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一学期

とある日の撮影会

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 割田まつり(25)は困っていた。
 期末試験は確かに大事だ。期末試験間近の弟がリビングを占拠して勉強会をするのも家族だから協力する。その間は何も言わないが、こっちが協力した分、協力し返してくれるのも家族という物だろう。だから、協力しやすいように『怒っている』風を装ってかるーく、弟、順に脅しをかけたら快く協力してくれることになった。ここまでは彼女の想定内だった。
 まつりは趣味で書いているイラストのポーズをとった弟の写真が欲しいだけだったのだが……順はまつりが本気で怒っていると勘違いして友達も連れてきてくれた。どっちも学ランである。

「あ、まつりおねえさん、お久しぶり」
「あ、お、う、うん。遥くんもお久しぶり」
「と、友達も呼んで協力するからよ……な、夏休み中にトーン? とかそういうの手伝えとかはなしで……マジ頼む」

 まつりの目の前には同じ学校の制服で同じ年だというのに身長差が30cm以上もある男子ふたりが並んでいる。眼福である。

「まつりねえさん、学ランで来いとだけしか聞いてないんだけど……俺なにしたらいいの?」
「なんか、姉貴、漫画書く資料が欲しいみたいで」
「お、う、そ、そう」
「なるほど……」

 まつりは大きなカメラを取り出して、とりあえず身長差を激写しておく。さすがに弟では萌えることはできないが、弟はガタイだけは良い。そして、男にしては小さな身長を持つ遥の対比はまつりには大きく刺さった。しかし、小さなころから知っている遥に自分の漫画やイラストを見せるのは……とても恥ずかしい。なんと説明しようかと考えていたが、順が先に説明してしまった。

「勉強会で迷惑かけたのは俺も同じなので、できる範囲で頑張るんで」
「う、うん……ねぇ、順、遥くんぐらいならお姫様だっこできる?」
「余裕」

 遥の身体がひょいっと持ち上げられる。同い年の高校生男子を軽々と持ち上げられる順の身体能力もすごいが……まつりは見逃さなかった。遥自身も勝手知ったると言わんばかりに順の首に手を回す動作をしたのだ。

「は、遥君? なんだか慣れてるけど」
「……俺、そこそこ小さい方なんで、なんか持ち上げられることが多くて」
「なんか、この間より軽くなってねぇ? 遥ちゃんと食べてるか?」
「食べとるわ! むしろ身長少し伸びた気がしてるから重くなってるぐらいだわ! なめんなっ!」

 2人の男子がリビングで顔がものすごく近い……ひとりはお姫様抱っこされて悪態をついている。どんなに悪態をついても怒って落とすことはないと信頼しきっている証では? しかも、持ってる方は持ってる方でなんだか何度も持ち上げているような発言をする……まつりのキャパシティは限界が近かった。

「ほっぺのつねりあいとかお願いできる?」
「順、できるだけ手加減しろ」
「任せろ!」
「ん゛っ!?」

 つねりあえと言われた瞬間に順が遥のために姿勢をかがめたのが祭りには見えてしまった。遥はそれに気が付かずに遠慮なく順の頬をつねり、順も遥のほっぺをつねって伸ばす。ほっぺのつねり方も遥は遠慮なく引っ張っているのに対して、順はつまんで伸ばす程度のようにまつりに見えてしまう。
 何をしてもたくましいまつりの妄想力が発動してしまい……カメラの容量はすぐにいっぱいになってしまう。いっぱいになったデータを2回ほど映してまで撮影会は続行される。

「さ、最後に、無理だったらいいんだけど、キスの真似ごととかはできたり……」
「んっっえっほっげほっ!?」
「姉貴、さ、さすがにそれはよ。その」
「恥ずかしいから無理」
「そういうことだ。姉貴、諦めてくれ」
「そっかぁ」

 まつりはしぶしぶ諦めてこの日の撮影会はようやく終わりを迎える。
 そこから数時間後……まつりはカメラのデータを整理しながら今日の出来事を反芻していた。そして、思う。

「……うん? 恥ずかしいだけなんだ? 嫌じゃないと……?」
「姉貴ー……今日の写真、何枚かオレにデータ欲しいんだけど」
「うわっ。びっくりした……あぁ、うん。いいけど、何に使うの?」
「いや、欲しいだけ」
「そ、そう?」

 そして、でかくて見た目だけはとても怖い弟をみて改めて思う。うん、きっとこれは気のせいだと。
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