54 / 58
エピローグ
開け、夏の扉①
しおりを挟む
家族全員揃って夕飯を終えた後、泰生は気もそぞろに、手の中のスマートフォンの待ち受け画面を点けたり消したりしていた。明後日の吹奏楽部のサマーコンサートに、自分と同じ元吹奏楽部員で、今は管弦楽団のクラリネッティストである戸山百花を誘うかどうか、まだ迷っている。
よくよく考えると、4回生は最後のサマコンなので、同期の誰かが彼女を誘っている可能性がある。逆に誰も彼女に声をかけていなかったとしたら、自分は同期の井上旭陽から誘われたと話すことさえ、ちょっと気まずいように思う。
いや、ごちゃごちゃ考えていても埒があかない。泰生は伏見のお宮さんの近くの教会の、石田牧師の柔和な笑顔を思い出した。招待してもらったばかりの、管弦楽団全員のグループRHINEのメンバーの中から、「MOMOKA TOYAMA」というアカウントを見つけだす。
泰生はちょっとどきどきしながらメッセージを打ち込んだ。
『こんばんは、長谷川です。先日はどうもありがとうございました。日曜日、吹部のサマコンがいつものホールであるようなんですが、お暇でしたら一緒に行きませんか?』
誤字脱字だけ確認して、すぐに送信した。すごいことをしてしまったような気がして深呼吸していると、部屋からレポート用紙と筆記具を持ってきた兄の友樹に、変な目で見られた。
想定外に戸山からの返事が早かったので、うおっ、と泰生はのけ反った。
『こんばんは、連絡ありがとう。実は同期から、最後やし観に来てと言われてるんやけど、めちゃ迷ってたとこでした』
泰生はやっぱり、と思った。旭陽もそうだが、退部した人間が行きづらいと想像しないのだろうか。まあいいのだが。
『僕は井上から誘われました。辞めたのにどうかと思ったのですが、ちょっと行きたいなと』
『じゃあ一緒にこっそり行きましょう。ホールの前だと目立つので、東寺の駅でなるべくぎりぎりに集合しよか笑』
戸山は東山に住んでいるので、駅の改札で待ち合わせる。段取りは速やかに整った。管弦楽団に移った元部員たちが、人目を忍んで行くというシチュエーションが、何となく面白かった。
これってデートやろか、などと泰生が密かに思いを巡らしている横で、兄の友樹は何やら手書きのリストを作っていた。泰生が彼の手許を覗き込むと、それは3日後の旅行に持って行く物のリストだった。
「気合い入り過ぎちゃうん」
驚いた泰生は、思わず突っ込んだ。すると友樹は、大真面目な顔で言う。
「2泊3日で2日目海水浴やろ、ちゃんとチェックリスト作っとかな、あれが無いこれ忘れたとか、マジで嫌やもん」
ごもっともなのだが、ちょっと大げさな気がする。しかし友樹の行動は、小さい頃の失敗に基づいていた。
「おまえ忘れたん? 俺が中1でおまえが小4の夏に琵琶湖に泳ぎに行った時、民宿に帰ってきてお風呂に入る時、おかんが俺らの替えのパンツを持ってきてへんってわかって……」
「あ、そういうたらそんなことあったな」
よくよく考えると、4回生は最後のサマコンなので、同期の誰かが彼女を誘っている可能性がある。逆に誰も彼女に声をかけていなかったとしたら、自分は同期の井上旭陽から誘われたと話すことさえ、ちょっと気まずいように思う。
いや、ごちゃごちゃ考えていても埒があかない。泰生は伏見のお宮さんの近くの教会の、石田牧師の柔和な笑顔を思い出した。招待してもらったばかりの、管弦楽団全員のグループRHINEのメンバーの中から、「MOMOKA TOYAMA」というアカウントを見つけだす。
泰生はちょっとどきどきしながらメッセージを打ち込んだ。
『こんばんは、長谷川です。先日はどうもありがとうございました。日曜日、吹部のサマコンがいつものホールであるようなんですが、お暇でしたら一緒に行きませんか?』
誤字脱字だけ確認して、すぐに送信した。すごいことをしてしまったような気がして深呼吸していると、部屋からレポート用紙と筆記具を持ってきた兄の友樹に、変な目で見られた。
想定外に戸山からの返事が早かったので、うおっ、と泰生はのけ反った。
『こんばんは、連絡ありがとう。実は同期から、最後やし観に来てと言われてるんやけど、めちゃ迷ってたとこでした』
泰生はやっぱり、と思った。旭陽もそうだが、退部した人間が行きづらいと想像しないのだろうか。まあいいのだが。
『僕は井上から誘われました。辞めたのにどうかと思ったのですが、ちょっと行きたいなと』
『じゃあ一緒にこっそり行きましょう。ホールの前だと目立つので、東寺の駅でなるべくぎりぎりに集合しよか笑』
戸山は東山に住んでいるので、駅の改札で待ち合わせる。段取りは速やかに整った。管弦楽団に移った元部員たちが、人目を忍んで行くというシチュエーションが、何となく面白かった。
これってデートやろか、などと泰生が密かに思いを巡らしている横で、兄の友樹は何やら手書きのリストを作っていた。泰生が彼の手許を覗き込むと、それは3日後の旅行に持って行く物のリストだった。
「気合い入り過ぎちゃうん」
驚いた泰生は、思わず突っ込んだ。すると友樹は、大真面目な顔で言う。
「2泊3日で2日目海水浴やろ、ちゃんとチェックリスト作っとかな、あれが無いこれ忘れたとか、マジで嫌やもん」
ごもっともなのだが、ちょっと大げさな気がする。しかし友樹の行動は、小さい頃の失敗に基づいていた。
「おまえ忘れたん? 俺が中1でおまえが小4の夏に琵琶湖に泳ぎに行った時、民宿に帰ってきてお風呂に入る時、おかんが俺らの替えのパンツを持ってきてへんってわかって……」
「あ、そういうたらそんなことあったな」
20
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
こじらせ女子の恋愛事情
あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26)
そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26)
いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。
なんて自らまたこじらせる残念な私。
「俺はずっと好きだけど?」
「仁科の返事を待ってるんだよね」
宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。
これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。
*******************
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる