39 / 55
3 7月下旬
クリームソーダは特別なストローで①
しおりを挟む
試験期間をあと2日残して、泰生の前期試験は全て終了した。今日もまた、地球に蒸し焼きにされそうなくらい暑い。しかも試験が済んだのは、夏の1日で一番暑苦しい、15時少し前だった。
とはいえ何とも言えずすっきりした気持ちになったので、泰生は商店街のある駅で途中下車した。商店街の中にはもう祇園囃子は流れておらず、Summer Sale と書かれた横断幕が飾ってあった。天神祭が近いのだが、この辺りは京都なので、それは関係無いということらしい。
泰生は淡竹を目指して商店街を下る。暑過ぎて危険なレベルだからか、夏休みに入っているはずの子どもの姿はアーケードの中にあまり無いが、おもちゃ屋の店頭で浮き輪とビーチボールが揺れていた。定休日の店舗の前では、野菜や果物の露店が並ぶ。緑色のプラスチックの籠に、小ぶりの桃が盛られているのを見て、お盆が近いなと泰生は思う。
予想に反して、喫茶店は混雑していた。テーブルは全て塞がっているのに、店の中には店長1人きりだ。
泰生はカウンターに向かい、店長にこんにちは、とそっと声をかけた。店長はトーストを切る手を止めて、ああ、いらっしゃい、と笑顔になった。
「ごめんな、俺一人でばたついとって」
店長はトースターのタイマーを回してから、4つのグラスに氷を入れた。
「キムラさんが調子崩しとってな、こんなクッソ暑いのに混むと思わんやん……」
小声で言いながら、店長がポットからグラスにコーヒーを注ぐと、香ばしい匂いが広がった。キムラさんとは、この間岡本と一緒に働いていたベテランの女性らしい。
店長は手早く銀の盆にコーヒーの入ったグラスと、ガムシロップとコーヒーフレッシュが入った小さなピッチャーを置いて、カウンターから出ていった。戻るとすぐに泰生におひやと冷たいおしぼりを出し、こそっと言う。
「キムラさん感染症みたいなんやわ、流行ってきてるし長谷川くんも気ぃつけや」
あの女性の気の良さそうな笑顔を思い出し、泰生は気の毒に思った。兄の友樹の会社でも、父の会社でも、陽性判定が出て休んでいる人が出ているという嫌な話を昨夜聞いたばかりだった。
泰生ははい、と答えながら手を拭く。冷たくて気持ちいい。頷く店長がドリッパーに湯を落としていると、アイスコーヒーが運ばれた席から声がかかった。
「マスター、ストローおくれ」
「あっごめん、ちょい待ってや」
ドリップを途中で止めるわけにはいかず、店長の声に焦りが混じる。彼の背後でトースターがちん、と音を立て、ワンオペのキッチンは大わらわだ。
泰生は自分の座る席の斜め前に、袋入りのストローが数本立っているのを見つけ、思わず声をかけた。
「ストロー持って行きます」
店長はえっ! と言ったが、ごめん、とすぐに翻った。泰生は立ち上がり、カウンターから手を伸ばした。
4人の老人は、袋に入ったストローを泰生が持ってきたのを見て、ごめんな、ありがと、と口々に言う。
「ごめん、ついでに水もろていい?」
「えっ? あっ、ちょっと待ってくださいね」
泰生が慌ててカウンターに戻ると、店長は焼き上がった厚いトーストにバターを塗っていた。
「店長、水やそうです」
「ごめん、頼まれていい?」
氷水の入ったピッチャーを指差されて、泰生はそれを取り上げた。水滴が底からぽたぽた落ちたので、傍にあった乾いたダスターで拭く。
老人たちのグラスに順番に水を注いでいると、にいちゃん新しいバイト? と訊かれた。
「いえ、客です……」
とはいえ何とも言えずすっきりした気持ちになったので、泰生は商店街のある駅で途中下車した。商店街の中にはもう祇園囃子は流れておらず、Summer Sale と書かれた横断幕が飾ってあった。天神祭が近いのだが、この辺りは京都なので、それは関係無いということらしい。
泰生は淡竹を目指して商店街を下る。暑過ぎて危険なレベルだからか、夏休みに入っているはずの子どもの姿はアーケードの中にあまり無いが、おもちゃ屋の店頭で浮き輪とビーチボールが揺れていた。定休日の店舗の前では、野菜や果物の露店が並ぶ。緑色のプラスチックの籠に、小ぶりの桃が盛られているのを見て、お盆が近いなと泰生は思う。
予想に反して、喫茶店は混雑していた。テーブルは全て塞がっているのに、店の中には店長1人きりだ。
泰生はカウンターに向かい、店長にこんにちは、とそっと声をかけた。店長はトーストを切る手を止めて、ああ、いらっしゃい、と笑顔になった。
「ごめんな、俺一人でばたついとって」
店長はトースターのタイマーを回してから、4つのグラスに氷を入れた。
「キムラさんが調子崩しとってな、こんなクッソ暑いのに混むと思わんやん……」
小声で言いながら、店長がポットからグラスにコーヒーを注ぐと、香ばしい匂いが広がった。キムラさんとは、この間岡本と一緒に働いていたベテランの女性らしい。
店長は手早く銀の盆にコーヒーの入ったグラスと、ガムシロップとコーヒーフレッシュが入った小さなピッチャーを置いて、カウンターから出ていった。戻るとすぐに泰生におひやと冷たいおしぼりを出し、こそっと言う。
「キムラさん感染症みたいなんやわ、流行ってきてるし長谷川くんも気ぃつけや」
あの女性の気の良さそうな笑顔を思い出し、泰生は気の毒に思った。兄の友樹の会社でも、父の会社でも、陽性判定が出て休んでいる人が出ているという嫌な話を昨夜聞いたばかりだった。
泰生ははい、と答えながら手を拭く。冷たくて気持ちいい。頷く店長がドリッパーに湯を落としていると、アイスコーヒーが運ばれた席から声がかかった。
「マスター、ストローおくれ」
「あっごめん、ちょい待ってや」
ドリップを途中で止めるわけにはいかず、店長の声に焦りが混じる。彼の背後でトースターがちん、と音を立て、ワンオペのキッチンは大わらわだ。
泰生は自分の座る席の斜め前に、袋入りのストローが数本立っているのを見つけ、思わず声をかけた。
「ストロー持って行きます」
店長はえっ! と言ったが、ごめん、とすぐに翻った。泰生は立ち上がり、カウンターから手を伸ばした。
4人の老人は、袋に入ったストローを泰生が持ってきたのを見て、ごめんな、ありがと、と口々に言う。
「ごめん、ついでに水もろていい?」
「えっ? あっ、ちょっと待ってくださいね」
泰生が慌ててカウンターに戻ると、店長は焼き上がった厚いトーストにバターを塗っていた。
「店長、水やそうです」
「ごめん、頼まれていい?」
氷水の入ったピッチャーを指差されて、泰生はそれを取り上げた。水滴が底からぽたぽた落ちたので、傍にあった乾いたダスターで拭く。
老人たちのグラスに順番に水を注いでいると、にいちゃん新しいバイト? と訊かれた。
「いえ、客です……」
10
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

タダで済むと思うな
美凪ましろ
ライト文芸
フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。
――よし、決めた。
我慢するのは止めだ止め。
家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!
そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。
■十八歳以下の男女の性行為があります。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる