Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【1989/05 komm tanz mit mir】

《第二週 土曜日 朝》

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リビングダイニングでは既に朝食の準備が終わっていて、一足先に戻っていたお母さんはソファで雑誌を読み、お父さんも床で新聞を広げて読んでいる。
アキくんはお父さんに駆け寄って「お父さんおはよ!」と背中に乗っかるように抱きついてキスする。お父さんは肩に乗せられたアキくんの頭を撫でて「はいはい、おはよう」と言いながら、動じずに新聞を読む。
「おはようございます」
声をかけるとお母さんが「おはよう、ハルくんアキくんの顔拭いてくれたでしょ、ありがとう。いつもはもっと所々ちょっと濡れてるだけなの」と笑って言った。
朝ごはんは茎わかめや白ごまの入ったわかめご飯、半熟卵とネギの味噌汁、山芋とろろとめんつゆを混ぜた納豆、叩いて乱切りにしてごま油と塩と海苔をかけたキュウリ。どれもおいしそうだ。
でも、お母さん曰くご飯は冷凍してあったもの、味噌汁はだし入り味噌溶いて卵落として煮ただけ、山芋は冷凍、キュウリは昨日寝る前仕込んだものだという。朝から手をそんなにかけてあくせくしたくないから、と笑った。
銘々に勝手に飲み物を用意して食べ始める。テレビを見ながらの食事は基本せず、部屋にはラジオの音が流れている。時々天気予報やニュースの内容を聴いてお父さんとお母さんは会話していて、アキくんは食べることに夢中だ。
少食のアキくんは一番早く食べ終わるので、改めてお父さんは食べ終えたタイミングでアキくんにメモ帳とペンを渡し「食べたら着替える、戻ったらお部屋の洗濯物を洗面所に持ってく、歯磨きをする、制服はクリーニングが9時に開くから戸棚の小銭持って出してくる」と順番に説明していく。
「そのあとは?」
「お父さんたちはお仕事があるから下行っちゃうよ。今日は学校がないからおさらいでハルくんと一緒に中2の5月号の問題やっておこうか。夜戻ったら答え合わせしよう。休憩したり遊んでてもいいけど家の中に居てね」
アキくんは頷きながら、その内容もメモ帳に書き留めている。
おれは使い終えた食器を片付けるお母さんを手伝い、食器洗いも承った。おれの横でのんびり立ったままコーヒーを飲んでいるお母さんに声をかける。
「あの、すみません、昨日ちょっと暑くて汗かいたので、あとでシャワーお借りしていいですか」
「勿論!二人でくっついて寝たら暑かったでしょ。アキくんにちょっかい出されなかった?」
ちょっかい、いや、あれはちょっかいという部類ではないよう気がする。でも何されたかなんてとても言えない。あんな無邪気なアキくんがあんなことするなんて。
そもそも、お母さんはアキくんがお父さんにやたらとキスしたり、あんな艶めかしいおやすみのキスを交わしていることは知っているんだろうか。
でも、さっきもキスしていたし、今もアキくんは小さい子がするようにお父さんに絡まって遊んでもらっている。
正直、あのおやすみのキスは知らなければいいけど。
もし知ってたとしたら、それを許す夫やキスをせがむアキくんのこと、どう思っているんだろう。おれでさえあんな気持ちになるのに、何も感じない訳がないと思う。
「はは、ちょっと寝しなに絡まれました」
「あらやっぱり!嫌だったらちゃんと言っていいからね、アキくんその場で簡潔にぴしっと言わないと伝わらないの」
洗い終えて水道を止めて手をシンク脇のタオルで拭いて、借りていた麻のエプロンを外して返すと、おれにもコーヒーを入れて振る舞ってくれた。ブラックは飲めないのでたっぷり牛乳を入れた、ほぼコーヒー牛乳なものだけど、甘さを自分の好みにできるのがうれしい。
一緒にダイニングテーブルに向かい、向かい合わせに席につくと、お母さんは顔を前に出して目をキラキラさせて言った。
「ハルくんは週末はずっと泊まっていくでしょ?居る間に食べたいもののリクエストとかない?アキくんには食べたいものより食べられるもの優先で作るから、食べたいものがあったら教えて」
「いや、おれ、何でもいいですよ、そんな知り合って間もないのにいきなり来てそんな…」
恐縮しきっていると、お母さんは「やだぁ、何でもいいってのが一番困っちゃうのよ~!助けると思って、おねがい!」と、手を合わせて懇願した。
おれは暫く考えた。そして、ダメもとで言ってみる。
「じゃあ、ここ数年食べたことないし、作り方も知らないんで、手巻き寿司と茶碗蒸しが食べたいです…」
それを聞くなりお母さんはめちゃくちゃ楽しそうに「よし、じゃあ明日休診だから、やっちゃお!」と拳を握って見せた。
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