほうがいい。
ころりと横になった晶の身体に布団をかけながら、晴也もニシキアナゴを少し横にやって、頭を枕に置く。晶は薄闇の中、少し瞼を重そうにしながら、晴也を見つめていた。
「ハルさんが寝てしまったら、三色スミレの花の搾り汁を瞼に落とそう」
晴也はそれを聞き、晶から見せてもらった『夏の夜の夢』の台本を思い出す。晶が演じるパックは、妖精たちと人間たちを交えたごたごたを動かす大切なキャラクターだ。台詞も多い。今回、芝居に登場する妖精たちを演じる役者は、晶を含め、皆ダンサーばかりだという。楽しみだと言いつつも、それなりに晶がプレッシャーを感じていることは伝わってきた。
晴也は晶の、冗談とも本気ともつかぬ言葉に応えた。
「……駄目だ、パックはいつも間違えるし、そんなもの使わなくても……」
「使わなくても?」
「目が覚めた時にショウさんが目の前にいてくれたら……それでいいから」
その時晴也は自分と同じくらい、晶もまた晴也と繋がっているという証拠や確信が欲しいのではないかと思った。だから気持ちを聞かせろと、ややくどく言ってきたのかもしれない。
晶はそっと腕を伸ばしてきて、晴也を抱きしめた。
「日本に帰って来て暑くてもこんな風にさせてくれる?」
くぐもった晶の声に、晴也はエアコンがあるなら、と答えた。そして少し迷ったが、晶の胸に頬をつけたまま、言った。
「ショウさんが帰って来たら……一緒に暮らすこと……前向きに検討してもいい」
晶を喜ばせたくて言うのではない。晴也も考え始めていたことだ。もちろん、面倒な準備や懸案は沢山ある。でも、このひと言がお互いに求めているものならば、ひとまず今共有すればいい。
「……本気にしていいの?」
晶は顔を上げた晴也をじっと見つめた。晴也は小さく頷く。晶が翔ぶのについて行きたいという思いと、実際的に一緒に暮らすということが、まだ上手くリンクしないけれど。
「……うれちい」
何故か晶は幼児語になって言った。肩と首の間にくっついてくる晶の額と前髪を感じながら、晴也は考える。ああ、果たされるかどうか自信がなくても、約束することって大切なんだ。約束したら、人は果たすように動こうとするから……。これまで晴也は、人との関係において発生するどんな義務からも、自分が常に逃げ回っていたことに気づく。そもそも、義務を負わないで済むように立ち回っていた。
口にしてみると、意外なことに何となくほっとした。それで晴也は、晶に話したいことを次々に思い出したのだが、明日にしようと思い直す。明日、整形外科の待ち時間は長いのだろうから、時間潰しを用意しておかないと。
「おまえのちんこが俺の穴になかなか入らないからって、がっかりしないで欲しいな」
差し当たっての一番の懸案を、晴也は口にした。晶はちょっと顔を上げて、ぷっと吹き出す。
「いやだなハルさん、それが気になってるの? 流石だ、俺の見立てに間違いはなかった」
「何だよ、おまえの見立てって」
「ハルさんが下手したら俺よりスケベだってこと」
納得いかない。晴也は鼻から息を抜いた。
「……おまえの瞼に惚れ薬を塗って、早川さん連れてきてやるよ」
晶は顔を跳ね上げて、真剣な声でやめて、と訴えた。
「早川に恋するくらいなら死を選ぶ」
晴也は晶の反応に笑った。
「たぶんあっちもそう言いそう」
「うわぁ気分悪くなってきた……ああでも、オベロンがティターニアにやろうとしたのって、こういうことなのかな?」
「何学んでるんだよ」
いやいや、と晶は言った。
「どんなパックにしたいのか聞かせろってサイラスに言われてて……」
ふうん、と晴也は言った。役作りというやつか。晶は晴也に半ば抱きつく姿勢のままなので、軽く背中を撫でてやった。
「奥さんが正気に戻って恥辱に塗れるようなことを頼む王様に、俺は従順でいていいのか?」
「でもパックは基本オベロンに仕えてるんじゃないか」
「まあそうなんだけど」
プレッシャーはあるだろうが、楽しいのだな、と思う。これでいい。晶はもっと広くて観客の多い舞台で踊るべき人なのだ。少し前はそう考えると悲しくなったのに、今はそれを柔らかく受け止めていることを、晴也は自覚する。
不思議だった。晴也が晶に相応しくないという事実に、何の変化もない。もしこれから、イギリスや日本で晶が取材を受けるようになったとしても、自分は恋人や何やの立場で、そこに顔を出すことはないだろう。あれがショウのパートナーなのかと、がっかりされることもあるかもしれない。でも、構わない。誰が何を言おうと、晶が選んだのは自分なのだから。
緩く抱き合いながら、ふたりしてゆっくりと眠りに落ちる。晶がピンとくるパックを見つけることができればいいなと、晴也は思った。
スウェットから首を出すなり、晶は言った。晴也が撫でていた膝を立てて腕で抱き、その上に顎を乗せている。
晴也は妙に色気のある晶の姿を正視できなくなり、言った。
「……いつまでフルチンでいるつもりなんだよ、風邪ひくぞ」
「うん、イギリスから戻る頃には一晩中ハルさんと裸で居られるようになるかな」
晴也は言われてふと考える。晶が戻ってくる頃、日本は酷暑だ。
