夏の扉が開かない

穂祥 舞

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3 7月下旬

胸を焦がすもの①

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「管弦楽団か。いいと思う。長谷川って結構、弦楽器自分らしかおらんこと本気で寂しがってたもんな。。。」

 旭陽から来た返信を再読してから、泰生は電車を降り、大学に向かう。ほんの数分歩くだけの距離でも、陽射しに腕の皮膚を焼かれそうだった。
 今日と明日は試験と補講の予備日だが、キャンパスの中には人が歩いていなかった。木々の上から鳴き声を降らせてくる蝉と、空の高い場所を飛ぶ蜻蛉だけが元気だ。
 学生会館に着くと、ここには人間が活動している空気があった。軽音楽部が小さいほうの音楽練習場を使っているのだろう、ドラムの音が微かに洩れ聞こえている。何部の者かわからないが、自販機で買ったジュースを数本抱えて、部室のある2階に向かう階段を登って行った。
 泰生は音楽練習場の1枚目の扉を開き、下駄箱に数足のスニーカーやサンダルが置かれているのを見る。入部届を書いて、差し当たって練習しなくてはいけない楽譜を受け取るだけと聞いているのに。嫌な予感がしつつ靴を脱ぎ、2枚目の重い扉を開いた。すうっと冷たい風が、うなじの辺りを撫でた。

「おはよう、わざわざお疲れ」

 泰生に声をかけたのは、コントラバスパートのリーダーであり、関西圏の他大学の管弦楽団と構成される、学生オーケストラ連盟の理事でもある三村だった。彼の隣には、楽譜を管理するライブラリアンを兼ねる、総務担当の戸山と、初めて会う眼鏡の男性が座っていた。

「パーカッションのリーダーで部長の高橋たかはしです、はじめまして」

 初顔合わせの男性に、こちらから挨拶する前に言われてしまい、泰生は慌てて自己紹介した。
 今日は音楽練習場には椅子が散らばっておらず、4回生たちの前に小さなテーブルがひとつ置いてあり、その脇にはコントラバスパートの2回生の小林と、今日楽器を修理に出した1回生の斉藤、そして何故か岡本が座っている。
 どうして入部届を、こんな大勢の前で書かなくてはいけないのかよくわからないが、まず泰生は高橋の前に座るよう指示され、入部届に名前と今日の日づけを書くよう言われた。
 首を伸ばして泰生がペンを動かすのを見ていた戸山が、小さく笑った。

「結婚証明書にサインしてるみたいやな」
「どちらかというと、フリーメイソンの入会の儀式みたいな?」

 高橋が笑い混じりに応じたのに、やめんかい、と三村が突っ込んだ。上級生の冗談を聞き流して、泰生は自分の名を丁寧に書き、ペンを置く。

「管弦楽団の練習日はたぶん吹部と一緒なんやけど、普段は月水金です……でも文化祭と定期演奏会の練習が始まるんで、もうお盆明けの練習開始からは火曜も練習するし、10月になったら木曜もなるべく出てほしいです」

 高橋の説明に、泰生ははい、と答えた。定演が近づけば、土曜も練習が入るだろう。その辺りは、吹奏楽部でも経験済みだ。

「長谷川くんは3回生やし、ぼちぼちプレ就活も始まるし、慣れるまで大変かもしれん……でも音楽は楽しくやってなんぼやから、決して無理の無いように活動してください」

 では、と高橋は話を戸山に引き継ぐべく席を彼女に譲った。

「8月は学園の夏休み、要するにお盆休みやけど、それ以外の期間はここに来て自由に練習できます、鍵は守衛室で借りてください」

 そう説明してから、戸山は楽譜のコピーの束を泰生に差し出す。

「文化祭と定演の、現時点で決まってる全曲です、パートはまた調整してくれたらいいと思う……あとこれ、10月までの予定やけど、来月末の夏合宿は原則全日程出席してほしいかな」

 こうしてごっそり楽譜を受け取るのは初めてで、軽い緊張感が泰生の身体の深い場所で生まれる。戸山は微笑した。
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