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月の砂漠のかぐや姫 第73話
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自分の意に関係なく、ただ精霊のほんの気まぐれによって、王花の盗賊団の一員として働き始めた王柔でしたが、そこは思いのほか彼に取って居心地の良いところでした。それは、盗賊団とは言うものの、単なる荒くれ者の集団、人の命と貨物を奪って心を痛めることもない、人でなしの集団ではありませんでした。
そもそも、盗賊団というものは、遊牧民族の社会の中からはみ出してしまった者の集まりでした。幼い子供から足腰の弱った老人まで、何らかの形で生産活動・交易活動に従事する社会の中で、それに寄与しない者は、彼らを除けば、月の巫女あるいは精霊の子しかありませんでした。
そのような盗賊団の中でも王花の盗賊団は、交易路の一部であるヤルダンを管理するという役割を与えられ、交易活動に参加することにより、社会的に認められたはみ出し者の集団という、極めて異例な存在だったのでした。
王花の盗賊団のもう一つの特徴は、人のものを奪ってはいけない、人を傷つけてはいけないという社会のルールから、はみ出した者の集まりではない、ということでした。彼らは、王柔のように、戦争や病気などで支えてくれる人を失くしてしまった者や、他国から奴隷として連れてこられた者などで、月の民の社会に溶け込むことが出来ない、居場所がないという者たちの集まりなのでした。
王花の盗賊団の首領である王花という女性からしてそうでした。彼女は、もともと、奴隷商人が秦から連れてきた人で、月の民の者ではありませんでした。なんとか奴隷としての立場から逃れることができた彼女でしたが、遊牧民族の社会は血縁の社会で、そこに自分の居場所を作ることはできませんでした。
生きるために、彼女は同様の境遇の者を集めて盗賊家業に身をやつしてしまいます。しかし、「この異国の地でも、どうにかして自分たちの居場所をつくりたい」、そのように考えた彼女は、自分の部下たちに「王」の一字を与えて、自分たちは家族だと宣言をするのでした。そのような彼女たちを、自分が後見人となり、ヤルダンの管理という仕事を与えて、社会の一部として迎え入れたのが阿部なのでした。
ですから、王花の盗賊団の者たちは、人を傷つけて喜ぶような、心のねじ曲がった人たちではありませんでした。むしろ、この異国の地で助け合えるのはお互いの存在しかないと考えており、同じ「王」の名を持つ者同士の結束は、本当の家族、いや、それ以上に強いとさえ言えるのでした。
阿部から王花に託された王柔は、その頃はまだ少年に過ぎず「柔」と呼ばれていました。成人をするまでは、ヤルダンの案内人の仕事を手伝い、成人をするに際して「王」の字を王花からもらって、正式な王花の盗賊団の一員、そして、一人で案内人としての務めを果たせる、立派な大人となったのでした。
王花の盗賊団の皆からの信頼に支えられながら、何度か一人で案内人の役を果たした彼が、この度、吐露村の外で巡り合ったのが、寒山の交易隊が奴隷として連れていた少女だったのでした。
「稚、稚なのか・・・・・・」
初めて彼女を見たときに、思わずその言葉が王柔の口からこぼれ出ました。いやいや、そんなはずはないんだ。王柔は、もう一度目を凝らして彼女を見ました。ゴビの赤土のような髪の色で、目鼻立ちのくっきりとした、まだ十歳になるかならないかの少女でした。年恰好こそ稚と同じぐらいでしたが、そもそも、髪の色から顔立ちから、稚とは全く異なっていました。何度見ても、何度考えても、彼女は妹ではありません。稚ではないのです。それでも、どうしてでしょうか、王柔は彼女を妹と同様に思えてならないのでした。
交易隊に案内人として同行することとなった彼は、機会をとらえて彼女の元を訪れました。
「おい、稚、じゃない、えっと、君。君の名前はなんていうんだい。どうして奴隷なんかに?」
でも、彼女は不思議そうな顔をして、自分に話しかける彼の顔を見つめるだけでした。王柔は気づきました。ああ、彼を見つめるその瞳まで赤いのだ、と。
王花の盗賊団の者から聞いたことがありました。交易路の東端は秦ですが、西はイリの先の安息のそのまた先、ローマと呼ばれる地まで続いていて、そこに住む人たちは、彼らのように黒い髪と黒い瞳を持つのではなく、赤い髪や黄色の髪、赤い瞳や青い瞳を持つのだと。
きっと、彼女は、イリのそのまた先から連れて来られたに違いありません。だから、彼の言葉がよく判っていないのです。それでも、なんどか言葉を交わすうちに、彼女が片言ではありますが、こちらの言葉を理解し話せることが、王柔には判りました。護衛隊の者が見回りに来るまでに、彼は、たった一つ、彼女の名前だけは聞き出すことが出来ました。
「ュ・・・・・・リア」
「理亜、理亜というのか。僕は王柔、お・う・じゅ・う。それが僕の名前だよ」
「お・う・じゅ・う……オージュ?」
「そう、そうだ、王柔だよ。あ、誰かが来た。また来るからね、じゃぁ、理亜」
「オージュ・・・オ・・・・・・ジュ?」
王柔は、彼女の元を離れて交易隊の先頭に戻りながら思いました。
「彼女は稚じゃない。それはそうだ。だけど、稚と同じだ。よくわからないけど、そんな気がする。なぜだろう・・・・・・。でも、稚と同じなら、僕にとっては妹と同じじゃないか・・・・・・」
それが、王柔と奴隷の少女との出会いだったのでした。
そもそも、盗賊団というものは、遊牧民族の社会の中からはみ出してしまった者の集まりでした。幼い子供から足腰の弱った老人まで、何らかの形で生産活動・交易活動に従事する社会の中で、それに寄与しない者は、彼らを除けば、月の巫女あるいは精霊の子しかありませんでした。
そのような盗賊団の中でも王花の盗賊団は、交易路の一部であるヤルダンを管理するという役割を与えられ、交易活動に参加することにより、社会的に認められたはみ出し者の集団という、極めて異例な存在だったのでした。
王花の盗賊団のもう一つの特徴は、人のものを奪ってはいけない、人を傷つけてはいけないという社会のルールから、はみ出した者の集まりではない、ということでした。彼らは、王柔のように、戦争や病気などで支えてくれる人を失くしてしまった者や、他国から奴隷として連れてこられた者などで、月の民の社会に溶け込むことが出来ない、居場所がないという者たちの集まりなのでした。
王花の盗賊団の首領である王花という女性からしてそうでした。彼女は、もともと、奴隷商人が秦から連れてきた人で、月の民の者ではありませんでした。なんとか奴隷としての立場から逃れることができた彼女でしたが、遊牧民族の社会は血縁の社会で、そこに自分の居場所を作ることはできませんでした。
生きるために、彼女は同様の境遇の者を集めて盗賊家業に身をやつしてしまいます。しかし、「この異国の地でも、どうにかして自分たちの居場所をつくりたい」、そのように考えた彼女は、自分の部下たちに「王」の一字を与えて、自分たちは家族だと宣言をするのでした。そのような彼女たちを、自分が後見人となり、ヤルダンの管理という仕事を与えて、社会の一部として迎え入れたのが阿部なのでした。
ですから、王花の盗賊団の者たちは、人を傷つけて喜ぶような、心のねじ曲がった人たちではありませんでした。むしろ、この異国の地で助け合えるのはお互いの存在しかないと考えており、同じ「王」の名を持つ者同士の結束は、本当の家族、いや、それ以上に強いとさえ言えるのでした。
阿部から王花に託された王柔は、その頃はまだ少年に過ぎず「柔」と呼ばれていました。成人をするまでは、ヤルダンの案内人の仕事を手伝い、成人をするに際して「王」の字を王花からもらって、正式な王花の盗賊団の一員、そして、一人で案内人としての務めを果たせる、立派な大人となったのでした。
王花の盗賊団の皆からの信頼に支えられながら、何度か一人で案内人の役を果たした彼が、この度、吐露村の外で巡り合ったのが、寒山の交易隊が奴隷として連れていた少女だったのでした。
「稚、稚なのか・・・・・・」
初めて彼女を見たときに、思わずその言葉が王柔の口からこぼれ出ました。いやいや、そんなはずはないんだ。王柔は、もう一度目を凝らして彼女を見ました。ゴビの赤土のような髪の色で、目鼻立ちのくっきりとした、まだ十歳になるかならないかの少女でした。年恰好こそ稚と同じぐらいでしたが、そもそも、髪の色から顔立ちから、稚とは全く異なっていました。何度見ても、何度考えても、彼女は妹ではありません。稚ではないのです。それでも、どうしてでしょうか、王柔は彼女を妹と同様に思えてならないのでした。
交易隊に案内人として同行することとなった彼は、機会をとらえて彼女の元を訪れました。
「おい、稚、じゃない、えっと、君。君の名前はなんていうんだい。どうして奴隷なんかに?」
でも、彼女は不思議そうな顔をして、自分に話しかける彼の顔を見つめるだけでした。王柔は気づきました。ああ、彼を見つめるその瞳まで赤いのだ、と。
王花の盗賊団の者から聞いたことがありました。交易路の東端は秦ですが、西はイリの先の安息のそのまた先、ローマと呼ばれる地まで続いていて、そこに住む人たちは、彼らのように黒い髪と黒い瞳を持つのではなく、赤い髪や黄色の髪、赤い瞳や青い瞳を持つのだと。
きっと、彼女は、イリのそのまた先から連れて来られたに違いありません。だから、彼の言葉がよく判っていないのです。それでも、なんどか言葉を交わすうちに、彼女が片言ではありますが、こちらの言葉を理解し話せることが、王柔には判りました。護衛隊の者が見回りに来るまでに、彼は、たった一つ、彼女の名前だけは聞き出すことが出来ました。
「ュ・・・・・・リア」
「理亜、理亜というのか。僕は王柔、お・う・じゅ・う。それが僕の名前だよ」
「お・う・じゅ・う……オージュ?」
「そう、そうだ、王柔だよ。あ、誰かが来た。また来るからね、じゃぁ、理亜」
「オージュ・・・オ・・・・・・ジュ?」
王柔は、彼女の元を離れて交易隊の先頭に戻りながら思いました。
「彼女は稚じゃない。それはそうだ。だけど、稚と同じだ。よくわからないけど、そんな気がする。なぜだろう・・・・・・。でも、稚と同じなら、僕にとっては妹と同じじゃないか・・・・・・」
それが、王柔と奴隷の少女との出会いだったのでした。
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