「暑いから一緒に寝ない、たぶん」
言いながら晴也は、晶の寝間着の塊に手を伸ばす。晶は服を手渡されて、素直に身につけ始めた。そして身支度が整うと、敷いてあったバスタオルを剥がした。今のところ、晴也に使われるローションはトイレで洗い流せることもあり、派手に汚すようなことにはなっていない。
晴也はベッドの隅に丸まっている布団を広げた。明日晶が病院に行くのならば、眠ったほうがいい。
ころりと横になった晶の身体に布団をかけながら、晴也もニシキアナゴを少し横にやって、頭を枕に置く。晶は薄闇の中、少し瞼を重そうにしながら、晴也を見つめていた。
「ハルさんが寝てしまったら、三色スミレの花の搾り汁を瞼に落とそう」
晴也はそれを聞き、晶から見せてもらった『夏の夜の夢』の台本を思い出す。晶が演じるパックは、妖精たちと人間たちを交えたごたごたを動かす大切なキャラクターだ。台詞も多い。今回、芝居に登場する妖精たちを演じる役者は、晶を含め、皆ダンサーばかりだという。楽しみだと言いつつも、それなりに晶がプレッシャーを感じていることは伝わってきた。
晴也は晶の、冗談とも本気ともつかぬ言葉に応えた。
「……駄目だ、パックはいつも間違えるし、そんなもの使わなくても……」
「使わなくても?」
「目が覚めた時にショウさんが目の前にいてくれたら……それでいいから」
その時晴也は自分と同じくらい、晶もまた晴也と繋がっているという証拠や確信が欲しいのではないかと思った。だから気持ちを聞かせろと、ややくどく言ってきたのかもしれない。
晶はそっと腕を伸ばしてきて、晴也を抱きしめた。
「日本に帰って来て暑くてもこんな風にさせてくれる?」
くぐもった晶の声に、晴也はエアコンがあるなら、と答えた。そして少し迷ったが、晶の胸に頬をつけたまま、言った。
「ショウさんが帰って来たら……一緒に暮らすこと……前向きに検討してもいい」
晶を喜ばせたくて言うのではない。晴也も考え始めていたことだ。もちろん、面倒な準備や懸案は沢山ある。でも、このひと言がお互いに求めているものならば、ひとまず今共有すればいい。
「……本気にしていいの?」
晶は顔を上げた晴也をじっと見つめた。晴也は小さく頷く。晶が翔ぶのについて行きたいという思いと、実際的に一緒に暮らすということが、まだ上手くリンクしないけれど。
「……うれちい」
何故か晶は幼児語になって言った。肩と首の間にくっついてくる晶の額と前髪を感じながら、晴也は考える。ああ、果たされるかどうか自信がなくても、約束することって大切なんだ。約束したら、人は果たすように動こうとするから……。これまで晴也は、人との関係において発生するどんな義務からも、自分が常に逃げ回っていたことに気づく。そもそも、義務を負わないで済むように立ち回っていた。
口にしてみると、意外なことに何となくほっとした。それで晴也は、晶に話したいことを次々に思い出したのだが、明日にしようと思い直す。明日、整形外科の待ち時間は長いのだろうから、時間潰しを用意しておかないと。
「おまえのちんこが俺の穴になかなか入らないからって、がっかりしないで欲しいな」
差し当たっての一番の懸案を、晴也は口にした。晶はちょっと顔を上げて、ぷっと吹き出す。
「いやだなハルさん、それが気になってるの? 流石だ、俺の見立てに間違いはなかった」
「何だよ、おまえの見立てって」
「ハルさんが下手したら俺よりスケベだってこと」
納得いかない。晴也は鼻から息を抜いた。
「……おまえの瞼に惚れ薬を塗って、早川さん連れてきてやるよ」
晶は顔を跳ね上げて、真剣な声でやめて、と訴えた。
「早川に恋するくらいなら死を選ぶ」
晴也は晶の反応に笑った。
「たぶんあっちもそう言いそう」
「うわぁ気分悪くなってきた……ああでも、オベロンがティターニアにやろうとしたのって、こういうことなのかな?」
「何学んでるんだよ」
いやいや、と晶は言った。
「どんなパックにしたいのか聞かせろってサイラスに言われてて……」
ふうん、と晴也は言った。役作りというやつか。晶は晴也に半ば抱きつく姿勢のままなので、軽く背中を撫でてやった。
「奥さんが正気に戻って恥辱に塗れるようなことを頼む王様に、俺は従順でいていいのか?」
「でもパックは基本オベロンに仕えてるんじゃないか」
「まあそうなんだけど」
プレッシャーはあるだろうが、楽しいのだな、と思う。これでいい。晶はもっと広くて観客の多い舞台で踊るべき人なのだ。少し前はそう考えると悲しくなったのに、今はそれを柔らかく受け止めていることを、晴也は自覚する。
不思議だった。晴也が晶に相応しくないという事実に、何の変化もない。もしこれから、イギリスや日本で晶が取材を受けるようになったとしても、自分は恋人や何やの立場で、そこに顔を出すことはないだろう。あれがショウのパートナーなのかと、がっかりされることもあるかもしれない。でも、構わない。誰が何を言おうと、晶が選んだのは自分なのだから。
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