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47話
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わたしとシルヴィオ殿下、そしてミラーネ様の歪んでしまった縁はもうこれで終わり?なのかな。
記憶のある人にとってだけ辛い人生、そんな理不尽なこと、もうあって欲しくない。
わたし一人がよくわからない中で苦しむことなく過ごしてきたことも、本当はすごく辛い。
ミラーネ様との最後の会話は一生忘れられない。
彼女にほんの少しでもわたしの気持ちは伝わったかな?
わたしの夢の中で消えた記憶。精霊達が消してくれた記憶。
だけど実は鮮明に覚えている。
シルヴァ殿下がアーシャを犯させたことを。たくさんの男達に凌辱され、心も体も傷ついて死んでいったこと。
あの時の恐怖、あのときの絶望感。
精霊達が消してくれたのに、それでも何度も何度も夢の中に湧き出てきた。
でも、わたしは知らないフリをする。
そのことだけはわたしの中でなかったことに。そうしないと生きていけない。
それにそのことを知っていることも誰にも知られたくはない。
お父様にも裏切られ、シルヴァ殿下にも捨てられて、男達に酷い目に遭って死んでいく過去、恨み続けて暮らすことはしたくない。
多分ミラーネ様の姿を知らなければわたしも同じようにミラーネ様とシルヴィオ殿下に復讐したかもしれない。
でも前世のことを恨んで現世の人たちに復讐しても心は多分満足することはない。虚しいだけ。
ミラーネ様が捕まって最後処刑されるとき、ミラーネ様はやっと過去から解放されたのだと思う。
だからとても穏やかで幸せそうな顔をしていたのだ。
ではわたしは?
わたしはアーシャの頃の記憶はないけど、どんなふうに死んだかは知っている。
わたしはでもアイシャなのだし、わたしは今を生きているからもう前世に振り回された人生は送りたくない。
「アイシャ嬢、大丈夫?馬車に酔った?」
ユリウス殿下が向かいの席から心配そうに聞いて来た。
「大丈夫です。初めていくソラリア帝国のことを考えていたんです」
「そうか、僕もだよ。ノエル様に帝都を案内してもらうことになっているんだ。二人も一緒に回ろう」
「もちろんです」
わたしが返事をすると隣に座るシェリーも嬉しそうに言った。
「わたしもいいのですか?」
「うん、これからも三人同じ学校に通うんだ。仲良くしてくれると嬉しいよ」
「もちろんですわ!勉強は置いといて、学校も楽しみなんです!」
「シェリーったら何しに来たの?」
「留学は海外の地に腰を落ち着けて文化や言語、専門知識を学ぶの……は建前で、もちろん素敵な婚約者探しよ!アイシャも自国でのことは忘れて楽しまなきゃ!ねっ?」
シェリーの突飛な発言に苦笑しながらも、彼女がそばにいてくれるから不安もなく楽しい気持ちでいられる。
「ふふっ、シェリー、大好きよ。これからもよろしくね?」
「わたしもアイシャのこと大好きよ!二人でいい男を探しましょうね?」
「二人とも目の前にいい男が二人もいること気づいてる?」
ノエル様がクスクス笑う。
「だって、ユリウス殿下は王族だし、ノエル様は公爵家嫡男でしょう?どちらも優良物件すぎて、手が出ません。もう少し下げて相手を見つけた方が楽に過ごせそうなんです」
シェリーのあっけらかんとした態度に苦笑しつつも、『そうかも』と内心頷いた。
もう王族とか高位貴族とかいらないかも。
「君のような子はなかなかいなくて面白いね」
ノエル様はシェリーの性格を気に入ったらしくて楽しそうに会話をしていた。
わたしはそこまで砕けて話すのは得意ではないので、二人が話しているのを静かに微笑みながら聞いていた。
たまにそこにユリウス殿下も加わって三人の会話が弾む。
馬車の中で過ごす時間はとても楽しくソラリア帝国のノエル様の屋敷に着いた頃にはかなりソラリア帝国のことやノエル様の事情を知ることができた。
