166 / 169
日常~徐々に忍び寄るモノ~
しおりを挟む
「退屈だわ……」
中庭のベンチに座りながら、ぽつりと呟く。
その呟きを聞いた隣に座る少年が反応し、顔を上げた。
「それ一日に何回言ってますか?」
「今まで食べてきた魚の数なんていちいち数えないでしょ? それと同じよ」
「この国は魚が美味しいですよね」
ロイがニッコリと微笑みながらそう言った。
この一年ですっかり皮肉が聞くようになったものね……。
「あなたは退屈じゃないのかしら? 毎日毎日代わり映えのしない日常!」
「こう見えても僕は、フルトンさんの雑務の手伝いなどを毎日してますからね。退屈だなんて思う暇はありませんよ」
「……あなた一年前に比べて随分と生意気になったわね」
「一年も無理やりエナさんに付き合わされていたら、色々と度胸もつきますよ」
「あの頃のびくびくおどおどしていたロイはどこに行ってしまったのかしら」
いつの頃からか、からかってもつまらない反応しか返してこなくなってしまった。
別に従順な召使いがほしかったわけではないので、これはこれで構わないのだけどね。
「話変わりますけど、最近港によく変な船が来るみたいですね」
「変な船?」
「とある一団が乗っているらしく、毎日備えのボートで港町までやってきて入国の交渉をしてきて困っていると、フルトンさんが言ってました」
「入れてあげればいいじゃないの」
またこの国の悪い癖が出ているのかと、少しばかりうんざりしてしまう。
一年経った今でも、この国は基本的によそ者を受け付けないのだ。
代々続くご先祖さまからの方針だそうだし、父と母もこれについては変えていくつもりはないとはっきりと言っていた。
「同じことをフルトンさんにも言いましたけど、のっぴきならない事情があるらしくてそういうわけにはいかないと……」
「何よのっぴきならない事情って」
「さすがにそこまでは教えてくれませんでしたよ」
私が知らないのに、ロイが教えられるはずがないか。
「エナさん、そろそろ時間なんじゃないですか?」
「用事なんてないわよ」
「礼節の授業があるんでしょう? エナさんがそういうプライベート情報を逐一話すから、すっかりエナさんのスケジュールを把握しちゃってますよ」
「はいはい……それじゃあまた明日ね」
「はい、また明日」
席を立ち手を振る私を、ロイが爽やかな笑顔で見送ってくれる。
随分と生意気になってしまったロイだけど、私に向けてくれるその笑顔だけは少しだけ好きだった。
ちゃんと真面目に礼節の授業を受けて、心身ともにヘロヘロになった私は独自のルートで城を抜け出し、町へと向かう。
疲れた頭には甘い物を与えてあげないと可哀そうだしね。
「今日は何を食べようかしら? お小遣いもまだ残ってるし、今日は少しだけ奮発しちゃおうかな?」
昔はよく「この国のお姫様からお金なんて取れない!」と言われたものだが、賢明な説得の末どうにか金銭のやり取りをさせてもらえるようになった。
だってお店の人が一生懸命作った物を、この国の姫だからと言ってただでもらっていくなんてあまりにも図々しいじゃない?
それにどうせ私が払ったお金は、巡り巡って私のお小遣いになるのだから何の問題もないはずだわ。
「少し歩くけど、今日は港の方まで行ってみようかな?」
風の噂で港町の方で新しいケーキが売り始めたらしい。まあ風でもなんでもなくロイから聞いた話なんだけど。
すれ違う町の人たちが私を見てにこやかに挨拶をしてくれるので、それに一人一人きちんと笑顔で返しながら港の方に向けて足を運んでいく。
遠いと言えど何分小さな島国だ、港までは15分ほど歩けば着けてしまう。
「さすがに港までくると、潮風がきついわね」
磯の香りをふんだんに含んだ潮風を全身で感じながら歩いて行くと、見知った後ろ姿を見つけてしまい、咄嗟に物陰に隠れてしまう。
「マイヤじゃない! どうして今日に限って港にいるのよ!」
折角美味しいケーキを食べに来たのに、マイヤに見つかったらお城に連れ戻されてしまう。
しばらく様子を伺おうと思い、物陰からそっと顔を出し耳を澄ますと、となにやら言い争う声が聞こえてくる。
よくよく観察すると、マイヤとその部下である新米騎士数人と、この国では見かけない真っ白な白いローブを着た複数の男が物々しい雰囲気で互いに言葉を交わしているようだった。
「お願いします、一度だけでいいので王様と謁見させてはいただけないでしょうか?」
「貴様らも大概しつこいな? 何度言われようと貴様らのような怪しい宗教団体をこの国に……ひいては王と謁見させるなどもってのほかだ! 即刻立ち去れ!」
マイヤの声からするにあれは本気で怒っているな……それにして宗教団体?
