23 / 55
2 7月中旬
そは清かなる地②
しおりを挟む
今日は彼は、随分たくさんのドーナツを白いトレイに載せていた。家に来客でもあるのだろうか。泰生は1個ドーナツを取るべくショーケースの扉を開けた。
「あ、この間はどうも」
そう声をかけられて、あっ、見つかってしもた、と思った。泰生が顔を左に向けると、眼鏡の男性が列の向こうから笑顔を向けていた。
「あ、こんにちは」
泰生は今彼に気づいた振りをする。眼鏡の男性は、きょうもやはり親し気だった。
「あの後チョコミント、買わはったんですか」
「はい、半分兄に取られましたけど、美味しかったです」
友樹も美味いと大喜びしていた。チョコミントの豆乳の味は悪くなかった。2人の男が間を開けて話すのを、家族連れとカップルがちょっと怪訝な目で見ているので、話を打ち切ろうとすると、そこに岡本がやって来た。
「石田先生、こんにちは」
泰生は驚いて、岡本の顔を見上げる。すると眼鏡の男性も、こんにちは、と普通に挨拶を返した。何で知り合いやねん、と泰生は言いそうになったが、逆に岡本に訊かれた。
「淡竹の常連さんなんやけど、何で知り合い?」
「えっ、そうなんか……こないだスーパーの豆乳売り場で遭遇した」
「豆乳?」
列は進み、岡本がドーナツ追加と言うので、彼の選んだチョコレートのそれを取る。石田と呼ばれた男性は、先に会計を済ませ、2つの箱を両手に持っていた。
「夕方から子どもの集いなんですよ、岡本くんもまたお友達連れて来てください」
まったりした口調で、石田は岡本と泰生の顔を順番に見ながら言う。お疲れさまです、と岡本はよく知る相手のように明るく応じた。
アイスコーヒーだときっと淡竹ほど美味しくはないだろうから、アイスミルクティーを頼み、岡本の待つテーブルにトレイを運んだ。
「石田さん? 教会の牧師やで、この上のお宮さんの近くに教会あんねん」
岡本の言う「お宮さん」は、おそらく京都市伏見区内では、千本鳥居のあるお稲荷さんの次点くらい有名だと思うが、その神社の近くにキリスト教の教会があるとは。さらにもう少し先に行くと、宮内庁が管轄する御陵も存在する。いろいろな宗教施設が集まる山の手というのは割にどこにでも存在するが、この周辺もそういった聖域、清かな土地なのだろう。
岡本はアイスのカフェオレを飲んでいた。
「豆乳って何なん?」
「俺の兄貴が200ミリリットル入った豆乳のファンやねん、あのスーパーめっちゃ種類置いてて、兄貴に何か買って帰ったろと思ったら、売り場の前にあのひと……石田さん? がおって、チョコミントの豆乳を勧めてくれはったんやけど、兄貴に半分飲まれたわ」
泰生の説明を黙って聞いていた岡本は、くすっと笑った。
「何か、今まで聞いた長谷川の言葉の中で一番情報量が多かった」
馬鹿にされたわけでは無さそうだったが、そう言われるとちょっと返事に困った。あ、そう? とぼそっと応えておく。
「あの先生とこの教会、和風建築でおもろいねん……別に改宗せえとか言われへんから、寺田屋もいいけど教会も見に行ったって」
清かな土地の清かな建物に居る人か。岡田の言葉に、石田と教会への興味が少し湧いた。
「あ、この間はどうも」
そう声をかけられて、あっ、見つかってしもた、と思った。泰生が顔を左に向けると、眼鏡の男性が列の向こうから笑顔を向けていた。
「あ、こんにちは」
泰生は今彼に気づいた振りをする。眼鏡の男性は、きょうもやはり親し気だった。
「あの後チョコミント、買わはったんですか」
「はい、半分兄に取られましたけど、美味しかったです」
友樹も美味いと大喜びしていた。チョコミントの豆乳の味は悪くなかった。2人の男が間を開けて話すのを、家族連れとカップルがちょっと怪訝な目で見ているので、話を打ち切ろうとすると、そこに岡本がやって来た。
「石田先生、こんにちは」
泰生は驚いて、岡本の顔を見上げる。すると眼鏡の男性も、こんにちは、と普通に挨拶を返した。何で知り合いやねん、と泰生は言いそうになったが、逆に岡本に訊かれた。
「淡竹の常連さんなんやけど、何で知り合い?」
「えっ、そうなんか……こないだスーパーの豆乳売り場で遭遇した」
「豆乳?」
列は進み、岡本がドーナツ追加と言うので、彼の選んだチョコレートのそれを取る。石田と呼ばれた男性は、先に会計を済ませ、2つの箱を両手に持っていた。
「夕方から子どもの集いなんですよ、岡本くんもまたお友達連れて来てください」
まったりした口調で、石田は岡本と泰生の顔を順番に見ながら言う。お疲れさまです、と岡本はよく知る相手のように明るく応じた。
アイスコーヒーだときっと淡竹ほど美味しくはないだろうから、アイスミルクティーを頼み、岡本の待つテーブルにトレイを運んだ。
「石田さん? 教会の牧師やで、この上のお宮さんの近くに教会あんねん」
岡本の言う「お宮さん」は、おそらく京都市伏見区内では、千本鳥居のあるお稲荷さんの次点くらい有名だと思うが、その神社の近くにキリスト教の教会があるとは。さらにもう少し先に行くと、宮内庁が管轄する御陵も存在する。いろいろな宗教施設が集まる山の手というのは割にどこにでも存在するが、この周辺もそういった聖域、清かな土地なのだろう。
岡本はアイスのカフェオレを飲んでいた。
「豆乳って何なん?」
「俺の兄貴が200ミリリットル入った豆乳のファンやねん、あのスーパーめっちゃ種類置いてて、兄貴に何か買って帰ったろと思ったら、売り場の前にあのひと……石田さん? がおって、チョコミントの豆乳を勧めてくれはったんやけど、兄貴に半分飲まれたわ」
泰生の説明を黙って聞いていた岡本は、くすっと笑った。
「何か、今まで聞いた長谷川の言葉の中で一番情報量が多かった」
馬鹿にされたわけでは無さそうだったが、そう言われるとちょっと返事に困った。あ、そう? とぼそっと応えておく。
「あの先生とこの教会、和風建築でおもろいねん……別に改宗せえとか言われへんから、寺田屋もいいけど教会も見に行ったって」
清かな土地の清かな建物に居る人か。岡田の言葉に、石田と教会への興味が少し湧いた。
10
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

タダで済むと思うな
美凪ましろ
ライト文芸
フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。
――よし、決めた。
我慢するのは止めだ止め。
家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!
そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。
■十八歳以下の男女の性行為があります。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる