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女王は頼らない、頼れない

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「あ、あの、おばあちゃん、大西さんは……」

 亜希は、和気藹々とした空気を醸し出しつつある千種と祖母に割り込んだ。2人とも、何事かという顔をした。祖母はのんびり口を開く。

「え? 亜希ちゃんの彼氏さんなんでしょう? 山川さんがね、男性が同席するって言うものだから、旦那さまかと思ったのよ……でもそれなら山川さんも亜希ちゃんもそう言ってくれるでしょう?」
「えっ! いやまあ、確かに旦那ではないけど」

 亜希は赤面しそうになった。あくまでも今日は、ももちゃんを直してくれた人として千種に来てもらったつもりだった。
 祖母は亜希の反論を聞く気は無いようで、ももちゃんの服を撫でながら、にこにこして続けた。

「亜希ちゃんが優しくて素敵な人とおつき合いしてるのがわかって嬉しいわ、ももちゃんをこんなきれいに可愛らしくしてくださって、一緒にももちゃんを大切にしてくれるなんて、なかなかそんな男の人いないわよ」

 祖母は心から嬉しそうだった。それを見ていると、鷺ノ宮店で、たまたま店舗に出た時に案内した男の子が、欲しかったお菓子を見つけたと言って大喜びしたことを、何故か思い出した。
 ずっと探していたものを見出した時、人はこんな顔をするのだろう。では自分は今、どんな顔をしているだろうか? 全てを受け止めてくれる相手をようやく見つけ、2度と会うことは叶わないと思っていた家族を見つけた。
 亜希の目に、さっきと少し違う種類の涙が溢れる。もう、独りで生きていく覚悟をしていた。将来への不安も、独りで背負っていくつもりだった。もちろん祖母は先に逝くだろうし、千種とずっと上手くやっていけるかどうかもわからない。でも。

「さてさて、何から聞かせてもらったらいいかしらね? 亜希ちゃん、宏紀さんと由希ちゃんの話はしたけど自分が何をしてるか話してないわよ? 大西さんのことも、ごまかそうとするなんて……」

 亜希は祖母に突っ込まれて、涙を拭きながら苦笑するしかなかった。ごまかすつもりはなかった。自分の中での千種の立ち位置が、まだ少し固まっていないというか、固まりつつあるのに、なかなか受け入れられないという感じだろうか。
 すっかり濡らしてしまったハンカチを持ったままでいると、千種が黙って引き取ろうとした。亜希はハンカチを引っぱり返す。

「洗って返すから……」
「いいよ、気にするな」

 千種がちょっと面白がっているのがわかり、祖母の前でごちゃごちゃするのもどうかと思ったので、亜希は素直に手を離した。

「えっとね、おばあちゃん……」

 亜希は楽しげな祖母に向き直る。

「私大学出てからスーパーで勤めてるの、店舗内事務なんだけどね、これから部門の再編とかありそうで……今ちょっと進退を考え中」

 ハッピーストアの名を出すと、祖母は驚いた。都内の店舗数はそこそこ多いので、大会社のように思われたかもしれなかった。

「進退ねぇ、亜希ちゃんならどんな仕事でもできるでしょうけど、自分がどうしたいのかをまず考えるといいわね」

 祖母が千種と同じことを言うので、つい横に座る彼をチラ見してしまった。彼は、ほら見ろ、と言いたげな表情をしている。
 亜希はそうだよね、と祖母に答えてから、続けた。

「それでね、大西さんは……ももちゃんのことを通じて親しくなった、みたいな感じなんだけど……」

 言っちゃっていいのかな。亜希は祖母の顔を見る前とは違う緊張感にとらわれた。

「もしかしたら、ずっとこれから……一緒に歩いて行くことになる……かもしれない」

 言葉が尻すぼみになったが、祖母はやはり嬉しそうに頷いてくれた。亜希が千種を窺うと、彼はやや締まりのない笑顔になっている。
 祖母が千種の顔に視線を移した。千種ははっきりと言った。

「私は気持ちを割と早くに固めてたんですけれど、亜希さんになかなか察してもらえませんでした」
「えっ、そうなの?」

 亜希が思わず言うと、千種と祖母が同時に笑った。千種は亜希を覗き込む。

「いいんだ、亜希さんが迷いを吹っ切って、そう言ってくれるまで待つ気でいたから」

 ああ、言われてみればずっとそうだったかもしれない。千種は事あるごとに、見守り支えてくれていたのに、彼にも自分の深い部分にも、本当の思いを確かめるのが怖かった。

「ごめんね、……ありがとう」

 心から出たその言葉は、ありきたりだったが今の亜希の想いの全てを表していた。
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