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いつまでも可哀想な女でいると思うな
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「布の全てを広げて、洗って乾かしてる絵もあるけど、切り開かれたももさんの……皮は見たくないでしょう?」
皮という言葉がやや衝撃的だ。ああ、ももちゃんは皮を剥がれているのか……。
「……そうですね、元の姿に戻ってから見ます、しかしももちゃん汚れてたんだなぁ……」
「はい、洗い甲斐がありました」
この間コーヒーを千種に渡した女性が、オーダーを取りに来た。彼女が亜希の顔をちらっと見る視線に、好奇心のようなものが窺える辺り、千種が女と来店するのは初めてなのかもしれない。
「俺ナポリタン、コーヒーとサラダをセットで……住野さん決めた? 俺的にオムライスとパスタがおすすめ」
「じゃあオムライスで、私もコーヒーとサラダお願いします」
女性が戻って行ったキッチンカウンターには、先日コーヒーを淹れていた男性と、もう1人若い男性がいた。亜希の視線の先を追った千種が説明する。
「ご飯類はあの若い彼が作るんだ」
「へぇ、朝はいなかったですよね」
「ランチタイムから出てくるみたい」
料理を待つ間、亜希は千種に、職場でやや面倒くさい噂に晒されている話をせざるを得なかった。千種は、いろんな年齢の人がいろんな雇用形態で働く職場は、傾向として噂好きなんじゃないかと持論を述べる。
「でも俺には何だか、みんな住野さんに興味があるんだなと思える」
「興味なんか持ってもらわなくていいのに」
亜希は唇を尖らせた。千種はくすっと笑う。
「秘密めいてるからかな? ぬいぐるみ撮ってSNSに上げてること、職場の誰にも話してないんでしょう?」
「当たり前です、頭おかしいと思われる……」
千種の目から笑いがすっと消えた。こういう言い方は好きでなかったと思い出した亜希は、気まずくて彼から視線を外す。
「住野さんに頭がおかしいなんて言ったの、あの人なんですね?」
低い声に、へ? と亜希は思わず返した。あの人とは、榊原を指すと思われた。否定することはできなかった。
「頭おかしい、ではなく、キモい……」
亜希の返事に、千種は眉根をきゅっと寄せた。亜希は焦っていやいやいや、と声を裏返し、手を振った。
「そんな酷い言い方じゃないの、いい年してそれは無い、だったかな?」
「はぁ? それも侮辱の言葉じゃないか」
あああ、終わった男のことで怒らないで! 言いかけた時、食事がテーブルに運ばれてきた。亜希はとりあえず、胸を撫でおろす。榊原の二股疑惑はもちろん、彼が上司にあたる人間の身内と結婚しようとしている話も、伏せておこうと心に決めた。
「あの人の話はやめよう、メシが不味くなる」
「ごめんなさい」
「何で住野さんが謝るんだ? あ、持ち出した俺が悪いのか、こちらこそごめん」
言って千種はフォークを手にした。サラダのトマトを口にしてから、パスタをフォークに巻きつける。亜希もレタスを食べて、手作りらしい爽やかなドレッシングの風味を楽しんだ。オムライスも、卵がとろっとして見るからに美味しそうである。
「軽食だなんて、立派なディナーじゃないですか」
店内には亜希たちの他に、50代に手が届くくらいの男女と、亜希と変わらない年齢の女性1人だけしかいない。ここは駅から少し離れているので、夜にわざわざ訪れる人も少ないだろうから、皆近所の住人かもしれない。
「俺も夜に来るのは初めてなんだ、昼間とメニューは一緒なんだけど」
千種は結構この店を気に入っているようである。
「立派なディナーかどうかは微妙……住野さん、ちゃんと夕ご飯食べてますか?」
疲れて帰るので、夕飯は適当にならざるを得なかった。とは言え、毎日コンビニの弁当という訳ではない。
