月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第95話

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 これまでに小野と共に様々な調査活動を行ってきた経験があるからなのでしょうか。事前に何も相談されていなくても、王花には小野の話が行きつくところが見えていました。だからこそ、案内人に話が及んだ時に、躊躇することなく王柔を指名することが出来たのでした。本来であれば、もっと経験のある案内人を出すところなのかもしれないのですが、今回だけは、ヤルダンを渡った何十回の経験よりも、たった一回の経験が有用なのでした。そう、理亜と王柔がヤルダンを渡った時に、理亜が母を待つ少女の声を聴いた経験は、人の想像の及ぶところを超えたこの問題に対処するための唯一の手掛かりなのでした。
「それで王柔殿、ここからは大っぴらにはできないことですが、理亜殿を一緒に連れて行って欲しいのです。彼女の存在は、まだ、御門殿にも知られていないと思います。ですから、できるだけ人目につかない形でお願いします。いま考えられることは、残念ながらこれだけです。母を待つ少女の声、これだけが唯一の手掛かりなのですが、だからと言って、母を待つ少女のところに行ってどうすればいいのかは判りません。これらが精霊の力によるものであれば、精霊を鎮めれば良いのかも知れません。しかし、残念ながら、この村には月の巫女はおりません。その意味でも、普通の人間を送るよりも、一度は声を聴くことができた理亜殿にその場に行ってもらうことが、一番良いと考えるのです」
 小野からの説明に、一区切りが付けられました。
 簡単に現在の状況をまとめたものとこれからの計画、それらに加えて、現段階でわかっていることとわからないことが語られるのが、小野の説明の特徴でした。
 いまさら言うまでもないことですが、ゴビの砂漠を交易のために旅すると言うことは、とても大変なことです。「今から襲うぞ」と伝えてから襲ってくる盗賊はありません。また、常に晴れているように思われるゴビの天候ですが、実は大風や砂嵐などが急に起こり、それによって壊滅する交易隊も珍しくないのです。
 そのような緊急事態の場合には、自分からの指示を待つのではなく、部下たちが自分自身で適切な判断をしなければならないのです。それに、自分一人で情報を抱え込んだままで万一のことがあった場合、今後もゴビを旅し続けなければいけない部下たちに、大きな迷惑をかけることになりかねないのです。
 ですから、「共有できることはできるだけ共有する」という小野の習慣は、交易隊という、過酷なゴビの砂漠を旅する一団を率いる経験が、彼の中に作り上げたものともいえるのでした。
 もちろん、月の巫女に関わることなど「共有できないこと」もありますが、それは決して「都合の悪いこと」と同じことではありません。たとえば何らかの手違いで、次の水源に到着するまで水が持ちそうにない場合、小野はそれを皆に正直に話して、それぞれの水の割り当てを減らすことに同意を求めます。隊員の中からは、それに対して不満の声も上がるかもしれませんが、状況を正確に伝えそれに対しての最善の対応策を示せば、不満以上の大きな問題には発展しないのです。それに、万が一、新たに別の問題が生じたとしても、正しい現状認識に基づいて、それに適切に対処することが出来るのです。
 このような問題が起きたときに、不満の声が上がるのを恐れて隠し通そうとする隊長もいます。つまり「共有できないこと」と「都合が悪いこと」を同じように考える隊長です。しかし、そのようなことをすれば、問題があることが明るみになった場合、この例えで言えば、水が不足していることが明らかになった場合に、隊員はどう思うでしょうか。問題が隠されていたことから、もう隊長を信じることが出来なくなるに違いありません。さらに、こうも思うかもしれません。「水が不足しているのは、隊長が自分だけ贅沢に使ったせいではないか。だから、これを隠していたのだ」と。
 このような気持ちが隊員たちの中に芽生えでもしたら、もう、どのような対応策を説明したとしても、彼らの耳に届くことはありません。隊員の中から不満の声が上がるだけではなく、隊長をその座から引きずり降ろそうとする叫びや、ひょっとしたら、追放や処刑を求める怒号さえ、上がるかもしれないのです。
 王花や冒頓たちは小野との付き合いが長いので、この丁寧な説明にも慣れていますが、初めて聴く羽磋などは、「なんて丁寧な説明をする、腰の低い方なんだ」と驚きをもって聴くのでした。草原やゴビで遊牧を行う際には、中心となる男の短い指示に、即座に、かつ、正確に従って家畜を追うことが、重要とされているのですから。
 これは、交易隊というゴビの海に浮かぶ一隻の小舟のような閉ざされた集団が、長く旅を続けるために必要とされることと、遊牧を行う際に羊や馬などの気まぐれな生き物を、少ない人数で協力してまとめ導くことに、必要とされる要素が全く異なるからなのでした。
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