夏の扉が開かない

穂祥 舞

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3 7月下旬

後輩は雨女②

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 三村が微苦笑しながら続く。

「遠慮して鳴らしたん違うよな? その楽器、もっとデカい音出るはずなんやけど」

 三村は斉藤に目配せした。すると斉藤はすいと弓を構えて、アルペジオを弾き始めた。
 泰生は驚き、失語してしまった。斉藤が弾く楽器は、おそらく彼女の身長に合わせたもので、三村や泰生のそれより少し小ぶりだ。弓を持つ斉藤の腕も華奢なのに、彼女の音は練習場全体に響き渡り、天井に反響した。
 嘘やろ。泰生はぽかんとするばかりだった。泰生はこれまで吹奏楽部で3人の男性コントラバシニストと演奏したが、誰一人としてこんな音は出せなかった。

「斉藤ちゃんはヴァイオリンやってたんもあるんやけど、これくらいの音欲しいなぁ」

 こんなん初心者ちゃうやろ。泰生は三村の話を聞き、この場に居ない小林に突っ込みたくなった。
 斉藤は弓を止め、にかっと笑う。

「吹奏楽のコントラバスやからですよね? チューバとかに掻き消されるし、ソロもあらへんし」

 初対面の3回生相手にはっきり言うなと、泰生はそれにもややあ然とさせられるが、斉藤の言う通りだった。
 吹奏楽部では、コントラバスにはトレーナーがつかない。先輩から教えてもらうことが全てだ。たとえそれに不具合があったとしても、正してもらうチャンスが無い。
 三村は泰生が軽くショックを受けたのを見て、励ましモードになった。

「心配すんな、意識改革したらええことや……百花姫もちっさい音やったからなぁ」

 戸山の名前が出たので、泰生は三村の顔を見た。三村は説明する。

「クラリネットは吹奏楽でヴァイオリンの立ち位置やから人数多いやろ? でも管弦楽やったら常にソロ楽器や……そんな音では使いもんにならんって、木管トレーナーにがつんと言われてな」

 そうか、と思う。戸山も泰生も、吹奏楽部から管弦楽団に変われば、もっと活躍できると思っていたのが、吹奏楽で染みついた「その他大勢根性」に気づかされたということなのだ。
 泰生は小さく溜め息をつき、今日はこれで帰ろうと思ったのだが、三村が止めた。

「長谷川くん、斉藤ちゃんに本気で弾かせたから、これから雨になるで」

 ただでさえカルチャーショックのようなものを受けたところに、訳のわからないことを言われて、泰生ははい? と半ば叫んだ。

「斉藤ちゃんは雨巫女なんや、この人がマジで弾いたら雨乞いになるんや」

 斉藤も否定せず、スマートフォンで雨雲レーダーを確認している。

「あ、雨雲近づいてます」

 何やねんそれ。泰生は新たな不安が生まれるのを感じた。小林もちょっと変わってるし、このパート、ヤバいんちゃうか?
 三村の使う松脂を知りたかっただけなのに、結局泰生はにわか雨が止むまで、ただ思いきり弾く訓練をする羽目になった。ボーイングする右の二の腕が、筋肉痛になりそうだった。
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