134 / 454
【1989/05 Salvation】
《第二週 月曜日》②
しおりを挟む
その辿々しい言葉遣いとは裏腹に、声は落ち着いた大人のような声だった。そういえば、座るときの動作自体は子供のように見えたが、さっき立っていたのを見たときも、背丈はおれとそんなに変わらなかったような気がする。
「アキくん、何年生?」
訊いてみると、やはり首を傾げて「わかんない」と言った。やっぱりなにかワケアリの子なんだろうか。でも、背後の机に置いてある本は、高校生の数学の参考書や生物の教科書だ。ノートには細やかに顕微写真が模写されているのも見えた。
「おーいしくんは?」
ああ、会話聞いてたからおれの苗字は知ってるのか。中学入ってからは教室に一回も行ってないけど2年生であること、さっき来てた人は自分のクラスの担任であることを話した。アキくんとはおそらく担任が違うからクラスは違うことも、本当はそれぞれ教室があってそこに通うことも教えた。
「ふーん、でも、アキくんは通うのこの部屋でいいんだって言ってたよ。おーいしくんも、明日もここ来る?」
今の状況から考えると、明日以降どうなるかなんて、正直わからない。それでも一応「うん、まあ、多分」と答えると、アキくんは嬉しそうに笑った。そのとき、養護教諭の典子先生が戻ってきた。アキくんは動きが急にピタッと止まり、表情がこわばり、言葉を発さなくなった。
「大石くん、起きて大丈夫?アキくんと何か話してたの?」
「いえ、別に、特に何ってほどでもないです」
パイプ椅子から立ってベッドに戻ろうとすると、心細そうな顔でアキくんはこちらをじっと見た。「後でまた話そう」と目配せするが、いまいち伝わっていない感じがする。アキくんはどうして保健室登校なのか、本人はわかっているんだろうか。典子先生き訊いたほうがいいんだろうか。
そのあと、アキくんは学校で使う教科書や副教材などを一式受け取り、それぞれに名前を書いて保険室内に用意してもらったカラーボックスに収納したり、何やらテストを受けたりしていた。その様子に聞き耳を立てているうちに、今後の生活の不安で暫く良く眠れていなかったおれは寝入ってしまった。
気がついたら授業が終わる時間になっていて、廊下が騒がしい。野次馬が様子を見にチラホラ行き来しているのがわかる。部活の時間になって人が居なくなるまでは帰れないな、と想いながら布団から顔を出すと、アキくんが目の前で立ったまま本を読んでいた。
「帰らないの?典子先生は?」
「帰っていいって言われたんだけど、人がいっぱい集まってて怖くてこっち来ちゃった、先生会議って言ってた」
恥ずかしそうに言うと、本を閉じて、手に持ったままベッドの端に座る。
「今日、おーいしくんと一緒に帰ってもいい?」
「いいけどおれ、アキくんち何処か知らないよ?何処住んでるの?」
「こひなた」
それもそうか。学区同じだもの、住んでるとこもこの辺りに決まってる。訊き方が悪かった。
「江戸川橋と茗荷谷、どっち寄り?」
アキくんはやや暫く考えて「電車使うときは茗荷谷から乗ってる」と答えたので「じゃあ茗荷谷の駅まで送るよ、人が居なくなったら帰ろう」と言うと、表情が明るくなった。
同世代の人間と話したのなんて、正直いつぶりだろう。況してや誰かと一緒に帰るなんてこと、小学校の低学年以来だ。おれのことをよく知らないからというのもあるだろうけど、変に詮索してこないので、警戒しなくてよいのが心地よかった。
「アキくん、何年生?」
訊いてみると、やはり首を傾げて「わかんない」と言った。やっぱりなにかワケアリの子なんだろうか。でも、背後の机に置いてある本は、高校生の数学の参考書や生物の教科書だ。ノートには細やかに顕微写真が模写されているのも見えた。
「おーいしくんは?」
ああ、会話聞いてたからおれの苗字は知ってるのか。中学入ってからは教室に一回も行ってないけど2年生であること、さっき来てた人は自分のクラスの担任であることを話した。アキくんとはおそらく担任が違うからクラスは違うことも、本当はそれぞれ教室があってそこに通うことも教えた。
「ふーん、でも、アキくんは通うのこの部屋でいいんだって言ってたよ。おーいしくんも、明日もここ来る?」
今の状況から考えると、明日以降どうなるかなんて、正直わからない。それでも一応「うん、まあ、多分」と答えると、アキくんは嬉しそうに笑った。そのとき、養護教諭の典子先生が戻ってきた。アキくんは動きが急にピタッと止まり、表情がこわばり、言葉を発さなくなった。
「大石くん、起きて大丈夫?アキくんと何か話してたの?」
「いえ、別に、特に何ってほどでもないです」
パイプ椅子から立ってベッドに戻ろうとすると、心細そうな顔でアキくんはこちらをじっと見た。「後でまた話そう」と目配せするが、いまいち伝わっていない感じがする。アキくんはどうして保健室登校なのか、本人はわかっているんだろうか。典子先生き訊いたほうがいいんだろうか。
そのあと、アキくんは学校で使う教科書や副教材などを一式受け取り、それぞれに名前を書いて保険室内に用意してもらったカラーボックスに収納したり、何やらテストを受けたりしていた。その様子に聞き耳を立てているうちに、今後の生活の不安で暫く良く眠れていなかったおれは寝入ってしまった。
気がついたら授業が終わる時間になっていて、廊下が騒がしい。野次馬が様子を見にチラホラ行き来しているのがわかる。部活の時間になって人が居なくなるまでは帰れないな、と想いながら布団から顔を出すと、アキくんが目の前で立ったまま本を読んでいた。
「帰らないの?典子先生は?」
「帰っていいって言われたんだけど、人がいっぱい集まってて怖くてこっち来ちゃった、先生会議って言ってた」
恥ずかしそうに言うと、本を閉じて、手に持ったままベッドの端に座る。
「今日、おーいしくんと一緒に帰ってもいい?」
「いいけどおれ、アキくんち何処か知らないよ?何処住んでるの?」
「こひなた」
それもそうか。学区同じだもの、住んでるとこもこの辺りに決まってる。訊き方が悪かった。
「江戸川橋と茗荷谷、どっち寄り?」
アキくんはやや暫く考えて「電車使うときは茗荷谷から乗ってる」と答えたので「じゃあ茗荷谷の駅まで送るよ、人が居なくなったら帰ろう」と言うと、表情が明るくなった。
同世代の人間と話したのなんて、正直いつぶりだろう。況してや誰かと一緒に帰るなんてこと、小学校の低学年以来だ。おれのことをよく知らないからというのもあるだろうけど、変に詮索してこないので、警戒しなくてよいのが心地よかった。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる