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27 オムライス
しおりを挟むネロがオリヴィアを連れて来たのは、仕事を終えて静まり返った厨房だった。白い壁に掛かった時計はもう零時を過ぎているから、誰もこんな時間にこの場所が使われているとは思わないだろう。
ここへ来たと言うことは、オリヴィアに何かを作らせる気なのだろうか。今まで自分が食べられることはあっても、二人の時に調理を頼まれたことなど無かったので緊張を覚える。
「何を作れば良いですか?」
綺麗に整頓された調理場を眺めるネロに尋ねた。
そうだな、と皇帝は少し考えて見せる。
「お前が得意とするものを食べてみたい」
「得意と…するもの……?」
「誰だって得意料理はあるだろう?料理人として、お前が自信を持って提供できる一皿を食べたい」
「……分かりました。待っている間手持ち無沙汰だと思いますので、お部屋に居てください。終わりましたらお呼びに上がります」
「いや、いい。ここで見てる」
そう言って何処からか椅子を引っ張って来るとドカッと腰を下ろすネロに驚いた。オリヴィアの料理は特にパフォーマンス性があるわけでもなければ、面白みもない。
しかし、こちらを見据える青い目は至って真面目で、どうやらこれ以上勧めても無駄だと思ったので、とりあえず作り始めることにした。飽きたらネロだって何処かへ行くはずだ。
卵を二つにニンジン、玉ねぎ。
冷蔵庫を漁って出て来た冷飯とピーマン、少しの鶏肉。そして肝心なのはケチャップとよく熟れたトマト。
頭の中のレシピを思い返しながら、必要なものたちを手に取ってシンクの上に並べていく。銀の台は緊張した面持ちのオリヴィアの顔を映していた。
チラッと確認すると、ネロは組んだ両手に顎を乗せてこちらを見ている。本当に見届けるつもりなのだろうか?
(こんなに見られながら料理するの、久しぶり……)
一年ほど前の試験の日を思い出す。
王宮で働く料理人を募集する、という張り紙を見た日からオリヴィアの心は決意に燃えていた。王宮の料理人とはつまり、皇帝陛下に食事を提供する役割。国を統べる王の血となり肉となる食べ物を、自分の手で生み出すなんて、考えただけで震えるほど光栄なことだった。
そんな皇帝が今、オリヴィアの料理を見守っている。
手間が悪いと思っていない?
米を炒める時間が長過ぎるだろうか?
いつもは考えない細かなことまで気になって、ソワソワしてしまう。だけども「一番自信を持てる逸品を」と言われたからには、最高の一皿をベストな形で提供したい。
「………陛下、出来ました」
白い平皿の上に黄色い山を慎重に載せる。
飾り付けのパセリを添えて、ネロの前に差し出した。
「美味そうだ。食べてみても?」
「もちろんです」
銀のスプーンで切り込むと、卵はとろっと崩れて雪崩を起こす。その下から顔を出したケチャップライスと共に掬って、ネロは一口目を食した。
静かに動く頬を見つめる。
必要以上に緊張していることは分かっていた。
「美味い。オリヴィア、ありがとう」
「良かったです……!」
「お前の一番を食えて嬉しいよ。デニスもそうだが、今の料理人たちはみんな本当に調理が好きなんだな。楽しそうに作る様子が見れて良かった」
「………っ!」
そう言って爽やかに笑うネロは、まるで自分の近しい人のように感じて胸が熱くなった。
ときどき忘れてしまいそうになる。
雲の上のような彼が自分だけに向ける笑顔を見ていると、悪魔が耳元で囁く。もしかすると何か、特別な気持ちがあるのではないかと。
「あっ、明日も早いので今日は解散ですね!片付けは私がしておくので陛下はお部屋にお戻りください!」
「オリヴィア、」
「いやー良かったです!オムライスって美味しいですよね。私もとっても好きなので、上手く出来て安心です」
慌ただしく片付けを進めていたせいか、ガチャンッとけたたましい音がして包丁が床に転がった。反省しつつ手を伸ばすも、傷の入った腕が先にそれを奪う。
「すみません、うるさくしてしまって……」
「どうしてそんな顔をする?」
「え?」
「何か不満があるのか?最近思い詰めたような顔をすることが多いだろう。気になっていたが、もしも俺に手伝えることがあるなら───」
「ないです」
「…………、」
「陛下にお願いすることは何もないです。陛下はどうか、ご自身と大切な人のことだけを考えて、行動してください。私は……夜伽の飯炊き女ですから」
なんとか、それだけ言って笑顔を見せた。
上手く笑えていたのかは分からない。
だけど、ネロはもう何も追求して来なくて、オリヴィアが言ったことに対する否定もなかった。つまるところ、そういうことなのだ。納得する理由としては十分。
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