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第三章 二人の冷戦編

47.王子は奔走する【N side】

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「おう、これはこれは。紛れ込んだ女に出し抜かれて本命の女に捨てられた我が愚息が何の用だ?」

部屋を訪れた自分に対して、父であるオリオン国王は厳しい一瞥をくれた後、皮肉るように言った。神話の神々のように全裸に腰布という独特な服装は今日も健在だ。

窓の外に向けて設置された大きな椅子の上で脚を組み、珍しく昼間から酒の入ったグラスを傾けるオリオンは、しばらく見ない間に少しやつれたように見えた。原因が自分に在るということは当然、理解している。

その足元に跪くように片膝を突いた。

「……ここ最近の目に余る行動の数々をお詫び申し上げます。僕の不手際で周りの方々の心労を増やして申し訳ない」

オリオンは鼻を鳴らして、グラスをテーブルの上に置いた。勢い付いたグラスから液体が溢れて床に敷かれたカーペットの上に小さな染みを作る。

「不手際、か。便利な言葉だな?」
「………、」
「すべて私の耳には入っているぞ。お前が囲い込んでいた例の女は反王党派の指導者の血縁だったんだろう?」
「…そのようです」
「王宮に招き入れて世話した挙句、薬を盛られて眠らされただなんて作り話にしても笑えない。恥を知れ!ノア!」

オリオンが振り上げたグラスから甘ったるいワインの液体が頭に降り掛かった。ポタポタと滴る水滴を見つめながら、歴代最も温厚と謳われたこの国王を怒らせてしまった罪の重さが鉛のように身体を締め付けるのを感じる。

リゼッタは、こんな風に怒りさえ見せてくれなかった。散々な態度を取った自分を怒鳴り付けるでもなく、殴るでもなく、ただ静かに拒絶した。謝る機会を伺っているが、話し掛けることも接触することも禁止されている今は、ただ彼女の出方を待つしかない。


「……反王党派の者たちは、議会への参加を要求しています。国王としてどうお考えでしょうか?」
「議会だと…?」
「現在の体制に不満があるようです。王党派、中立派と同様に自分たちの意見を表す権利が欲しいのかと」

いぶかしむオリオンを前にして、慎重に言葉を選ぶ。

「僕としては…承認していただきたいと考えています」
「なにを…!議会で暴動が起こったらどうする!?」
「警備はこれまで以上に配置する必要があります。しかし、考えてみてほしいのです」
「?」
「これは、今までその存在は認知しつつも、直接的な接点はなかった反王党派を管理する良い機会になる」

オリオンはハッとしたように目を見開く。その瞳の中には信じられないといった感情が表れていた。

長い歴史の中でも、王族が頭を悩ませていた王権に対する反対勢力の存在。その首にもしも首輪を付けて、管理下に置くことが出来たならば、国王にとっても悪い話ではないと思えた。

「王党派や中立派にも提出させている参加メンバーのリストを彼らにも作成させます」
「しかし……」
「僕は個人的に知りたいことがある。リゼッタを襲った男たちの情報が欲しいのです。エレン・ロベスピエールを叩けばおそらく何らかの手掛かりは入手出来ますが」

誰か一人でも名前が割れれば、あとはそこを起点に揺することで芋蔓式に他の者も引き出せると踏んでいた。タイミングが大事であって、議会への参加を認めて公表し、彼らが舞い上がってご丁寧にメンバーのリストを提出してくれた後。

要求は呑んだのだから約束を破ったわけではない。取り残しなく処理する必要はあるけれども。


「お前は自分の手で片を付ける気か?」
「いえ、今回ばかりは法の力を借ります」
「……そうか」

内乱罪が該当するのか、はたまた集団強姦罪のみなのか、あるいはその両方が適用されるのかは司法の判断に任せることになる。個人的には全員極刑に処したいところだが、牢獄に一度入れてしまった後で対処する方が簡単かもしれないと思案した。囚人の獄中死など珍しいことではないのだから。

複雑な表情で息を吐くオリオンを見守った。

争いを好まない彼が、自分の提案に悩むのは至極当然のことだった。第一に完全に上手くいく保証などどこにもない。反王党派を迎え入れることは、つまり、既存のメンバーである王党派や中立派の反感を買う恐れもあるから。

「分かった。しかし、責任は取る覚悟を持て」
「勿論、そのつもりです」

深く刻まれた目元の皺を見ながら頷いた。


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