夏の扉が開かない

穂祥 舞

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2 7月中旬

そは清かなる地②

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 今日は彼は、随分たくさんのドーナツを白いトレイに載せていた。家に来客でもあるのだろうか。泰生は1個ドーナツを取るべくショーケースの扉を開けた。

「あ、この間はどうも」

 そう声をかけられて、あっ、見つかってしもた、と思った。泰生が顔を左に向けると、眼鏡の男性が列の向こうから笑顔を向けていた。

「あ、こんにちは」

 泰生は今彼に気づいた振りをする。眼鏡の男性は、きょうもやはり親し気だった。

「あの後チョコミント、買わはったんですか」
「はい、半分兄に取られましたけど、美味しかったです」

 友樹も美味うまいと大喜びしていた。チョコミントの豆乳の味は悪くなかった。2人の男が間を開けて話すのを、家族連れとカップルがちょっと怪訝な目で見ているので、話を打ち切ろうとすると、そこに岡本がやって来た。

石田いしだ先生、こんにちは」

 泰生は驚いて、岡本の顔を見上げる。すると眼鏡の男性も、こんにちは、と普通に挨拶を返した。何で知り合いやねん、と泰生は言いそうになったが、逆に岡本に訊かれた。

「淡竹の常連さんなんやけど、何で知り合い?」
「えっ、そうなんか……こないだスーパーの豆乳売り場で遭遇した」
「豆乳?」

 列は進み、岡本がドーナツ追加と言うので、彼の選んだチョコレートのそれを取る。石田と呼ばれた男性は、先に会計を済ませ、2つの箱を両手に持っていた。

「夕方から子どもの集いなんですよ、岡本くんもまたお友達連れて来てください」

 まったりした口調で、石田は岡本と泰生の顔を順番に見ながら言う。お疲れさまです、と岡本はよく知る相手のように明るく応じた。
 アイスコーヒーだときっと淡竹ほど美味しくはないだろうから、アイスミルクティーを頼み、岡本の待つテーブルにトレイを運んだ。

「石田さん? 教会の牧師やで、この上のお宮さんの近くに教会あんねん」

 岡本の言う「お宮さん」は、おそらく京都市伏見区内では、千本鳥居のあるお稲荷さんの次点くらい有名だと思うが、その神社の近くにキリスト教の教会があるとは。さらにもう少し先に行くと、宮内庁が管轄する御陵も存在する。いろいろな宗教施設が集まる山の手というのは割にどこにでも存在するが、この周辺もそういった聖域、さやかな土地なのだろう。
 岡本はアイスのカフェオレを飲んでいた。

「豆乳って何なん?」
「俺の兄貴が200ミリリットル入った豆乳のファンやねん、あのスーパーめっちゃ種類置いてて、兄貴に何か買って帰ったろと思ったら、売り場の前にあのひと……石田さん? がおって、チョコミントの豆乳を勧めてくれはったんやけど、兄貴に半分飲まれたわ」

 泰生の説明を黙って聞いていた岡本は、くすっと笑った。

「何か、今まで聞いた長谷川の言葉の中で一番情報量が多かった」

 馬鹿にされたわけでは無さそうだったが、そう言われるとちょっと返事に困った。あ、そう? とぼそっと応えておく。

「あの先生とこの教会、和風建築でおもろいねん……別に改宗せえとか言われへんから、寺田屋もいいけど教会も見に行ったって」

 清かな土地の清かな建物に居る人か。岡田の言葉に、石田と教会への興味が少し湧いた。
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