月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
上 下
104 / 342

月の砂漠のかぐや姫 第103話

しおりを挟む
 翌日の朝を、羽磋は天幕の中で迎えました。その天幕は、小野の交易隊員が、土光村の周囲に設営したものでした。
 羽磋は、護衛隊の者に混じって、自分たちが騎乗する馬の世話や交易隊が連れている駱駝たちの世話を行った後で、乳酒や乳茶、それに、クルトと呼ばれる硬いチーズの朝食を取りました。
 月の民の者は、家畜から得られる恵みと共に、季節を過ごします。
 つまり、草が茂り羊が良く乳を出す、春から初秋にかけては、乳茶や乳酒などの乳製品が主食となります。また、冬を迎えて羊が乳を出さなくなると、繁殖に用いる以外の雄羊や乳を出さなくなった雌羊などを選んで解体し、これが主要な食料となるのです。
 もちろん、発酵酒である乳酒や、乳から水分を除いた乾燥チーズであるクルト、それに干し肉などは、一年を通じて大切に保存されて、命を繋ぐ貴重な栄養源として食されるのでした。
 羽磋の出身部族である貴霜族は、祁連山脈からの水源を利用できる讃岐村という根拠地を持っているため、この国の中では珍しく、小麦等の穀物を生産していました。
 しかし、その畑から得られる恵みの量は、遊牧から得られる恵みと比較すればすれば、わずかな量に過ぎないのです。そのため、穀物を練ったものから作る饅頭や麺などの食べ物は、例外的に讃岐村で食されるのを除けば、月の民の中では、祭りや神事などの「ハレの日」に食するもの、という位置づけがされているのでした。
 土光村の中では、各地から集まる交易隊が持ち込んだ、通常の遊牧生活ではあまり目にすることのない作物や食べ物が、市場に並ベられていました。でも、このように、村の周囲に駐屯している交易隊員自身が日常的に口にするものといえば、いつも代わり映えのしないものなのでした。
 だからこそ、祭りの時や、昨日の打ち上げのような時には、遊牧民族の男たちは、思う存分飲んだり食べたり、また、歌ったり踊ったりして、心ゆくまで生を楽しむのでした。



「羽磋殿ぉ。おはようごいますぅ。体調はどうっすか。俺、頭が痛いんすよね・・・・・・」
 羽磋に声をかけてきたのは、苑でした。しかめ面をしながら、片手を頭に当てています。
「ああ、そうだ、たしか、苑は初めて酒場に連れて行ってもらったんだったな」
 打ち上げの始めのうちは、羽磋も苑と共に、強い蒸留酒であるアルヒを口にしていました。たしか、その段階ですでに苑はかなり酔っていて・・・・・・、そうそう、彼から、空風に送る合図を叩き込まれたのでした。
 その後で羽磋は酒場の奥の小部屋に呼ばれたので、酒席からは外れることになってしまったのですが、そこに残された苑は、他の先輩に勧められるまま杯を重ねたのでしょう、今ではすっかり二日酔いとなってしまっているようでした。
「よお、小苑、調子はどうだ」
「あ、昨日はごちそうさんでしたぁ。今日は、なんだか頭が痛くて、ふらふらするんすよ」
 他の天幕から出てきた護衛隊の先輩が、苑に声をかけました。二日酔いで参っている様子の苑を見て、ニヤニヤとしています。
「なんだ、情けねぇなぁ。しょうがねぇ、いい方法を教えてやるよ。あのな、そういう時は、もう二、三杯アルヒをな・・・・・・」
「だ、駄目です、駄目ですよっ。長引くだけですよ、辛いのが」
「なんだ、羽磋殿か。いやいや、冗談ですよ、冗談。ははは、小苑、水でも飲んで大人しくしとくんだなっ」
 根拠地に駐屯している安心感がそうさせるのか、先輩が軽口を叩きました。
 それにも、思わず訂正の横やりを入れてしまうところが、羽磋の真面目なところなのかもしれません。
 でも、軽口を飛ばした先輩は、羽磋が訂正を入れるところまでを見通していたようでした。気を悪くした様子もなく、小苑に水を飲んで休んでいるようにと声をかけると、彼は自分の仕事を片付けるために歩き去りました。
「うう、羽磋殿・・・・・・、俺はもう駄目っす。地面がぐらぐらするっす。気分が悪いっす・・・・・・」
「しっかりしろ、小苑。それは二日酔いと言って、要は酒の飲みすぎなんだよ。お前も、聞いたことはあるだろう? さっきの人が話していたように、水を飲んで大人しく休んでいたら、そのうちに治まってくるから」
「これが、二日酔いっすか。ものすごく吐き気もするし、辛いっす」
「ああ、幸い、今は駐屯中だろ。そんなに仕事は無いはずじゃないか。大人しくしておけよ」
 生まれて初めての二日酔いにすっかり弱っている苑を、慣れないながらもなんとか介抱する羽磋でした。
 その二人を含めた交易隊の全体に伝わるように張り上げられた大きな声が、駐屯地の中央から上がりました。それは、小野の声でした。
「みなさん、昨日はご苦労様でした。朝からさっそくの連絡で申し訳ありません。我が交易隊はしばらくこの村に留まり、他の交易隊との荷の交換などを行います。ですが、これまで我が隊と同行されていた留学の徒である羽磋殿は、先を急ぎ、明日吐露村へ立たれることになりました。護衛隊の諸君は、羽磋殿に同行して護衛をお願いいたします。また交易隊の諸君も、羽磋殿と護衛隊のための糧食などを整えてください。詳しいことは後にご説明しますので、銅鑼が鳴ったら、責任者はわたしのところに集まってください」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...