Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【1989/05 Salvation】

《第二週 月曜日》③

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部活の時間になって人の気配がなくなったのを見計らって、職員用の玄関を経由して、職員用の通用門から学校を出た。
本当は、典子先生が今出ている会議はおれの処遇についての会議なのだろうし、おれがあのまま閉門まで眠って残っていると思っているから起こさなかったんだろう。
だから黙っていなくなるのは良くないんだろうけど、居るのにおれ本人ヌキで話しているんだから、居たって意味がない。帰ったって支障はないだろうし、何かあれば家に電話が来るはずだ。
アキくんは茗荷谷の駅まで送り届ける間、あちこちキョロキョロ落ち着き無く見渡しては色んなものに気を取られて寄り道をしたがった。あとは帰るだけで急ぎはしないので、付き合って色んなものを見た。
歩道の縁に咲く小さな丸い花、軒下で鳴いている鳥の雛、庭先で揺れる鮮やかな小さい木の実、電線に絡む蔦、生け垣の中で丸くなっている子猫、空き地に広がるスギナ、蟻の巣。すっかり春も終わりに近い。
今まで気持ちが沈んで意識が向いていなかったことに気付かされた。その反面、おれも、排除されず生きてられるだけでいいのに、人間は面倒だな、等と思ってしまう。
「じゃあ、駅着いたからここまででいい?」
アキくんはニコニコして頷いた。手を降って、元来た道を引き返す。途中で振り返るとまだアキくんはこっちを見ていて、小さく手を振っていた。キリがないのでその後もう一度だけ振り返って、あとはそのまま歩いた。
学校の前で角を曲がり、込み入った路地の奥に入る。この界隈は学校も多く、規模の小さい賃貸も割と多い。うちは持ち家だが、この界隈は地価もそこそこするので一軒家も小さい物件が多い。
その小さい家の取って付けたような、玄関ドアが辛うじて開けられる程度の位置にある不自然な門をとりあえず開けて、玄関の施錠を解除して猫の額並みに小さい三和土で靴を脱ぐ。人の気配はない。
とりあえず権利を失うと損なので手元に残っている小銭を集めて電話料を払ってしまったので電話は通じる。あと、水道は公営のものなので延滞してもかなり経たないと止まらないし、事前に連絡するなりで多少猶予されるので生きている。
電気は払えなくて止まってもうすぐ一ヶ月経つ。最低限の100W相当までは使えるようにしてもらってあるけど、あと数日したらそれも使えなくなって契約が一旦切られる状態だ。
おれにはどうにもできない各種税金の督促やら、カードの利用明細やらが毎日のように届き、ダイニングテーブルの上に積み上がっている。ダイニングの椅子に鞄を置いて、制服を脱いで適当にかけて、風呂場で水しか出ないシャワーを浴びる。
上がったらすぐに部屋着を着てリビングに敷いた布団に潜り込んだ。庭もない小さな住宅が犇めき合うこの土地では、もうこの時間になると日差しもあまり入らない。
60W程度のランプの灯りで暇つぶしに教科書を読んだり、電池が残っているポータブルラジオをつけて何か聞いたり、空腹で寝れなくなったら買い置きしてある出汁昆布や煮干しを齧って水を飲むくらいで、あとはもう今日はやることは何もない。
でも、今日はアキくんに出会ったことがすごく新鮮だった。なんとなく話したことや、一緒に見たもの、そのときのアキくんの様子を思い出す。
そして、明日も保健室に行けばとりあえずアキくんには会えるのだと思うと、毎日抱えていた「今日は何も言われなかったけど、明日はどうなるんだろう」という不安も少し薄れる気がした。
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