174 / 349
月の砂漠のかぐや姫 第172話
しおりを挟む
奇岩たちは、既に大地の裂け目を回り込み、冒頓たちの正面からまっすぐに迫ってきていました。
サバクオオカミの奇岩の四肢が大地を蹴る力強い音が、どんどんと大きくなってきました。
大型のサバクオオカミの背に乗りながらこちらの方に顔を向けている母を待つ少女の奇岩の姿が、しっかりと見分けられるようになりました。
人間のような眼を彼女が持つはずがないのに、母を待つ少女の奇岩が恨みのこもった眼で自分たちをにらみつけていることを、男たちは肌で感じ取りました。「視線であいつらを焼き尽くすことができれるなら、焼き尽くしてやりたい」という怒りまでがヒリヒリと伝わってくるほどに、その視線は鋭く熱いものでした。
騎馬隊の男たちは、これまでに敵からこれほどまでの激しい感情をぶつけられたことはありませんでした。体こそ砂岩で出来ているのかもしれませんが、母を待つ少女の奇岩は、まぎれもなく激しい怒りを燃え滾らせて向かってくる心を持つ敵でありました。騎馬隊の中でそれを疑う者は、一人もおりませんでした。
母を待つ少女の奇岩だけではありません。青い光を帯びたサバクオオカミの奇岩たちからも、ヤルダンに入る前に戦った時に比べて、自分たちを喰らいつくそうという意志が、しっかりと伝わってきました。
あのゴビの裂け目から噴き出した青く輝く飛沫がどこから力を得ているのかはわかりませんが、飛沫はそれを浴びた者の思い出したくない記憶を呼び覚ます効力を持っていました。そして、それは騎馬隊の男たちに対しては辛く悲しい思いをさせて行動を制限する一方で、母を待つ少女やサバクオオカミの奇岩に対しては、人間に対する怒りを掻き立てて、行動を強化する結果となっていました。
もはや一刻の猶予もありませんでした。
冒頓は決断を下しました。
「間に合わねぇ、馬はあきらめろっ。弓を持ってる奴は矢を放てっ。剣を持ってる奴は前へ進めっ。止まるなよ、後ろからも来るぜ!」
これまでの激しい大地の震動や突然の飛沫の噴出でひどく怯えていたところに加えて、近距離で銅鑼が力いっぱい鳴らされたことで、騎馬隊の馬は激しい興奮状態に陥っていました。いくら冒頓の騎馬隊の男たちが乗馬技術に優れているとはいっても、激しく跳ね回ったり棹立ちになったりしている馬に乗ることはできません。かといって、馬に優しく声をかけてその心を落ち着かせる時間など、もう残されてはいないのでした。
目の前には母を待つ少女の奇岩が率いる敵が迫ってきていました。今武器を取らねば、応戦することすらできなくなってしまいます。それに、冒頓は忘れてはいませんでした。自分たちが盆地の外周部分で戦っていたサバクオオカミの奇岩の集団のことをです。一時は馬を全力で走らせて置き去りにしてきたものの、それはすぐに追いついてくるはずでした。そうなれば、自分たちは前後から挟み撃ちにされてしまいます。数で劣る自分たちが一度に両方の敵に対処することなどできるはずがありません。この状況を抜け出すために考えられる方法とはただ一つしかありません。それは、敵の大将である母を待つ少女の奇岩を倒して、それによってサバクオオカミの奇岩が動きを止めることでした。
シュンッ、サシュンッツ。
弓を手にしていた男たちから、幾本かの矢が放たれました。もはや敵は近くまで来ていますから、それは直線に近い穏やかな弧を描きながら、鋭い音を立てつつ奇岩の群れへ飛んでいきました。
ある矢は、群れの前方を走るサバクオオカミの奇岩の肩口に命中しました。しかし、その走る勢いに負けたのでしょうか、それとも、飛沫を浴びて青く輝く奇岩の肌が強度を増していたのでしょうか。その矢はサバクオオカミの奇岩の肩から弾き飛ばされてしまいました。激しく動くその砂岩で出来た肌には、ほんのわずかな傷跡しか残っていませんでした。
また、別の矢は、サバクオオカミの奇岩を率いる母を待つ少女の奇岩めがけて、空気を切り裂いて進んでいきました。
でも、こちらの矢も、目的を遂げることはできませんでした。母を待つ少女の奇岩が、右手をさっと一振りすると、真っ二つにされた矢が、赤く染まり始めた空に向かって飛んで行ってしまいました。
もともと数少ない矢ではありましたが、それらは奇岩たちの勢いを弱めるためには、全く役に立ちませんでした。
「全員、剣を抜いて俺に続け! 離れるなよっ! ウオオオオッ!」
矢での攻撃で時間が稼げるとは、冒頓も端から期待はしていませんでした。矢による攻撃の効果を確認するよりも早く、彼は隊員に向って、自分の後ろを一塊になって追いてくるように指示をすると、迫ってくる奇岩の群れに向かって走り出しました。
母を待つ少女の奇岩が率いる群れは、騎馬隊が盆地の外辺で戦った群れほど数は多くないものの、こちらに向かってまっすぐに勢いよく走ってきているのです。それに、どうやら彼らは、青く輝く飛沫によって力を増しているようです。全てのものを呑み込みながら冬山の斜面を駆け降りる雪崩が発するような恐ろしい圧力が、その群れからは発せられていました。奇岩の群れに立ち向かう冒頓たちは、腹の底から雄たけびを上げて自らを奮え立たせないと、その圧力に押しつぶされてしまいそうでした。
