夏の扉が開かない

穂祥 舞

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2 7月中旬

岬の人①

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 今日は世間は祝日だが、大学は休みではない。月曜の祝日にいつも休講すると、全期の授業数が消化できないからだ。休講にしてしまう教員もいるし、欠席する学生もいるのだが、基本的に真面目な泰生は開講する授業のために登校した。
 2限目だけ授業を受け、食堂の隅で日替わりランチを食べながら、泰生は昨日のドーナツショップでの岡本との会話を思い出していた。岡本は和歌山県民で、大学生になって京都に出てきたと教えてくれた。和歌山市の人は大阪の南部の大学なら、頑張って通学することも多いらしいが、京都はさすがに無理だ。何故京都の大学でないと駄目なのかと家族に反対された。

「しかも日本の現代文学なんか、文学部がある大学やったらどこでも勉強できるしな……つっか、大阪の南が嫌やったんやって」

 岡本の言葉は何となく、泰生にも理解できた。泰生も大阪府民なのだから、大阪の大学を受験すればよかったのだが、兄が京都だったこともあり、やはり京都の大学がいいと思った。

「俺は長谷川のお兄さんとこが、第一志望やったんやけど」

 そう話すので、泰生は言ってやった。

「今出川は御所に来る観光客でなかなか大変みたいやで、兄貴ももう近寄らへん」

 泰生も兄の大学への憧れはあったが、はなから偏差値が足りなかったので、受験のために勉強時間を増やす気も無かった。高3の模試でA判定を確実に取ることができていた泰生の大学は、兄の大学よりランクは少々下だが、歴史もあり泰生の専攻の学科に良い先生がたくさんいる。それに今は通学も便利なので、不満は無い。
 岡本と話すうち、彼は自分なんかより志も、もしかしたら様々な能力も高いのだろうと思った。やはり岡本は、下京キャンパスに通っていた2年間、伏見キャンパスに部活動のためだけに移動することを、さして苦にしていなかったようだ。それを確認して、泰生は軽い自己嫌悪に陥った。
 泰生は、岡本の実家がどんなところなのかが気になり、調べようと考えていたことを思い出す。岡本の故郷は、大阪府との境目にある港町、加太かだだ。初めて聞く名に、かだ? とおうむ返ししてしまった。
 何もあらへんで、と岡本は笑っていたが、ネットで上がってくる海の写真はどれも美しかった。大きな岬の向こうに島があり、その先は淡路島だ。もうひとつの岬との間に海水浴場が広がっていて、面白そうな史跡もたくさんある。

「何か、ええとこやん……」

 泰生の両親はどちらも北摂出身なので、泰生はお盆や正月に「田舎に行く」という行為を経験したことが無い。それに泳ぎに行くのはいつも琵琶湖だったこともあり、灯台のある岬や、その先に広がる濃い色の海には、無条件の憧憬を覚えた。
 スマートフォンの画面に釘づけになっていた泰生の前に、ラーメンのどんぶりが載った盆が置かれた。泰生が驚いて顔を上げると、そこにいたのはくりっとした目を笑いの形にした、管弦楽団の2回生だった。
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