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1 7月上旬
琥珀糖の女①
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その翌日、予想に反して岡本は一度もRHINEを寄越さなかった。彼とは連絡を取り合わないと、大学で顔を合わせることは無いだろうから、泰生も自分からアクションしなかった。にもかかわらず、何となくそわそわしてしまったのだったが。
さらにその翌日の朝。スマートフォンの画面に岡本からのメッセージが現れ、ネットニュースを半分寝ながら眺めていた泰生は、満員電車の中で強制的に覚醒させられた。
『一昨日はありがと。突然ですが、長谷川と話したいって人がいます。女性です』
何やねん、それ。
女だと言えば釣られると思っているのか。というか、何が目的なのかわからなくて怖い。続けてメッセージがやってきた。
『その人は4限に授業があるらしいので、長谷川が今日4限までいるなら、学生会館の入口に来てあげてほしいです』
残念ながら、今日4限目に必修の授業があった。嘘をついて面会をお断りする手もあったが、その女性に悪いような気がするし、岡本に嘘がばれると後々気まずい。
一昨日泰生は小一時間ほど岡本と雑談をして、彼と仲良くしてみたい気になった。管弦楽団への入部が友達づきあいの条件だともし岡本が言うなら、それはそれで構わなかった。今ならまだ、傷は大きくないだろうから。
4限が終わると泰生は文学部棟を出て、帰宅する学生の波とは別の方向に逸れた。じりじりと暑い中、奥の建物に向かう。
他の校舎と同じくレンガ色の壁を持つ学生会館は、主に文化系のクラブが利用している。クラブボックスと大小の音楽練習場、幾つかの多目的室を、建物内に備えていた。
この大学の正規の音楽系クラブは、現在吹奏楽部と管弦楽団、そして軽音楽部が元気に活動中だ。吹奏楽部のみ下京キャンパスで練習しており、伏見キャンパスで授業を受ける吹奏楽部員は、4限の授業が終わるとスクールバスを使い、下京キャンパスに向かわなくてはならない。
管弦楽団は伏見キャンパスに練習場を持つので、6月までの泰生とは逆に、下京キャンパスから伏見にやってくる部員もいるだろう。そう考えた時、岡本がまさしくそれで、練習日は2年間こちらに移動していたのでは、と泰生は思い至る。すると、キャンパス間移動を理由に吹奏楽部を辞めたと彼に話した自分が、微妙に恥ずかしくなった。
「うおーい、こっちこっち」
岡本は約束通り、学生会館の入口のガラス扉の前に立っていた。彼の横には、彼より頭一つ小さい、黒いスーツ姿の女性が立っている。彼女が就職活動の帰りだと泰生は察した。つまり、4回生だ。
スーツの女子学生は、驚いたことに泰生を知っていた。
「長谷川くん、久しぶり~」
驚いてよく見ると、吹奏楽部でクラリネットを吹いていた、戸山百花だった。彼女が髪をきっちりまとめていることもあって、遠くからだと全くわからなかった。
「戸山さん……ご無沙汰してます」
戸山も文学部生で、昨年春、キャンパス移動をきっかけに吹奏楽部を退部していた。クラリネットは高音楽器、コントラバスは低音楽器ということもあり、普段の部活中にほとんど接触が無かったので、彼女が退部すると聞いても、別段惜別の思いも湧かなかった。
だから戸山が本当に懐かしそうに自分を見つめるのを見て、泰生は申し訳なくなる。そんな自分を岡本が観察していることには、泰生は気づいていなかった。
さらにその翌日の朝。スマートフォンの画面に岡本からのメッセージが現れ、ネットニュースを半分寝ながら眺めていた泰生は、満員電車の中で強制的に覚醒させられた。
『一昨日はありがと。突然ですが、長谷川と話したいって人がいます。女性です』
何やねん、それ。
女だと言えば釣られると思っているのか。というか、何が目的なのかわからなくて怖い。続けてメッセージがやってきた。
『その人は4限に授業があるらしいので、長谷川が今日4限までいるなら、学生会館の入口に来てあげてほしいです』
残念ながら、今日4限目に必修の授業があった。嘘をついて面会をお断りする手もあったが、その女性に悪いような気がするし、岡本に嘘がばれると後々気まずい。
一昨日泰生は小一時間ほど岡本と雑談をして、彼と仲良くしてみたい気になった。管弦楽団への入部が友達づきあいの条件だともし岡本が言うなら、それはそれで構わなかった。今ならまだ、傷は大きくないだろうから。
4限が終わると泰生は文学部棟を出て、帰宅する学生の波とは別の方向に逸れた。じりじりと暑い中、奥の建物に向かう。
他の校舎と同じくレンガ色の壁を持つ学生会館は、主に文化系のクラブが利用している。クラブボックスと大小の音楽練習場、幾つかの多目的室を、建物内に備えていた。
この大学の正規の音楽系クラブは、現在吹奏楽部と管弦楽団、そして軽音楽部が元気に活動中だ。吹奏楽部のみ下京キャンパスで練習しており、伏見キャンパスで授業を受ける吹奏楽部員は、4限の授業が終わるとスクールバスを使い、下京キャンパスに向かわなくてはならない。
管弦楽団は伏見キャンパスに練習場を持つので、6月までの泰生とは逆に、下京キャンパスから伏見にやってくる部員もいるだろう。そう考えた時、岡本がまさしくそれで、練習日は2年間こちらに移動していたのでは、と泰生は思い至る。すると、キャンパス間移動を理由に吹奏楽部を辞めたと彼に話した自分が、微妙に恥ずかしくなった。
「うおーい、こっちこっち」
岡本は約束通り、学生会館の入口のガラス扉の前に立っていた。彼の横には、彼より頭一つ小さい、黒いスーツ姿の女性が立っている。彼女が就職活動の帰りだと泰生は察した。つまり、4回生だ。
スーツの女子学生は、驚いたことに泰生を知っていた。
「長谷川くん、久しぶり~」
驚いてよく見ると、吹奏楽部でクラリネットを吹いていた、戸山百花だった。彼女が髪をきっちりまとめていることもあって、遠くからだと全くわからなかった。
「戸山さん……ご無沙汰してます」
戸山も文学部生で、昨年春、キャンパス移動をきっかけに吹奏楽部を退部していた。クラリネットは高音楽器、コントラバスは低音楽器ということもあり、普段の部活中にほとんど接触が無かったので、彼女が退部すると聞いても、別段惜別の思いも湧かなかった。
だから戸山が本当に懐かしそうに自分を見つめるのを見て、泰生は申し訳なくなる。そんな自分を岡本が観察していることには、泰生は気づいていなかった。
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