サバクオオカミの奇岩の四肢が大地を蹴る力強い音が、どんどんと大きくなってきました。
大型のサバクオオカミの背に乗りながらこちらの方に顔を向けている母を待つ少女の奇岩の姿が、しっかりと見分けられるようになりました。
人間のような眼を彼女が持つはずがないのに、母を待つ少女の奇岩が恨みのこもった眼で自分たちをにらみつけていることを、男たちは肌で感じ取りました。「視線であいつらを焼き尽くすことができれるなら、焼き尽くしてやりたい」という怒りまでがヒリヒリと伝わってくるほどに、その視線は鋭く熱いものでした。
騎馬隊の男たちは、これまでに敵からこれほどまでの激しい感情をぶつけられたことはありませんでした。体こそ砂岩で出来ているのかもしれませんが、母を待つ少女の奇岩は、まぎれもなく激しい怒りを燃え滾らせて向かってくる心を持つ敵でありました。騎馬隊の中でそれを疑う者は、一人もおりませんでした。
母を待つ少女の奇岩だけではありません。青い光を帯びたサバクオオカミの奇岩たちからも、ヤルダンに入る前に戦った時に比べて、自分たちを喰らいつくそうという意志が、しっかりと伝わってきました。
あのゴビの裂け目から噴き出した青く輝く飛沫がどこから力を得ているのかはわかりませんが、飛沫はそれを浴びた者の思い出したくない記憶を呼び覚ます効力を持っていました。そして、それは騎馬隊の男たちに対しては辛く悲しい思いをさせて行動を制限する一方で、母を待つ少女やサバクオオカミの奇岩に対しては、人間に対する怒りを掻き立てて、行動を強化する結果となっていました。
もはや一刻の猶予もありませんでした。
冒頓は決断を下しました。
「間に合わねぇ、馬はあきらめろっ。弓を持ってる奴は矢を放てっ。剣を持ってる奴は前へ進めっ。止まるなよ、後ろからも来るぜ!」
これまでの激しい大地の震動や突然の飛沫の噴出でひどく怯えていたところに加えて、近距離で銅鑼が力いっぱい鳴らされたことで、騎馬隊の馬は激しい興奮状態に陥っていました。いくら冒頓の騎馬隊の男たちが乗馬技術に優れているとはいっても、激しく跳ね回ったり棹立ちになったりしている馬に乗ることはできません。かといって、馬に優しく声をかけてその心を落ち着かせる時間など、もう残されてはいないのでした。
目の前には母を待つ少女の奇岩が率いる敵が迫ってきていました。今武器を取らねば、応戦することすらできなくなってしまいます。それに、冒頓は忘れてはいませんでした。自分たちが盆地の外周部分で戦っていたサバクオオカミの奇岩の集団のことをです。一時は馬を全力で走らせて置き去りにしてきたものの、それはすぐに追いついてくるはずでした。そうなれば、自分たちは前後から挟み撃ちにされてしまいます。数で劣る自分たちが一度に両方の敵に対処することなどできるはずがありません。この状況を抜け出すために考えられる方法とはただ一つしかありません。それは、敵の大将である母を待つ少女の奇岩を倒して、それによってサバクオオカミの奇岩が動きを止めることでした。
シュンッ、サシュンッツ。
弓を手にしていた男たちから、幾本かの矢が放たれました。もはや敵は近くまで来ていますから、それは直線に近い穏やかな弧を描きながら、鋭い音を立てつつ奇岩の群れへ飛んでいきました。
ある矢は、群れの前方を走るサバクオオカミの奇岩の肩口に命中しました。しかし、その走る勢いに負けたのでしょうか、それとも、飛沫を浴びて青く輝く奇岩の肌が強度を増していたのでしょうか。その矢はサバクオオカミの奇岩の肩から弾き飛ばされてしまいました。激しく動くその砂岩で出来た肌には、ほんのわずかな傷跡しか残っていませんでした。
また、別の矢は、サバクオオカミの奇岩を率いる母を待つ少女の奇岩めがけて、空気を切り裂いて進んでいきました。
でも、こちらの矢も、目的を遂げることはできませんでした。母を待つ少女の奇岩が、右手をさっと一振りすると、真っ二つにされた矢が、赤く染まり始めた空に向かって飛んで行ってしまいました。
もともと数少ない矢ではありましたが、それらは奇岩たちの勢いを弱めるためには、全く役に立ちませんでした。
「全員、剣を抜いて俺に続け! 離れるなよっ! ウオオオオッ!」
矢での攻撃で時間が稼げるとは、冒頓も端から期待はしていませんでした。矢による攻撃の効果を確認するよりも早く、彼は隊員に向って、自分の後ろを一塊になって追いてくるように指示をすると、迫ってくる奇岩の群れに向かって走り出しました。
母を待つ少女の奇岩が率いる群れは、騎馬隊が盆地の外辺で戦った群れほど数は多くないものの、こちらに向かってまっすぐに勢いよく走ってきているのです。それに、どうやら彼らは、青く輝く飛沫によって力を増しているようです。全てのものを呑み込みながら冬山の斜面を駆け降りる雪崩が発するような恐ろしい圧力が、その群れからは発せられていました。奇岩の群れに立ち向かう冒頓たちは、腹の底から雄たけびを上げて自らを奮え立たせないと、その圧力に押しつぶされてしまいそうでした。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる