月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
上 下
73 / 345

月の砂漠のかぐや姫 第72話

しおりを挟む
 どうして、王柔は、これほどまでに奴隷の少女を気に掛けるのでしょう。
 白い頭布を巻いて月の民の男としてふるまってはいますが、実は、王柔は月の民の者ではありませんでした。彼は月の民の勢力圏の直ぐ西で遊牧を行っている烏孫の者でした。烏孫と月の民は、その遊牧を中心とした生活様式や、身体の特徴もよく似ていました。その上、言葉も通じますから、彼のように堂々と月の民を名乗り、自分の後ろ盾となる存在があれば、出自を疑われることはないのでした。
 烏孫の勢力圏は、吐露村を抜けてさらに西へ行った先に広がっています。その烏孫の男である王柔が、ヤルダンで王花の盗賊団の一員となっているのは、何故なのでしょうか。
 王柔は、幼いころから王花の盗賊団の一員であったというわけでは、ありませんでした。彼は烏孫族の父母と共に、遊牧団の一員として、吐露村のはるか西の地で馬や羊を追っていました。
 しかし、彼がまだ幼く、十にも満たなかったある年に、彼の部族を風粟の病という恐ろしい病が襲ったのでした。彼の周りでも、次々と病に倒れる人が出ました。人々は病の恐怖に恐れおののきながらも、病人に薬草を煎じて飲ませ、祈祷師に祈りを捧げてもらいましたが、大勢の犠牲者が出るのを止めることはできませんでした。風粟の病は、それこそ風のように周囲に広がっていき、罹患した者は高熱を発すると共に全身に粟のような紅斑が生じる病で、一度その病に罹れば半数は死に至ると言われる恐ろしい病なのでした。
 残念なことに、王柔の両親も、その病の犠牲となって息を引き取りました。また、彼の兄や姉も亡くなってしまいました。彼に残されたのは、自分自身の命の他には、まだ小さな末の妹、ただ一人でした。
 烏孫族は月の民のように根拠地を持たず、一族全てが遊牧民として移動しながら生活をしていました。そのため、病の大嵐が大勢の犠牲者を出しながら彼の部族を通り過ぎたあと、彼を助けてくれる近しい親族は残っていませんでした。一つの場所で集団生活をし、同じ水を飲み、同じ空気を吸う彼ら遊牧の民。彼の部族は、壊滅と言えるほどの大きな打撃を、その病によって受けていたのでした。
 烏孫族も、月の民と同じく、大小の部族の緩やかな集合体です。王柔と稚(チ)と呼ばれていた彼の妹は、他の部族にいた父の知り合いに引き取られました。そこには、同情とやさしさもあったでしょうし、人手が欲しいという現実的な考えも合ったと思われましたが、荒野でのたれ死ぬ可能性すらあった兄妹からすると、それはとてもありがたいことでした。
 恐ろしい災厄が過ぎ去った後、その頃はまだ柔と呼ばれていた王柔は、養父と共に遊牧に精を出し、稚は養母や他の子供たちに見守られながら、順調に成長していきました。
 ところが、ある日、遊牧先から王柔が天幕に戻ってきたのに、いつも兄を迎えるために真っ先に飛び出してくる妹の姿が見られなかったのでした。
「小稚ー。どうしたー兄が帰ったぞー」
 始めは、そう天幕に向って声をかけながら、いつものように、集めてきた羊や馬の世話をしていた王柔でしたが、いつになっても稚がやってくる様子は見られませんでした。不思議に思い天幕の方へ向かった王柔を迎えたのは、バツの悪そうな顔をした養母でした。
 この時、自分がどのような話をし、どのような行動をしたのか、王柔ははっきりとは覚えていません。あまりに頭に血が上り、興奮してしまっていたからなのでしょう。ただ、一つだけ、はっきりとした事実がありました。その事実とは、そのころ遊牧を行っていた地域を交易隊が通過するのを良い機会として、養母が稚を奴隷として売り払ってしまった、というものでした。
「妹を、小稚を探さねばっ。どこに行った、小稚!」
 おそらくその話を聞いた途端に、王柔の身体は動いていたのでしょう。彼は自分が遊牧に出る際に持ち出す、水や食料の入った革袋を掴むと、愛馬に飛び乗って脇目も振らずに駆けだしました。
「お待ちよ、柔っ。仕方なかったんだよ! あの子は、あの子は・・・・・・」
 彼の背を、養母が慌てて叫んだ言葉が追いかけましたが、それは、妹への心配で胸が一杯な彼の耳には、全く届いていませんでした。
 天幕を飛び出したからと言って、彼に妹がどこにいるかの見当がついているわけはありません。彼は、思いつくまま馬を走らせ、やがて、馬がつぶれて倒れてしまった後はその足で、ただやみくもに走り続けました。
「稚、小稚・・・・・・。どこだ・・・・・・」
 性も根も尽き果て、とうとう彼は大地に倒れ込んでしまいました。
 仰向けになり空を見上げる王柔。妹はどこに行ってしまったのか・・・・・・。風が巻き上げる砂で霞んだ青空の下で、王柔は、自分が極々小さな存在であり、この広い空の下のどこかにいるはずの妹を探し出すには、あまりにも手が短いことを実感していたのでした。
 水も食料もなく、気力という支えさえも尽きようとしていた王柔。このままゴビの土に還る恐れさえあった彼でしたが、どういう精霊の導きか、その彼を拾うものがあったのでした。
 それは、良馬の産地として知られる西域イリ地方を発してアルマトを通り、この烏孫を抜けて吐露村へ向かおうとしていた、小野の交易隊だったのでした。
 小野の交易隊は阿部の指示のもと動いています。今ではヤルダンの管理を任されている王花の盗賊団は、阿部の認めるところで、その任を行っています。そのようなつながりによって、王柔は王花の盗賊団の一員となったのでした。これには、色々ないきさつがあったのですが、彼が盗賊団の一員となったのは、いつか妹を連れた奴隷商人に巡り合うかもしれないという、淡い淡い希望を持っていたということもあったからなのでした。
 それにしても、無鉄砲に部族を飛び出していった彼が、荒野で干からびて死ぬわけでもなく、また、奴隷として売られることもなかったのは、偶然にも交易隊に拾われた、それも、他の交易隊でなく小野の交易隊に拾われた、まさにその巡り合わせによるものだったのでした。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

処理中です...