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20話
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「アイシャ嬢?どうしたんだい?騎士は何もしていないよ?」
地面に顔を擦り付けるように頭を下げていた。
ーー怖い……
いつもそばにいる護衛に怖いなんて思ったことなんてない。ましてや王族のそばにいる近衛騎士は、まずわたしに何かをするなんてあり得ない。
ユリウス殿下が屈んでわたしの肩に優しく手を触れた。
何故かホッとした。
「大丈夫だよ、アイシャ嬢……僕と医務室へ行こう……」
殿下はそばにいた騎士に
「君は、アイシャ嬢の父上であるソルボン公爵に連絡をとってくれ」と指示を出した。
近衛騎士にそう言うと「わかりました」と言ってこの場を去っていった。
まだ殿下のそばには側近が二人ほど離れた場所にいて黙って様子を窺っているのがわかった。
だけど殿下は周りに声をかけずに自ら手を差し出してわたしを立たせてくれた。
「……あ、ありが……ござ……ます」
震えて声が出ない。
きちんとお礼を伝えないといけないのに……頭が痛い………
「おっと」
ふらついたわたしの体を支えてくれた。
まだ14歳の殿下なのに、しっかりと体が鍛えられていて力強くわたしを倒れないように支えてくれた。
「………すみません」
「歩ける?」
「はい」
「僕が兄上の婚約者であるアイシャ嬢に触れるのは好ましいことではないので手を貸してあげるくらいしかできないんだ、ごめんね?」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
迷惑をかけていることはわかっているのに一人で歩くことすらできない。
それに地面に跪いていたので制服も汚れているし、手や足……顔も汚れている。
どうしてしまったのだろう。自分でもよくわからない。
医務室に着くとすぐにお医者様が診察をしてくださった。
「とりあえずベッドで横になりましょう。軽い睡眠薬をお渡ししますのでとにかく眠ってください。直にお父様がお迎えに来るでしょうから」
お医者様はわたしの様子を見て看護師さんに着替えを手伝うように言って、病衣に着替えさせてくれた。
「ゆっくりと寝ましょう」
お医者様の声はとても優しくて殿下と同じくらいホッとさせてくれた。
薬のおかげでうとうとと、し始めた頃ぼんやりと耳に入ってくる声に意識が戻ってきた。
目を開けるには瞼も頭も重たくて、目を閉じたままじっと様子を窺った。
✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎
「ユリウスどうしてアイシャが倒れたんだ?それにお前がアイシャが倒れたときにそばにいたのもおかしいだろう?」
「兄上こそアイシャ嬢を放って何をしていたのですか?アイシャ様は帰りの馬車すらない状態で一人で歩いていました……ふらふら歩いていたし、騎士が近づくといきなり怖がったかと思えば謝り出したりと、異常な感じでした」
「……今日はミラーネが父上の治療をしてくれることになっていたので付き添っていたんだ……そうだ、でも学校の帰りに馬車には三人で乗った……そのあと……そう……馬車を降りてミラーネと父上のところへ向かった………アイシャは……アイシャは………」
ーーわたしはお二人のあと馬車を降りました。
心の中で返事をした。
ユリウス殿下にとってシルヴィオ殿下は3歳年上で少し怖い。
そして一番身近で尊敬する人。
そんな話をユリウス殿下は話してくれたことがあった。
それなのにわたしのせいでシルヴィオ殿下に語気を荒げて話している。本当はとてもお辛いだろう……大好きな兄に楯突くなんて。
「アイシャ嬢は薄暗くなり始めた王城の道を一人で歩いていたんですよ?護衛も侍女も誰もいない中で。僕がたまたま見かけて声をかけたんです。そのうえ送りの馬車もないと言ってました」
「……馬車……?いつもは僕が馬車の手配をしているんだ……だけど今日はミラーネとずっと話をしていて……」
「ユリウス殿下、あなたはシルヴィオの弟でしょう?そんな口の利き方はおかしいと思わないの?」
