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第173話
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「羽磋殿、俺がきっと敵を討ちますっ。オオッオオオッ!」
ひとまずは馬を捨て置くことにして、全員でサバクオオカミの奇岩に向けて駆けだした護衛隊。その中でひときわ大きな声を上げていたのは、後方を走る苑でした。
既に苑は、青く輝く飛沫に見せられていた世界の中からは、抜けだしていました。「羽磋たちが崖から転落した」という皆から聞いた話を基にして、彼が頭の中で作り上げていたその世界は、苑にとってはとても辛いものでした。
なぜなら、羽磋はこの旅の途中から護衛隊に同行するようになった若者で、苑とは立場も民族も異なりましたが、護衛隊の中で飛び抜けて年若い苑にとっては、始めて旅を共にした同年代の男でした。それに、羽磋はとても気さくで親しみやすい若者でしたから、全てにおいて自分を上回る冒頓に対する敬愛とは別の意識、つまり、もっと強い自分になるために頑張っている仲間という意識を、苑は羽磋に対して持つようになっていたからでした。また、苑に対して正面から尋ねれば、「成人であり、また、留学の徒という名誉ある立場にある羽磋殿に対して、未成年の自分がとんでもない」と否定されるでしょうが、彼の意識の底には羽磋に対しての温かな友情が形成されていたのは、間違いがありませんでした。
青く輝く飛沫は、一度は辛い場面を見せつけて苑の心を弱らせました。でも、苑がその世界から現実に帰ると、今度はその場面が苑の心の中に激しい怒りを掻き立てる結果となったのでした。もちろん、その怒りの矛先は、羽磋たちを谷底へと突き落とした、ヤルダンの奇岩たちに向けられているのでした。
青く輝く飛沫の噴出が、全くの偶然で起きた出来事なのか、誰かの意図によりなされたことなのかはわかりませんが、少なくとも冒頓と苑に関しては、その心を弱める結果とはなっていませんでした。
互いに相手に向かって全速力で走る、二つの塊。
馬を放置したまま剣を抜いて走る冒頓の護衛隊と、母を待つ少女の奇岩に率いられたサバクオオカミの奇岩の群れ。
その二つの塊の間は、急速に狭まっていきました。
二つの群れが立てる砂ぼこりは風に流されて川の様にたなびいていましたが、始めは離れていた二つの流れはだんだんと近づき、やがて、一つになりました。
いよいよ、石を投げれば届く距離にまで、お互いの先頭が近づきました。
「ユルサナイ、ドウシテ! ドウシテ、ドウシテ! ドウシテ、ワタシダケ!」
母を待つ少女の奇岩の声なき叫びが、男たちの脳裏に響き渡りました。
「オオオオッ!!」
「この野郎、土に還りやがれ!」
「よくも仲間をやってくれたな。お前ら! ハァ、ハアッ」
「ハアッ、羽磋殿を、羽磋殿を、返せっ。アアアアッ!」
母を待つ少女の奇岩の声を打ち消すように、護衛隊の男たちは叫びました。全力で走りながら息を切らせての叫びではありましたが、その声は力強く盆地に響き渡りました。
苑は短剣の柄を握る右手に、ぎゅっと力を送りました。前を走る男たちの体の間からその先へさっと視線を送ると、自分の短剣を叩きつける相手の目星をつけました。
もうすぐ、もうすぐです。羽磋を、あの優しかった羽磋を、谷底に突き落とした奇岩どもに、この短剣を喰らわせてやれるのです。
苑の意識から仲間の体は消えてしまい、視界にはサバクオオカミの奇岩だけが残りました。その姿はどんどんと大きくなってきて、もう目と鼻の先にまで近づいてきたように思えました。
とうとう、冒頓の護衛隊とサバクオオカミの奇岩の群れが、勢いよく正面から激突し混ざり合おうとしたその時、冒頓が大声で叫びました。
「右へかわせ! 右だぁ!」
母を待つ少女の奇岩に向けて一直線に走っていた冒頓は、衝突の直前になって右前へと方向を変えました。そして、自分たちに向かって、これも一直線に走ってきていたサバクオオカミの奇岩の群れの左端のものの体を、すれ違いざまに短剣でザクッと切り割きました。
その後を走っていた護衛隊の男たちは、即座に冒頓の命令に反応しました。
サバクオオカミの奇岩の群れに向かって一塊になって真っすぐに走っていた彼らは、草の葉の上を滑り落ちる水滴の様に、滑らかに進む方向を変えました。次々と右側に走る方向を変えた彼らの左横を、土石流のような激しい勢いでサバクオオカミの奇岩たちが、地響きを立てながら駆け抜けていきました。
冒頓の命令の下で一団となって行動することを、護衛隊の男たちは日頃の訓練から身に着けていました。それは、一番年少である苑でも同じことでしたから、護衛隊は一塊となって右に動くことができました。
しかし、サバクオオカミの奇岩たちは、その様な訓練など受けたことはありません。さらに、護衛隊の男たちが走る速さよりもずっと速く、彼らは走っていました。そのために、急に方向を変えた冒頓たちに合せることができずに、その横を通り過ぎてしまったのでした。
これは、冒頓の作戦でした、
自分たちが騎馬で戦うときにに最も嫌なことは、小回りの利く相手に真横に動かれて突撃をかわされることだったので、立場を逆にして、馬を置いて身軽になった自分たちが横に動くことで、相手の最強の攻撃である最初の突撃をかわそうとしたのでした。