父子家庭となった住野家で、亜希は妹とともに、父の帰宅が遅い平日は料理を作った。その経験が、辛うじて亜希の食生活を、最低限のレベルに保たせている。台所に慣れなければ、「適当に作る」ことがまず出来ないからだ。
皮という言葉がやや衝撃的だ。ああ、ももちゃんは皮を剥がれているのか……。
「……そうですね、元の姿に戻ってから見ます、しかしももちゃん汚れてたんだなぁ……」
「はい、洗い甲斐がありました」
この間コーヒーを千種に渡した女性が、オーダーを取りに来た。彼女が亜希の顔をちらっと見る視線に、好奇心のようなものが窺える辺り、千種が女と来店するのは初めてなのかもしれない。
「俺ナポリタン、コーヒーとサラダをセットで……住野さん決めた? 俺的にオムライスとパスタがおすすめ」
「じゃあオムライスで、私もコーヒーとサラダお願いします」
女性が戻って行ったキッチンカウンターには、先日コーヒーを淹れていた男性と、もう1人若い男性がいた。亜希の視線の先を追った千種が説明する。
「ご飯類はあの若い彼が作るんだ」
「へぇ、朝はいなかったですよね」
「ランチタイムから出てくるみたい」
料理を待つ間、亜希は千種に、職場でやや面倒くさい噂に晒されている話をせざるを得なかった。千種は、いろんな年齢の人がいろんな雇用形態で働く職場は、傾向として噂好きなんじゃないかと持論を述べる。
「でも俺には何だか、みんな住野さんに興味があるんだなと思える」
「興味なんか持ってもらわなくていいのに」
亜希は唇を尖らせた。千種はくすっと笑う。
「秘密めいてるからかな? ぬいぐるみ撮ってSNSに上げてること、職場の誰にも話してないんでしょう?」
「当たり前です、頭おかしいと思われる……」
千種の目から笑いがすっと消えた。こういう言い方は好きでなかったと思い出した亜希は、気まずくて彼から視線を外す。
「住野さんに頭がおかしいなんて言ったの、あの人なんですね?」
低い声に、へ? と亜希は思わず返した。あの人とは、榊原を指すと思われた。否定することはできなかった。
「頭おかしい、ではなく、キモい……」
亜希の返事に、千種は眉根をきゅっと寄せた。亜希は焦っていやいやいや、と声を裏返し、手を振った。
「そんな酷い言い方じゃないの、いい年してそれは無い、だったかな?」
「はぁ? それも侮辱の言葉じゃないか」
あああ、終わった男のことで怒らないで! 言いかけた時、食事がテーブルに運ばれてきた。亜希はとりあえず、胸を撫でおろす。榊原の二股疑惑はもちろん、彼が上司にあたる人間の身内と結婚しようとしている話も、伏せておこうと心に決めた。
「あの人の話はやめよう、メシが不味くなる」
「ごめんなさい」
「何で住野さんが謝るんだ? あ、持ち出した俺が悪いのか、こちらこそごめん」
言って千種はフォークを手にした。サラダのトマトを口にしてから、パスタをフォークに巻きつける。亜希もレタスを食べて、手作りらしい爽やかなドレッシングの風味を楽しんだ。オムライスも、卵がとろっとして見るからに美味しそうである。
「軽食だなんて、立派なディナーじゃないですか」
店内には亜希たちの他に、50代に手が届くくらいの男女と、亜希と変わらない年齢の女性1人だけしかいない。ここは駅から少し離れているので、夜にわざわざ訪れる人も少ないだろうから、皆近所の住人かもしれない。
「俺も夜に来るのは初めてなんだ、昼間とメニューは一緒なんだけど」
千種は結構この店を気に入っているようである。
「立派なディナーかどうかは微妙……住野さん、ちゃんと夕ご飯食べてますか?」
疲れて帰るので、夕飯は適当にならざるを得なかった。とは言え、毎日コンビニの弁当という訳ではない。
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