なんとなく気配はしていた。
やはりミラーネ様はここにいたのね。
「ミラーネ様は聖女と呼ばれ神官長様の養女となられたお方です。しかし兄上にはアイシャ嬢という立派で頑張り屋の婚約者がいます。
なのに兄上の名を呼び捨てするなんてよっぽどあなたの方が失礼だし、マナーすらまともにできていないのでは?」
「ユリウス、やめろ。聖女であるミラーネに失礼だぞ。僕とミラーネは友人なんだ。親しく呼び合うくらいいいだろう?」
「そもそもそこがおかしいと思いませんか?」
ユリウス殿下はミラーネ様の話を聞いてかなり不機嫌だと感じた。
いつもの優しい穏やかなユリウス殿下が声しか聞こえていないけどとても怖く感じた。
そしてミラーネ様の表情はわからないけど、この場の二人のやり取りをとても愉しそうにしている気がする。
「何がおかしいというのかしら?わたし達は友人で共通の話題があって毎日話が尽きないからつい話し込んでしまうわ。それ以上の関係ではないの。
ふふっ、まるでアイシャ様は私達のことを疑っているみたいに感じるわ。悋気をおこしているのかしら?」
「アイシャ嬢はそんな人ではない!あなたは公爵令嬢であり兄上の婚約者であるアイシャ嬢を馬鹿にしているのか?」
「まああ、怖い。シルヴィオ、あなたの弟君はアイシャ様が好きなのかしら?お兄様の婚約者に片思いでもしているの?哀れね?報われない恋なんて……ふぅー………」
「ミラーネ、あんまり挑発するな。ユリウス、アイシャのそばには僕がいるから、ミラーネを送ってやってくれ」
「せっかく楽しい話で盛り上がっていたのに!ねぇ、そこのアイシャ様も聖力で治しましょうか?」
「いや、医者に聞いたらどこも悪くはないと言っていたから必要ないよ」
「ふうん、そう……聖女の力を使ってあげようと思ったのに……必要ないのね?」
ーーよかった……
ミラーネ様の力を疑っているわけではないのだけど……何故か心の中がザワザワして落ち着かない。ミラーネ様の力もわたしには必要ではない……だって彼女が近くにいるだけで、胸が苦しくて切なくて泣きそうになる。
もういっそ死んだ方がいいのでは?
何故だか悪い方へと気持ちが傾く。
地面に顔を擦り付けるように頭を下げていた。
ーー怖い……
いつもそばにいる護衛に怖いなんて思ったことなんてない。ましてや王族のそばにいる近衛騎士は、まずわたしに何かをするなんてあり得ない。
ユリウス殿下が屈んでわたしの肩に優しく手を触れた。
何故かホッとした。
「大丈夫だよ、アイシャ嬢……僕と医務室へ行こう……」
殿下はそばにいた騎士に
「君は、アイシャ嬢の父上であるソルボン公爵に連絡をとってくれ」と指示を出した。
近衛騎士にそう言うと「わかりました」と言ってこの場を去っていった。
まだ殿下のそばには側近が二人ほど離れた場所にいて黙って様子を窺っているのがわかった。
だけど殿下は周りに声をかけずに自ら手を差し出してわたしを立たせてくれた。
「……あ、ありが……ござ……ます」
震えて声が出ない。
きちんとお礼を伝えないといけないのに……頭が痛い………
「おっと」
ふらついたわたしの体を支えてくれた。
まだ14歳の殿下なのに、しっかりと体が鍛えられていて力強くわたしを倒れないように支えてくれた。
「………すみません」
「歩ける?」
「はい」
「僕が兄上の婚約者であるアイシャ嬢に触れるのは好ましいことではないので手を貸してあげるくらいしかできないんだ、ごめんね?」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
迷惑をかけていることはわかっているのに一人で歩くことすらできない。
それに地面に跪いていたので制服も汚れているし、手や足……顔も汚れている。
どうしてしまったのだろう。自分でもよくわからない。
医務室に着くとすぐにお医者様が診察をしてくださった。
「とりあえずベッドで横になりましょう。軽い睡眠薬をお渡ししますのでとにかく眠ってください。直にお父様がお迎えに来るでしょうから」
お医者様はわたしの様子を見て看護師さんに着替えを手伝うように言って、病衣に着替えさせてくれた。
「ゆっくりと寝ましょう」