ノエル様のお父様は皇帝の従兄弟で、ノエル様の初恋は自分の護衛騎士をしている奥様らしい。子供の頃家庭教師をしてくれたマリア様と言うお名前で、『結婚しよう』とプロポーズするも護衛騎士の恋人がいると断られたらしい。
年の差が12歳も離れているらしく『フラれても仕方がないのにその頃は本気でマリアと結婚するつもりだったんだ』と思い出し笑いをしていた。
わたし達のように陰湿で重たい話ではなく、可愛らしい幼い頃の初恋の話を聞いてなんだか心が暖かくなるのを感じた。
「アイシャ、シルヴィオのこれまでのことを許してやってとは言わない。彼は色々と間違えすぎた。でも彼が君に向けた好意は嘘ではなかった。それだけは信じてあげてほしい、だけど彼の態度には問題がありすぎたけど」
ノエル様は周囲からシルヴィオ殿下のことを聞いているのだろう。だけど、それでも彼とは友人で、彼のことを心配しているようだ。
わたしはなんと返事をすればいいのかわからず少し黙って考え込んでから言った。
「……………殿下はこれから神殿で神のもと祈りを捧げながら暮らしていかれるそうです。王宮とは違いかなり大変な暮らしになるかと思います」
「うん、もう、会うことは難しくなる。彼は彼の罪をこれから償って生きていくんだと思う」
「わたしも、同じかもしれないです」
辛い前世の事を心に秘めたままわたしはソラリア帝国で暮らす。
出来れば留学の2年後も平民になってでも、ソラリア帝国の市民権を得て、この国で暮らしていくつもり。
帰国すればお父様に誰かと婚約させられ流されるまま結婚することになる。
わたしはもうお父様に振り回されることも嫌だし、お父様の愛を求めることもしない。
そしてわたしもミラーネ様の事を忘れる事なく生き続ける。
数年後。
「アイシャ!早くこの書類を持って団長のところへ!」
「はい!」
わたしは先輩に渡された決算書を持って第一騎士団長のところへ向かう。
男ばかりの騎士団の事務として配属された。
「おっ!アイシャ!」
「飯でもいかないか?」
「今日も可愛いな」
彼らの前を歩くたびにそんな声がかかる。
もうこれは女性事務を見ると口説くために言わないといけなくなる病気みたい。
わたしは「はいはい」と適当に返事をして団長のところに書類を持って小走りで向かう。
財務部から騎士団の事務に配属されたのはいいけど、とにかく仕事量が多い。
給与計算だけでもすごい人数なので毎月大変。さらに備品代や食費、建物の維持や馬達の維持費、もう頭がパンクしそうなくらい忙しい。
大雑把な人が多い騎士団は数字が苦手な人が多くて、他の部署よりも手がかかってしまうので騎士団に配属されるのはみんな嫌がっている。
わたしは仕事だから忙しいのは仕方ないと割り切っているけど、彼らとの恋愛はあり得ないと思っている。
記憶のある人にとってだけ辛い人生、そんな理不尽なこと、もうあって欲しくない。
わたし一人がよくわからない中で苦しむことなく過ごしてきたことも、本当はすごく辛い。
ミラーネ様との最後の会話は一生忘れられない。
彼女にほんの少しでもわたしの気持ちは伝わったかな?
わたしの夢の中で消えた記憶。精霊達が消してくれた記憶。
だけど実は鮮明に覚えている。
シルヴァ殿下がアーシャを犯させたことを。たくさんの男達に凌辱され、心も体も傷ついて死んでいったこと。
あの時の恐怖、あのときの絶望感。
精霊達が消してくれたのに、それでも何度も何度も夢の中に湧き出てきた。
でも、わたしは知らないフリをする。
そのことだけはわたしの中でなかったことに。そうしないと生きていけない。
それにそのことを知っていることも誰にも知られたくはない。
お父様にも裏切られ、シルヴァ殿下にも捨てられて、男達に酷い目に遭って死んでいく過去、恨み続けて暮らすことはしたくない。
多分ミラーネ様の姿を知らなければわたしも同じようにミラーネ様とシルヴィオ殿下に復讐したかもしれない。
でも前世のことを恨んで現世の人たちに復讐しても心は多分満足することはない。虚しいだけ。
ミラーネ様が捕まって最後処刑されるとき、ミラーネ様はやっと過去から解放されたのだと思う。
だからとても穏やかで幸せそうな顔をしていたのだ。
ではわたしは?
