夏の扉が開かない

穂祥 舞

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1 7月上旬

蚊が飛ぶ教室にて①

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 喫茶店で遭遇した同級生、岡本文哉は、学食で一緒に食事をしようと早速泰生を誘ってきた。この日の授業は3限からなので、泰生は少し早く家を出て大学に向かった。
 岡本が待ち合わせ場所として指示してきたのは、一番新しい大食堂だった。テストが近いこともあって、最近キャンパス内の人口密度が高めなのだが、案の定広い食堂内は人だらけだった。
 下京キャンパスよりも広くて通学してくる学生が多い伏見キャンパスは、下京キャンパスの3倍の数の食事処があるのに、どこも混雑ぶりが凄まじい(と、少なくとも泰生は思っている)。岡本と落ち合えるのかとやや不安だった泰生は、背が高くて頭が少し周囲から抜け出している彼を見つけて、心から安堵した。
 岡本は昨日同様、ずっと前からの知り合いのように気さくに声をかけてきた。

「おはよう、混んでるなぁ」
「うん、試験前やししゃあないと思う」
「暑いからみんな中に入ってくるしなぁ」

 季節のいいときは、オープンカフェのように設えられたテーブルで食事をするのも心地いいのだが、今日のように暑くて今にも降りそうな日に、そこを使う学生はいない。
 食券を買うために行列を作る人々を見て、岡本はああ、とぼやく。

「……購買行く?」
「俺は何でもええよ」

 自分が誘ったのに席も無いような事態になっていることに、岡本が少々申し訳なさを感じているのがわかったので、泰生は何とも思っていない感を強調しながら答えた。事実、購買のおにぎりでもパンでも構わなかった。
 方向転換して大学生協の購買部に入り、泰生は冷たいうどんとおにぎりを買った。岡本はサンドウィッチと菓子パンを買っていて、お互い3限目は授業だから、文学部棟の飲食可能教室を使うことにした。

「ごめんな、結局こんなんで」

 椅子に落ち着くなり、岡本は言った。そんなに気を遣わなくてもいいのにと、泰生は思う。

「全然いいし……ほんで? 何か用事あるんかな?」

 泰生は他意無く訊いたのだったが、岡本は目を見開き、一瞬ぽかんとした。

「長谷川って、用事が無かったら誘ったらあかん奴なんか……」

 岡本の言葉に、泰生もぽかんとしてしまった。ほとんど初対面の人間から一緒に食事をしようと言われたら、時間を作って話したい何かがあると思うのが普通ではないのか。

「いや、そうやないけど……わざわざ誘ってきたら何か用事かなと思うやん」
「別に用事は無いねんけど」
「……あ、そうなん? ということは、単に交流を深めるひとときなん?」

 ちょっと面倒くさいと思いつつ泰生が言うと、岡本は笑顔になり、そうそう、と答えた。

「だって俺ら文学部生って、春からこっちのキャンパスに来て、皆アウェーやん? 仲間欲しいやん?」

 岡本の言葉に共感はするが、泰生はそこまで仲間が欲しいとは思っていなかった。同じゼミの子たちとも特に親しくしておらず、部活を辞めてしまった今は通学時も独りだが、不便とも寂しいとも感じていない。
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