お医者様の声はとても優しくて殿下と同じくらいホッとさせてくれた。
薬のおかげでうとうとと、し始めた頃ぼんやりと耳に入ってくる声に意識が戻ってきた。
目を開けるには瞼も頭も重たくて、目を閉じたままじっと様子を窺った。
✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎ ✴︎
「ユリウスどうしてアイシャが倒れたんだ?それにお前がアイシャが倒れたときにそばにいたのもおかしいだろう?」
「兄上こそアイシャ嬢を放って何をしていたのですか?アイシャ様は帰りの馬車すらない状態で一人で歩いていました……ふらふら歩いていたし、騎士が近づくといきなり怖がったかと思えば謝り出したりと、異常な感じでした」
「……今日はミラーネが父上の治療をしてくれることになっていたので付き添っていたんだ……そうだ、でも学校の帰りに馬車には三人で乗った……そのあと……そう……馬車を降りてミラーネと父上のところへ向かった………アイシャは……アイシャは………」
ーーわたしはお二人のあと馬車を降りました。
心の中で返事をした。
ユリウス殿下にとってシルヴィオ殿下は3歳年上で少し怖い。
そして一番身近で尊敬する人。
そんな話をユリウス殿下は話してくれたことがあった。
それなのにわたしのせいでシルヴィオ殿下に語気を荒げて話している。本当はとてもお辛いだろう……大好きな兄に楯突くなんて。
「アイシャ嬢は薄暗くなり始めた王城の道を一人で歩いていたんですよ?護衛も侍女も誰もいない中で。僕がたまたま見かけて声をかけたんです。そのうえ送りの馬車もないと言ってました」
「……馬車……?いつもは僕が馬車の手配をしているんだ……だけど今日はミラーネとずっと話をしていて……」
「ユリウス殿下、あなたはシルヴィオの弟でしょう?そんな口の利き方はおかしいと思わないの?」
なんとなく気配はしていた。
やはりミラーネ様はここにいたのね。
「ミラーネ様は聖女と呼ばれ神官長様の養女となられたお方です。しかし兄上にはアイシャ嬢という立派で頑張り屋の婚約者がいます。
なのに兄上の名を呼び捨てするなんてよっぽどあなたの方が失礼だし、マナーすらまともにできていないのでは?」
「ユリウス、やめろ。聖女であるミラーネに失礼だぞ。僕とミラーネは友人なんだ。親しく呼び合うくらいいいだろう?」
「そもそもそこがおかしいと思いませんか?」
ユリウス殿下はミラーネ様の話を聞いてかなり不機嫌だと感じた。
いつもの優しい穏やかなユリウス殿下が声しか聞こえていないけどとても怖く感じた。
そしてミラーネ様の表情はわからないけど、この場の二人のやり取りをとても愉しそうにしている気がする。
「何がおかしいというのかしら?わたし達は友人で共通の話題があって毎日話が尽きないからつい話し込んでしまうわ。それ以上の関係ではないの。
ふふっ、まるでアイシャ様は私達のことを疑っているみたいに感じるわ。悋気をおこしているのかしら?」
「アイシャ嬢はそんな人ではない!あなたは公爵令嬢であり兄上の婚約者であるアイシャ嬢を馬鹿にしているのか?」
「まああ、怖い。シルヴィオ、あなたの弟君はアイシャ様が好きなのかしら?お兄様の婚約者に片思いでもしているの?哀れね?報われない恋なんて……ふぅー………」
「ミラーネ、あんまり挑発するな。ユリウス、アイシャのそばには僕がいるから、ミラーネを送ってやってくれ」
「せっかく楽しい話で盛り上がっていたのに!ねぇ、そこのアイシャ様も聖力で治しましょうか?」
「いや、医者に聞いたらどこも悪くはないと言っていたから必要ないよ」
「ふうん、そう……聖女の力を使ってあげようと思ったのに……必要ないのね?」
ーーよかった……
ミラーネ様の力を疑っているわけではないのだけど……何故か心の中がザワザワして落ち着かない。ミラーネ様の力もわたしには必要ではない……だって彼女が近くにいるだけで、胸が苦しくて切なくて泣きそうになる。
もういっそ死んだ方がいいのでは?
何故だか悪い方へと気持ちが傾く。
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