遠くて近い世界で

司書Y

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Internally Flawless

13 融解 1

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 ◇翡翠◇

 ゆらゆらと、心地よい浮遊感にスイはまどろんでいた。すぐ近くでアキの声が聞こえる。すごく、心地いい。すごく、温かい。
 このまま寝てしまえばきっと、嫌な夢は見ない。
 アキのことだけ考えて、アキの夢がみられる。そう思う。

「うん。……わりぃ。そか。連絡……来なかったか。……ん? そうなんだけど……や。ピンクの……ああ」

 アキ君の声。好き。

 目を閉じたまま、スイは思う。

 すごく甘い声。いつまでも聞いていたい。

「わかんね。……たしか、デザイン事務所の……ああ。それ。……え? スイさんが?」

 ふと、呼ばれた自分の名前に、スイは瞼を開けた。

「あ。……わるい。起しちゃったな?」

 解いたままの髪を優しく指で梳いて、アキが言う。
 上を見上げると、近くにアキの顔があってどきりとする。

「……でんわ。ユキ君?」

 身体をタオルに包まれて、ソファに座ったアキの長い脚の上に身体を預けて眠ってしまっていたようだ。眠ってしまっていた間に身体が清められていて、ボディソープの匂いがする。
 身体が甘く痺れるようで、うまく力が入らない。散々アキの腕で、身体で、高められて疲れ切っているけれど、すごく幸せだった。

「ん。あの電話のことで、ユキにもスイさんの様子みてくれるようにスタッフに伝言頼んだんだ。けど、伝わってなかったみたいで、心配してたから」

 言ってから、アキが瞼や頬にキスをくれる。まるで、離れていた時間を埋めるように、沢山触れてくれるアキがすごく愛しい。

「ん? ああ。ちょっと待て」

 電話の向こうのユキに何かを言われたのか、アキがスマートフォンを差し出す。

「ユキが代わってくれって」

 電話に耳を付けると、ユキの優しい声が聞こえる。

「仲直りできたみたいでよかった」

「うん。ありがと。心配してくれて」

 スイの落ち着いた声に安心したようなため息が聞こえる。

「今夜は、兄貴に、うんと甘えておいで?」

 渋くて、甘くて、優しい、スイの大好きな声が、最大級の包容力を発揮して、囁くように言った。

「うん。ユキ君大好き」

 そういうと、電話の向こうからちゅ。と、リップ音が聞こえる。

「俺も大好きだよ。翡翠。おやすみ」

 そう言って、電話が切れる。すぐに切ってしまったのは、きっと、二人の邪魔をしないように気を使っているのだと思う。
 お礼を言ってアキにスマートフォンを返すと、何かまだ、話したいことがあったのか、アキは苦笑していた。
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