わたしはアーシャの頃の記憶はないけど、どんなふうに死んだかは知っている。
わたしはでもアイシャなのだし、わたしは今を生きているからもう前世に振り回された人生は送りたくない。
「アイシャ嬢、大丈夫?馬車に酔った?」
ユリウス殿下が向かいの席から心配そうに聞いて来た。
「大丈夫です。初めていくソラリア帝国のことを考えていたんです」
「そうか、僕もだよ。ノエル様に帝都を案内してもらうことになっているんだ。二人も一緒に回ろう」
「もちろんです」
わたしが返事をすると隣に座るシェリーも嬉しそうに言った。
「わたしもいいのですか?」
「うん、これからも三人同じ学校に通うんだ。仲良くしてくれると嬉しいよ」
「もちろんですわ!勉強は置いといて、学校も楽しみなんです!」
「シェリーったら何しに来たの?」
「留学は海外の地に腰を落ち着けて文化や言語、専門知識を学ぶの……は建前で、もちろん素敵な婚約者探しよ!アイシャも自国でのことは忘れて楽しまなきゃ!ねっ?」
シェリーの突飛な発言に苦笑しながらも、彼女がそばにいてくれるから不安もなく楽しい気持ちでいられる。
「ふふっ、シェリー、大好きよ。これからもよろしくね?」
「わたしもアイシャのこと大好きよ!二人でいい男を探しましょうね?」
「二人とも目の前にいい男が二人もいること気づいてる?」
ノエル様がクスクス笑う。
「だって、ユリウス殿下は王族だし、ノエル様は公爵家嫡男でしょう?どちらも優良物件すぎて、手が出ません。もう少し下げて相手を見つけた方が楽に過ごせそうなんです」
シェリーのあっけらかんとした態度に苦笑しつつも、『そうかも』と内心頷いた。
もう王族とか高位貴族とかいらないかも。
「君のような子はなかなかいなくて面白いね」
ノエル様はシェリーの性格を気に入ったらしくて楽しそうに会話をしていた。
わたしはそこまで砕けて話すのは得意ではないので、二人が話しているのを静かに微笑みながら聞いていた。
たまにそこにユリウス殿下も加わって三人の会話が弾む。
馬車の中で過ごす時間はとても楽しくソラリア帝国のノエル様の屋敷に着いた頃にはかなりソラリア帝国のことやノエル様の事情を知ることができた。
ノエル様のお父様は皇帝の従兄弟で、ノエル様の初恋は自分の護衛騎士をしている奥様らしい。子供の頃家庭教師をしてくれたマリア様と言うお名前で、『結婚しよう』とプロポーズするも護衛騎士の恋人がいると断られたらしい。
年の差が12歳も離れているらしく『フラれても仕方がないのにその頃は本気でマリアと結婚するつもりだったんだ』と思い出し笑いをしていた。
わたし達のように陰湿で重たい話ではなく、可愛らしい幼い頃の初恋の話を聞いてなんだか心が暖かくなるのを感じた。
「アイシャ、シルヴィオのこれまでのことを許してやってとは言わない。彼は色々と間違えすぎた。でも彼が君に向けた好意は嘘ではなかった。それだけは信じてあげてほしい、だけど彼の態度には問題がありすぎたけど」
ノエル様は周囲からシルヴィオ殿下のことを聞いているのだろう。だけど、それでも彼とは友人で、彼のことを心配しているようだ。
わたしはなんと返事をすればいいのかわからず少し黙って考え込んでから言った。
「……………殿下はこれから神殿で神のもと祈りを捧げながら暮らしていかれるそうです。王宮とは違いかなり大変な暮らしになるかと思います」
「うん、もう、会うことは難しくなる。彼は彼の罪をこれから償って生きていくんだと思う」
「わたしも、同じかもしれないです」
辛い前世の事を心に秘めたままわたしはソラリア帝国で暮らす。
出来れば留学の2年後も平民になってでも、ソラリア帝国の市民権を得て、この国で暮らしていくつもり。
帰国すればお父様に誰かと婚約させられ流されるまま結婚することになる。
わたしはもうお父様に振り回されることも嫌だし、お父様の愛を求めることもしない。
そしてわたしもミラーネ様の事を忘れる事なく生き続ける。
数年後。
「アイシャ!早くこの書類を持って団長のところへ!」
「はい!」
わたしは先輩に渡された決算書を持って第一騎士団長のところへ向かう。
男ばかりの騎士団の事務として配属された。
「おっ!アイシャ!」
「飯でもいかないか?」
「今日も可愛いな」
彼らの前を歩くたびにそんな声がかかる。
もうこれは女性事務を見ると口説くために言わないといけなくなる病気みたい。
わたしは「はいはい」と適当に返事をして団長のところに書類を持って小走りで向かう。
財務部から騎士団の事務に配属されたのはいいけど、とにかく仕事量が多い。
給与計算だけでもすごい人数なので毎月大変。さらに備品代や食費、建物の維持や馬達の維持費、もう頭がパンクしそうなくらい忙しい。
大雑把な人が多い騎士団は数字が苦手な人が多くて、他の部署よりも手がかかってしまうので騎士団に配属されるのはみんな嫌がっている。
わたしは仕事だから忙しいのは仕方ないと割り切っているけど、彼らとの恋愛はあり得ないと思っている。
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