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女王の身辺を探る者

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「こういう奴らだから嫌いなんだ」

 千種は吐き捨てた。亜希は千種を促し、とりあえず彼のマンションに入る。ご飯を食べて少し頭を冷やしてもらってから、帰ろうと思った。
 鍵を開けて部屋に入るなり、亜希は千種に抱きすくめられた。少しびっくりしたが、何も言わない彼が可哀想で、愛おしくなった。
 そのまま少し時間が経つと、千種はぽそっと呟いた。

「嫌な思いさせて、ほんとにごめん」
「……私は大丈夫……でも大西さんが話し合いに応じてあげないと、たぶんまたお兄さん来ると思うな」

 亜希は千種のコートの生地に頬をつけて、言った。

「大西さんがどう思うか考えずに言うけど、お兄さんね、会社を手伝ってほしいんだって」
「ふん、馬鹿じゃねぇのか、何でそんな話を住野さんにするんだよ」

 結婚を考えているんじゃないのか、という言葉が脳内をよぎる。まさか、そんな話はまだ早過ぎる。でも。

「お兄さん、私のこと完全に……大西さんの交際相手だと見做してた」

 言うなり、肩を掴まれて身体を引き剥がされた。亜希は驚いて千種を見上げる。マスクを外した彼は、不満を満面に湛えていた。

「住野さん……亜希さんは俺の交際相手じゃないの?」
「あ、そうなんだけど、とっても深い関係と思われてる感じ」

 千種はぶすっと唇を尖らせた。

「とっても深い関係になったじゃないか」
「へ? ああ、まあ一応そうか……」

 亜希は照れた。少し言いたいことのニュアンスが違うのだが、千種が顔を赤くし始めたので、もうどちらでもよくなってきた。

「だからね、私から大西さんに話してほしいみたいだった」

 亜希が言うと、千種は溜め息をついた。

「兄貴の思いつきそうなことだ、俺に直接尋ねたら早いのに……亜希さん、あいつがあなたのことを勝手に調べた罪はいつか土下座させるけど、これから一応身辺に気をつけて」

 母親に続いて実家を出た時も、千種は新居や勤務先を探られたという。

「親しい友達に調査会社を経営してる人がいるみたいでさ、だからって身内やその交際相手の素行調査を依頼するなんて、発想がやばいんだよあいつ」

 おそらく先週、店にかかってきた電話もその類だったのだろう。亜希がハッピーストア鷺ノ宮店にいるかどうかを確かめたのだ。千種にそのことを話すと、彼は心底呆れたような顔になった。

「俺……家の仕事手伝うどころかもう絶縁したい」

 絶縁までしなくてもいいだろうが、今日の事件は千種をすっかり怒らせてしまったようだ。彼は真剣な顔で言う。

「亜希さん、もう自宅に帰すの心配だから今夜はここにいて」
「えっ、でも着替えも無いし、洗濯干しっぱなし……」
「じゃあ俺が用意する、亜希さんの家に今から一緒に行く」

 千種は亜希の手を取り、リビングのテーブルまで連れて行く。そして亜希を座らせ、お泊まりの準備を始めた。電車でこれから移動すれば、見張っているかもしれない調査員に報告されるだろうに……今夜も互いの家を行き来した、と。
 一晩一緒にいて、クールダウンしてくれたらいいのだが。コートも脱がないまま着替えを鞄に詰め込む千種を見ながら、亜希は考えていた。

「ほんとにごめん、俺が取り乱してどうするって話だよな」

 荷造りが終わると、千種はしょんぼりと言う。亜希は立ち上がり、彼のほうに回った。

「ううん、誰だっていろいろあるよ……でもお兄さんが接触してきたのは、何か事情があるからかもしれないから、話し合う機会を作ったほうがいいように思う」

 亜希は千種の茶色の瞳を見上げた。彼は目に力を取り戻す。

「クードゥル・オオニシとはかかわらない、俺は今の仕事が好きだしやり甲斐も感じてる……服飾だけが縫製職人の生きる道じゃない」
「うん、冷静にそう言えばいいんじゃないかな」

 答えた亜希は、この人好きだなぁ、と思う。オートクチュールデザイナーの息子でありながら、自分は一人の縫製職人だと言い切る、誇りのようなものを持っている。
 そして同時に、ちょっと羨ましい。私は自分の仕事に、誇りを持っているとは言えない。
 亜希は千種に軽く背中を押されながら、部屋を出た。共用廊下から見える空の星がきれいだった。
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