もしかしてロイが言っていた、最近よく港に来る変な船のことかな?
「一度王様とお話しさせていただければ、我らの教団の素晴らしさをわかってもらえるはずです!」
「くどい! 王もこの国に宗教を取り入れるつもりはないと言っている! 何度言ったらわかるのだ!」
「ですが……」
話は平行線を辿るだけで、一向に収束する気配が見られない。
マイヤの苛立ったあの様子を見るに、もう何度もああやって交渉しに来ているのだろう。
すっかり興が削がれてしまった私は、マイヤに気づかれないように物音を立てず静かにその場を後にしたのだった。
その日の夜、相変わらず部屋で魔導書を読んでいると、マイヤがなんだか疲れた様子でため息を吐いた。
実はもうそのため息五回目くらいなんだけど、本人は気が付いているのだろうか?
「お疲れみたいね?」
「ん? ああ、少しな……」
何があったのかは知っているけど、そこを話してしまうと城を抜け出して港まで行っていたのがバレてしまうので、ここは何も知らない体で行かなくては……!
「悩みがあるなら私に話すといいわ」
「エナに話したところでどうにもならん……ていうかエナに話したら面白がって首突っ込んでくるだろうから、口が裂けても言えんな」
「失礼しちゃうわね! 私のことなんだと思ってるのかしら?」
「まあ、心配してくれていること自体は感謝しておくよ」
そう言ってマイヤが少し疲れた笑顔で笑った。
これは私の想像以上に疲れてるみたいだ……少しからかってみたかったけど、そういう気分ではなくなってしまった。
……そうだ折角だし!
「マイヤ、ちょっとこっちまで来てくれないかしら?」
「ん? なんだ?」
手招きに応じたマイヤが、椅子に座る私の元まで近づいてきたので、立ち上がり椅子に座るように促すと疑問符を浮かべながらも、私の座っていた椅子に腰かけた。
「その肩パッド邪魔だから外してくれない?」
「別に構わないが……何をする気だ?」
「いいからいいから」
外した肩パッドを膝に乗せたマイヤの後ろに回り込んで、目を閉じて意識を集中し私の中の魔力を活性化させていく。
マイヤのむき出しになった両肩に、魔力を集めた両手を乗せて再び意識を集中させていく。
「……おおっ? なんか暖かいな?」
「怪我を治す魔法を私なりにアレンジして、疲れを癒すことに重点を置いた魔法にしてみたの。初めて試したんだけど、どうかしら?」
「ああ、いい感じだ……」
ここまで魔法を扱えるようになったのも、ひとえにシオン先生の教えの賜物である。
ひょっとしたら先生なら、疲れを一瞬で消し飛ばす魔法が使えるかもしれないけど、修行中の私ではこれが精一杯。
「エナが魔法の勉強を始めた時はどうなることかと思ったが……ちゃんとやってるみたいで安心したよ」
「マイヤってば私のこと少し見くびりすぎじゃないかしら?」
「それは失礼したな」
魔法が効いているのか、先程よりも随分すっきりした表情でマイヤが笑う。
筋肉の付いたがっしりとした肩。
マイヤがこの国の為……そして私の為にいつも色々と頑張っていることを、私はちゃんと知っている。
よそ者だということで不当な扱いを受けることもあったし、自身もダークエルフという人種の違いの負い目を感じて、少し距離を取っている時もあった。
けれども彼女はその環境を少しずつ変えていき、今ではこの国になくてはならない存在にまで上り詰めた。
そこに辿り着くまで私の知らない苦労が沢山あっただろう……けれどもマイヤはその苦労を私に見せたことは一度もない。
強い人だ……本当に父と母と同じくらい尊敬している。
「ねえマイヤ?」
「なんだ?」
「いつまでも私のお姉ちゃんでいてね?」
「お前何か勘違いしてるだろ? アタシは守護騎士であってエナの姉替わりではないぞ?」
「そういうことじゃないわよ!」
