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いつまでも可哀想な女でいると思うな
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翌日が休みであることと、これからの予定がちょっと楽しみなのもあり、亜希は意気揚々と退勤のカードスキャンをした。しかしやたらと嬉しげにしていると、周りから下衆な勘ぐりをされそうなので、従業員出入口をくぐるまでは、ポーカーフェイスでお先です、と言い続けた。
女王が元カレとの復活を完全否定したネタは、元カレが専務の身内と婚約したという話とセットになって広まった。これが「住野チーフは榊原バイヤーのために実質身を引き、むしろバイヤーのほうがそんなチーフに未練があるっぽい」という、おかしな脚色をされた奇妙な波風となり、ふわふわと亜希に押し寄せている。ほぼ全てがデマベースで、亜希にすれば迷惑な話だった。どうして私がいつも悲劇のヒロインなんだ、気持ち悪い。
塵となって積もったストレスは、ももちゃんが傍に居ないことで1.5倍ほどに膨らんでいた。そんなつもりは無かったが、メッセージの端々にイライラが匂っていたのか、千種が食事をしないかと誘ってきた。
亜希は少し迷った。こんなくだらない噂が鷺ノ宮店のみならず、比較的近いところにあるハッピーストアの他店舗にまで広まっているだなんて、千種に話したくない。しかし黙っていると、何かのはずみで彼に八つ当たりするようなことになりかねない。
自分は酒癖が悪いとは思わないが、トラブル回避のために、酒はやめておこう。そう決めて誘いにOKを出すと、千種は意外な店を指定してきた。ぬくもりぬいぐるみ病院が持ち帰りコーヒーを愛用しているあの喫茶店が、軽食ではあるが、ラストオーダー20時半でディナー営業をしているという。公園の向こう側のほうが亜希の自宅に近いので、帰宅に便利だと考えてくれたらしい。
待ち合わせは千種の都合と擦り合わせて、現地に19時40分としておいた。家に一度帰る余裕は無かったので、直行することにした。亜希は帰宅する人の波に紛れて公園の前を通り過ぎ、マンションの間に建つ店舗群にたどり着く。
隣のパン屋とクリーニング店もまだ営業していた。店舗の明かりに何となくほっとしながら、亜希は例の喫茶店……「オーリム」の扉を押した。
「住野さん、こんばんは」
千種は店に入ってすぐ左手の、窓際の席に座っていた。亜希が来るのがよく見えていたようである。彼は春らしく、若草色の綿ニットを着ており、明るい色の髪によく似合っていた。
「こんばんは、お待たせしました」
亜希はコートを脱ぎ、この間と同様、千種と向かい合う席に腰を下ろした。千種はメニューを手渡しながら訊いてくる。
「そろそろももさんが居ない影響が出てきましたか? ちょっとお疲れなのかなと思って」
「ああ、まあ……否定はしません」
千種は代ぬいとして発注した犬とペンギンが、来週やっと入荷しそうだと教えてくれた。代ぬいが不足している状態が続いているので、亜希がリクエストした他にも、2体頼んでいるらしい。
「犬とペンギンのどちらがいいか、実際見て決めてもらったらいいかなと……それと今日は、ももさんの耳が大体仕上がったので」
言いながら千種は、スマートフォンの写真フォルダを開く。これまで進捗を言葉でしか聞いていなかったので、亜希は少しどきどきした。
画面に表示されていたのは、確かにももちゃんの2つの長い耳だった。それだけ見せられると、一瞬何なのかよくわからない。千種はきょとんとする亜希に笑いを堪えていた。
「ちょっとスプラッタな絵ですかね……右耳が途中から折れそうだったのは、綿を新しいものに入れ替えて改善できました」
「それ楽しみです……何だか白いですね、照明のせいですか?」
亜希が言うと、千種はちょっと笑った。
「これがももさんの本来の肌というか、生地の色ですよ」
亜希は思わずえっ、と言った。千種はやはり面白そうである。
女王が元カレとの復活を完全否定したネタは、元カレが専務の身内と婚約したという話とセットになって広まった。これが「住野チーフは榊原バイヤーのために実質身を引き、むしろバイヤーのほうがそんなチーフに未練があるっぽい」という、おかしな脚色をされた奇妙な波風となり、ふわふわと亜希に押し寄せている。ほぼ全てがデマベースで、亜希にすれば迷惑な話だった。どうして私がいつも悲劇のヒロインなんだ、気持ち悪い。
塵となって積もったストレスは、ももちゃんが傍に居ないことで1.5倍ほどに膨らんでいた。そんなつもりは無かったが、メッセージの端々にイライラが匂っていたのか、千種が食事をしないかと誘ってきた。
亜希は少し迷った。こんなくだらない噂が鷺ノ宮店のみならず、比較的近いところにあるハッピーストアの他店舗にまで広まっているだなんて、千種に話したくない。しかし黙っていると、何かのはずみで彼に八つ当たりするようなことになりかねない。
自分は酒癖が悪いとは思わないが、トラブル回避のために、酒はやめておこう。そう決めて誘いにOKを出すと、千種は意外な店を指定してきた。ぬくもりぬいぐるみ病院が持ち帰りコーヒーを愛用しているあの喫茶店が、軽食ではあるが、ラストオーダー20時半でディナー営業をしているという。公園の向こう側のほうが亜希の自宅に近いので、帰宅に便利だと考えてくれたらしい。
待ち合わせは千種の都合と擦り合わせて、現地に19時40分としておいた。家に一度帰る余裕は無かったので、直行することにした。亜希は帰宅する人の波に紛れて公園の前を通り過ぎ、マンションの間に建つ店舗群にたどり着く。
隣のパン屋とクリーニング店もまだ営業していた。店舗の明かりに何となくほっとしながら、亜希は例の喫茶店……「オーリム」の扉を押した。
「住野さん、こんばんは」
千種は店に入ってすぐ左手の、窓際の席に座っていた。亜希が来るのがよく見えていたようである。彼は春らしく、若草色の綿ニットを着ており、明るい色の髪によく似合っていた。
「こんばんは、お待たせしました」
亜希はコートを脱ぎ、この間と同様、千種と向かい合う席に腰を下ろした。千種はメニューを手渡しながら訊いてくる。
「そろそろももさんが居ない影響が出てきましたか? ちょっとお疲れなのかなと思って」
「ああ、まあ……否定はしません」
千種は代ぬいとして発注した犬とペンギンが、来週やっと入荷しそうだと教えてくれた。代ぬいが不足している状態が続いているので、亜希がリクエストした他にも、2体頼んでいるらしい。
「犬とペンギンのどちらがいいか、実際見て決めてもらったらいいかなと……それと今日は、ももさんの耳が大体仕上がったので」
言いながら千種は、スマートフォンの写真フォルダを開く。これまで進捗を言葉でしか聞いていなかったので、亜希は少しどきどきした。
画面に表示されていたのは、確かにももちゃんの2つの長い耳だった。それだけ見せられると、一瞬何なのかよくわからない。千種はきょとんとする亜希に笑いを堪えていた。
「ちょっとスプラッタな絵ですかね……右耳が途中から折れそうだったのは、綿を新しいものに入れ替えて改善できました」
「それ楽しみです……何だか白いですね、照明のせいですか?」
亜希が言うと、千種はちょっと笑った。
「これがももさんの本来の肌というか、生地の色ですよ」
亜希は思わずえっ、と言った。千種はやはり面白そうである。
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