ひとまずは馬を捨て置くことにして、全員でサバクオオカミの奇岩に向けて駆けだした護衛隊。その中でひときわ大きな声を上げていたのは、後方を走る苑でした。
既に苑は、青く輝く飛沫に見せられていた世界の中からは、抜けだしていました。「羽磋たちが崖から転落した」という皆から聞いた話を基にして、彼が頭の中で作り上げていたその世界は、苑にとってはとても辛いものでした。
なぜなら、羽磋はこの旅の途中から護衛隊に同行するようになった若者で、苑とは立場も民族も異なりましたが、護衛隊の中で飛び抜けて年若い苑にとっては、始めて旅を共にした同年代の男でした。それに、羽磋はとても気さくで親しみやすい若者でしたから、全てにおいて自分を上回る冒頓に対する敬愛とは別の意識、つまり、もっと強い自分になるために頑張っている仲間という意識を、苑は羽磋に対して持つようになっていたからでした。また、苑に対して正面から尋ねれば、「成人であり、また、留学の徒という名誉ある立場にある羽磋殿に対して、未成年の自分がとんでもない」と否定されるでしょうが、彼の意識の底には羽磋に対しての温かな友情が形成されていたのは、間違いがありませんでした。
青く輝く飛沫は、一度は辛い場面を見せつけて苑の心を弱らせました。でも、苑がその世界から現実に帰ると、今度はその場面が苑の心の中に激しい怒りを掻き立てる結果となったのでした。もちろん、その怒りの矛先は、羽磋たちを谷底へと突き落とした、ヤルダンの奇岩たちに向けられているのでした。
青く輝く飛沫の噴出が、全くの偶然で起きた出来事なのか、誰かの意図によりなされたことなのかはわかりませんが、少なくとも冒頓と苑に関しては、その心を弱める結果とはなっていませんでした。
互いに相手に向かって全速力で走る、二つの塊。
馬を放置したまま剣を抜いて走る冒頓の護衛隊と、母を待つ少女の奇岩に率いられたサバクオオカミの奇岩の群れ。
その二つの塊の間は、急速に狭まっていきました。
二つの群れが立てる砂ぼこりは風に流されて川の様にたなびいていましたが、始めは離れていた二つの流れはだんだんと近づき、やがて、一つになりました。
いよいよ、石を投げれば届く距離にまで、お互いの先頭が近づきました。
「ユルサナイ、ドウシテ! ドウシテ、ドウシテ! ドウシテ、ワタシダケ!」
母を待つ少女の奇岩の声なき叫びが、男たちの脳裏に響き渡りました。
「オオオオッ!!」
「この野郎、土に還りやがれ!」
「よくも仲間をやってくれたな。お前ら! ハァ、ハアッ」
「ハアッ、羽磋殿を、羽磋殿を、返せっ。アアアアッ!」
母を待つ少女の奇岩の声を打ち消すように、護衛隊の男たちは叫びました。全力で走りながら息を切らせての叫びではありましたが、その声は力強く盆地に響き渡りました。
苑は短剣の柄を握る右手に、ぎゅっと力を送りました。前を走る男たちの体の間からその先へさっと視線を送ると、自分の短剣を叩きつける相手の目星をつけました。
もうすぐ、もうすぐです。羽磋を、あの優しかった羽磋を、谷底に突き落とした奇岩どもに、この短剣を喰らわせてやれるのです。
苑の意識から仲間の体は消えてしまい、視界にはサバクオオカミの奇岩だけが残りました。その姿はどんどんと大きくなってきて、もう目と鼻の先にまで近づいてきたように思えました。
とうとう、冒頓の護衛隊とサバクオオカミの奇岩の群れが、勢いよく正面から激突し混ざり合おうとしたその時、冒頓が大声で叫びました。
「右へかわせ! 右だぁ!」
母を待つ少女の奇岩に向けて一直線に走っていた冒頓は、衝突の直前になって右前へと方向を変えました。そして、自分たちに向かって、これも一直線に走ってきていたサバクオオカミの奇岩の群れの左端のものの体を、すれ違いざまに短剣でザクッと切り割きました。
その後を走っていた護衛隊の男たちは、即座に冒頓の命令に反応しました。
サバクオオカミの奇岩の群れに向かって一塊になって真っすぐに走っていた彼らは、草の葉の上を滑り落ちる水滴の様に、滑らかに進む方向を変えました。次々と右側に走る方向を変えた彼らの左横を、土石流のような激しい勢いでサバクオオカミの奇岩たちが、地響きを立てながら駆け抜けていきました。
冒頓の命令の下で一団となって行動することを、護衛隊の男たちは日頃の訓練から身に着けていました。それは、一番年少である苑でも同じことでしたから、護衛隊は一塊となって右に動くことができました。
しかし、サバクオオカミの奇岩たちは、その様な訓練など受けたことはありません。さらに、護衛隊の男たちが走る速さよりもずっと速く、彼らは走っていました。そのために、急に方向を変えた冒頓たちに合せることができずに、その横を通り過ぎてしまったのでした。
これは、冒頓の作戦でした、
自分たちが騎馬で戦うときにに最も嫌なことは、小回りの利く相手に真横に動かれて突撃をかわされることだったので、立場を逆にして、馬を置いて身軽になった自分たちが横に動くことで、相手の最強の攻撃である最初の突撃をかわそうとしたのでした。
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