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女王は危機一髪で通りがかりの騎士に救われる
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ハッピーストアの駐車場に入り、従業員の車と社用車が並ぶスペースに行くように、大西に指示する。夕方のピークが過ぎたのだろう、駐車場には空きが目立ち始めていた。
車を停めると、大西は思いついたようにスマートフォンを鞄から出した。
「住野さん、これはももさんの治療とは全く別件なんですが」
「はい?」
「私のメッセージアプリのIDをお伝えします、今夜怖いのがぶり返したりして不安になったら連絡ください」
亜希は思わず、は? と声を高くした。何の冗談かと思ったが、大西は自分のIDのQRコードを出した画面を、こちらに向けていた。
何考えてんのこの人? もしかして私、誘われてんの? 亜希は返事に困った。しかし大西は、至極真面目な様子である。
「あ、私からは基本的にメッセージを送らないようにしますから」
「……いろいろ意味がわからないんですけど、心配してくださってるんですよね、……ありがとうございます」
本当は嬉しい。自分史上最大のピンチに気づいて助けてくれ、こうして車を運んでくれたことも。勘違いさせてくれるなら、それも悪くないとさえ、心の何処かで思っていた。
大西はえっと、と少し眉根を寄せ、言葉を選ぶ。
「専門学生の頃に部屋を空き巣にやられたことがあるんです、帰って玄関の扉を開けたら知らないおっさんと鉢合わせして……そいつ目出し帽から俺を思いっきり睨みつけて、奥の部屋の窓から出て行きました」
その話に思わず亜希は、大西の顔を見つめた。彼は続ける。
「その時は恐怖より腹立ちが勝ってたんだけど、警察が来て被害届出して一段落ついたら、部屋に赤の他人が入り込んだこと自体が気持ち悪いし、また来るんじゃないかと気が気でなくなるし」
「……私がこれからそんな気持ちになるんじゃないかって思ってくださる訳ですか?」
亜希は話を先回りして、軽く後悔した。交際していた男から、そういうのは可愛げが無いと指摘されたことがあるからだった。
しかし大西は、眉間の薄い皺を解いて笑った。
「そんな感じです、流石住野さんは話が早い」
どちらかと言うと、褒めニュアンスのようである。読めない展開に亜希は戸惑ったが、それに気づいているのかいないのか、大西はスマートフォンを出すよう急かしてきた。
「夜中の1時から5時くらいはすぐにリプできないと思いますけど、嫌な気分を吐き出す相手にしてくださったら」
亜希は言われてみると、緊急時に助けを求めたり、マイナスの感情を素直に見せたりできる相手が、今いないという現実を悟らずにはいられなかった。だからと言って、知り合ったばかりの同世代の男性に対し、いきなりそうなれる筈もないのだが……。
しかしこんなところで、大西を引き留めるのは良くなかった。亜希は腹を括り、スマートフォンをコートのポケットから出して、彼の表示するQRコードをスキャンした。
亜希のIDを登録する大西は、楽しそうだった。どうも彼が何を考えているのかが掴めないが、とにかく売り切れる前に巻き寿司を手に入れてほしいので、車のドアを開けた。
「では私は事務所に戻りますので、買い物なさるなら正面入口に回ってください……巻き寿司売り場に無かったら惣菜に聞いてみるから、えーっと……メッセージください」
亜希は大西に、言うべきことを纏めて言った。彼はわかりました、と返してから、車のキーを指で摘んで亜希の顔の前にぶら下げる。
「ほんとにありがとうございました、お世話かけました」
亜希が言い終わる前に、大西は亜希の右手を取り、掌に鍵を乗せた。気のせいだろうが、随分それが重く感じた。
「気をつけて帰ってくださいね、それと遠慮なく連絡ください」
はあ、とやや間の抜けた声を出し、亜希は大西が店の正面に向かうのを見送った。ちょっと胸の中がむずむずするような、おかしな気分だった。外気は冷たいのに、頬が熱かった。
車を停めると、大西は思いついたようにスマートフォンを鞄から出した。
「住野さん、これはももさんの治療とは全く別件なんですが」
「はい?」
「私のメッセージアプリのIDをお伝えします、今夜怖いのがぶり返したりして不安になったら連絡ください」
亜希は思わず、は? と声を高くした。何の冗談かと思ったが、大西は自分のIDのQRコードを出した画面を、こちらに向けていた。
何考えてんのこの人? もしかして私、誘われてんの? 亜希は返事に困った。しかし大西は、至極真面目な様子である。
「あ、私からは基本的にメッセージを送らないようにしますから」
「……いろいろ意味がわからないんですけど、心配してくださってるんですよね、……ありがとうございます」
本当は嬉しい。自分史上最大のピンチに気づいて助けてくれ、こうして車を運んでくれたことも。勘違いさせてくれるなら、それも悪くないとさえ、心の何処かで思っていた。
大西はえっと、と少し眉根を寄せ、言葉を選ぶ。
「専門学生の頃に部屋を空き巣にやられたことがあるんです、帰って玄関の扉を開けたら知らないおっさんと鉢合わせして……そいつ目出し帽から俺を思いっきり睨みつけて、奥の部屋の窓から出て行きました」
その話に思わず亜希は、大西の顔を見つめた。彼は続ける。
「その時は恐怖より腹立ちが勝ってたんだけど、警察が来て被害届出して一段落ついたら、部屋に赤の他人が入り込んだこと自体が気持ち悪いし、また来るんじゃないかと気が気でなくなるし」
「……私がこれからそんな気持ちになるんじゃないかって思ってくださる訳ですか?」
亜希は話を先回りして、軽く後悔した。交際していた男から、そういうのは可愛げが無いと指摘されたことがあるからだった。
しかし大西は、眉間の薄い皺を解いて笑った。
「そんな感じです、流石住野さんは話が早い」
どちらかと言うと、褒めニュアンスのようである。読めない展開に亜希は戸惑ったが、それに気づいているのかいないのか、大西はスマートフォンを出すよう急かしてきた。
「夜中の1時から5時くらいはすぐにリプできないと思いますけど、嫌な気分を吐き出す相手にしてくださったら」
亜希は言われてみると、緊急時に助けを求めたり、マイナスの感情を素直に見せたりできる相手が、今いないという現実を悟らずにはいられなかった。だからと言って、知り合ったばかりの同世代の男性に対し、いきなりそうなれる筈もないのだが……。
しかしこんなところで、大西を引き留めるのは良くなかった。亜希は腹を括り、スマートフォンをコートのポケットから出して、彼の表示するQRコードをスキャンした。
亜希のIDを登録する大西は、楽しそうだった。どうも彼が何を考えているのかが掴めないが、とにかく売り切れる前に巻き寿司を手に入れてほしいので、車のドアを開けた。
「では私は事務所に戻りますので、買い物なさるなら正面入口に回ってください……巻き寿司売り場に無かったら惣菜に聞いてみるから、えーっと……メッセージください」
亜希は大西に、言うべきことを纏めて言った。彼はわかりました、と返してから、車のキーを指で摘んで亜希の顔の前にぶら下げる。
「ほんとにありがとうございました、お世話かけました」
亜希が言い終わる前に、大西は亜希の右手を取り、掌に鍵を乗せた。気のせいだろうが、随分それが重く感じた。
「気をつけて帰ってくださいね、それと遠慮なく連絡ください」
はあ、とやや間の抜けた声を出し、亜希は大西が店の正面に向かうのを見送った。ちょっと胸の中がむずむずするような、おかしな気分だった。外気は冷たいのに、頬が熱かった。
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