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06 夜が明けて
しおりを挟むちゅんちゅんちゅん。
早起きの小鳥たちが朝を知らせる。
目覚ましより早く起きた自分を褒めつつ、ゆっくりと寝返りを打った。昨日の記憶を辿ってみる。
(…………ん?)
何かとんでもなく恥ずかしいことをした気がする。
堅物で強面の我が君主の部屋にいそいそと出向いて、破廉恥なメイドの制服を着せられた挙句、何度かのキスを繰り返して、それで。
そう、オリヴィアは確かにこの目で見た。
皇帝の皇帝が荒ぶる姿を。
いったいどうやってこの部屋まで戻って来たのだろう。いや、本当はなんとなく覚えている。事後にネロの頭を撫でていたら急に眠気が襲って来て適当に挨拶を交わして自室へ引っ込んだのだ。
おかげで寝坊はしなかった。しかし。
「あ、会わす顔がない~~!!」
バッドなタイミングで皇帝の自慰を目撃して、保身と金のために彼の変な提案を呑んだのは自分。わりかし顔の良いネロ相手ならばまぁ、なんとかなるだろうという軽薄な考えからだった。
だけども実際は、夜伽となると雇用主のブツをマジマジとこの目で見ることになるということ。それどころか最終的には我が身をもってそれを受け止める。
え、この身体で?
無理無理無理。あんな大木みたいなものが身体に入ったらさすがのオリヴィアといえど弾け飛ぶ。木っ端微塵とまではいかなくても、二つに裂けてもう修復不可能な傷を負いそうだ。
むしろ今まで彼の相手をした娼婦たちに畏怖の念を抱く。
さすが本職、さすがその道のプロ。
「オリヴィアー!起きてるー?」
悶々と思い悩むオリヴィアの耳に、ドンドンというノックの音と同僚のジャスミンの声が届いた。
ジャスミンは同時期に採用された女で、波打つ黒髪にセクシーな目元のホクロがトレードマークの肉感的な美女である。彼女が男と流した噂は数知れず、調理場の中でもピカイチで人気があった。
「起きてるわ!今行く!」
慌ててベッドから転がり降りて、タオルと歯ブラシを手に部屋を飛び出す。使用人たちは個別の部屋を与えられているものの、洗面室などは共同。したがって皇帝が暮らす本邸とは別に建てられたこの別邸は、支度をする使用人たちで朝方はごった返している。
「昨日は戻るのが遅かったわよね?夜中に起きたらオリヴィアの部屋の扉が開く音がしたから驚いたの」
「うん、ちょっと眠れなくって散歩を……」
「散歩を?気を付けなさいよ、王宮と言えども不審者が忍び込んでもおかしくないし、暖かくなってきたから変態も街に増えて来たって聞いたわ」
「………そうねぇ」
その変態に捕まって特殊なプレイを強いられていたとは口が裂けても言えない。
脳裏にまた昨日のことがフラッシュバックして、オリヴィアは勢いよく首を振った。勤務中は頭を切り替えないと。君主であるネロの秘密を守るためにも。
すでに化粧まで済ませたジャスミンが今日の朝食の献立をおさらいするのを聞いている間、オリヴィアはぼーっと前方を見ていた。
何人かの顔見知りがわいわいと一人の男を囲んでいる。輝く金色の髪を青いリボンで括って、笑顔を振り撒く男の顔をオリヴィアは見たことがあった。
「デニス・キャンベルさん……!」
オリヴィアが発した大声に隣を歩いていたジャスミンは飛び上がって、名前を呼ばれた当の本人はこちらを振り向いた。
「いかにも、僕がデニス・キャンベルだが?」
「すっ、すみません!ファンです!昔からキャンベルさんの書いた本を何度も読んでいて、羊飼いたちのオムレツなんてもう百回は作りました…!」
「へぇ、それは嬉しいな」
オリヴィアは興奮する胸を押さえる。
デニス・キャンベルとは料理人を志す者なら誰もが知っている料理会の言わば神。最年少で調理師免許を取得すると、その翌年には帝国で最も優れた料理人に与えられるグラン・シェフの称号を手にした秀才。
そんな彼がいったいなぜここに?
疑問に答えるようにデニスは微笑んだ。
「ネロ皇帝とは昔馴染みでね。今日から王宮で働くことになったんだ。その格好を見る限り、君たちも調理場担当かな?」
デニスはジャスミンの着た白い制服を指差す。
オリヴィアも揃って大きく頷いた。
「じゃあ、今日から僕たちは同じ戦場で働く仲間だね。どうぞ宜しく頼む」
にっと笑う太陽の眩しさにオリヴィアは目眩を覚える。
ネロのネロであったり、彼の特殊過ぎる性癖などといった情報が遥か彼方に引っ込んで、憧れの人と同じ職場で働けるという喜びが胸を満たした。
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