思わず肩に置いた手に力を入れるが、分厚い筋肉に阻まれて私の指はマイヤの肩に食い込むことなく阻まれる。
「なんだ? 一緒に肩も揉んでくれるのか?」
「こんな堅い肩は私の力じゃ無理よ! メイスを持ってきて自分で叩きなさい」
「あっはは! そのくらいがちょうどいいかもな!」
まったく何がおかしいのかしら? こっちは恥ずかしいのを我慢してのさっきの台詞だったのに。
「……アタシの妹を名乗りたいなら、もう少しおしとやかにしてくれ」
「充分おしとやかにしてるつもりだけど?」
「辞書もってきてやろうか?」
「もう!!」
これで終わりだという意味を込めて、勢いよくマイヤの両肩を叩くと、パシンっといい音が室内に響き渡った。
こんな風にマイヤとくだらない話をする時間が私は大好き。
中庭でロイをからかい、またからかわれる時間もそれはそれで私は好きだ。
先生の魔法の授業を受けて、毎日少しづつ魔法を使えるようなっていくのを実感するのも好き。
いつも忙しいけど、私の為に必ず時間を作ってくれる父と母が本当に大好き。
この小さな島国が私は本当に大好き。
好きで溢れた私の日常。
変わらない……変わる必要なんてない平和な日々。
けれどそれがずっと続くと、「好き」も「退屈」へと姿を変えてしまう。
いつかマイヤが言っていた……そうなってしまったらおしまいなのだと。
いつからそうだったのかはわからないし、本当は初めからそうだったのかもしれない。
彼女の言った「おしまい」は、いつの間にか私の日常に紛れ込んでいたのだ。
それからさらに数日が過ぎた、ある日の中庭でのこと。
「もうすぐ誕生日なのよ!」
「そうなんですか? おめでとうございます」
そう言ってロイがニッコリと微笑んだ。
「あなたそうやって笑っておけば、とりあえずやり過ごせると思ってるんじゃないわよね?」
「そんなことありませんよ?」
どうだか……。
「誕生日パーティーとかするんですか?」
「勿論よ! 去年も国を挙げて私の誕生日を祝ったんだから!」
「僕がこの国に流れ着く前の話ですよね?」
「そういえば去年のパーティーの時はまだロイはいなかったわね」
同時にロイがこの国に漂着してからもう一年経つのかと、少し感慨深い気持ちになる。
「勿論ロイだって招待してあげるわ! だって私の……と……」
「とっ?」
「とっ……友達だもの!」
「……そうですね」
ロイのことはずっと前からそう思っていたけど、それをこうして直接言葉として伝えたのは初めてじゃなかろうか?
まさかそれを伝えるのがこんなにも恥ずかしいとは思ってもみなかった。
「いつもそうやって素直だと、可愛いんですけどね」
「なっ!?」
「まあ冗談ですけど」
「冗談っ!?」
なんなのこいつ!? そのむかつく笑顔を横から引っ叩いてあげようかしら!?
「私のことからかってそんなに面白いのかしら?」
「最近の僕のライフワークですから」
「もう一度記憶を無くしたら、また昔みたいなロイに戻ってくれるのかしらね?」
「さあ、どうでしょうね」
そう言ってロイがころころと笑う。
そんな無邪気な笑顔を見せられてしまうと、怒る気すら失せてしまう。
「記憶、まだ戻らない?」
「そうですね……でも最近はもう戻らなくてもいいんじゃないかと思ってますよ」
「どうして? 気にならないの?」
「それは気になりますけど……今の僕はこの国で一年間暮してきた幸せな記憶がありますし、それがあれば十分なんじゃないかなって思うんです」
「……そっか」
ロイが……友達が幸せだというなら、私も幸せだ。
基本的にからかってくるけども、こうしてロイと二人で中庭で談笑するのが、いつの間にか私にとっても大事な時間になっていた。
「……でも最近は少し気になることもあります」
「何かあったの?」
「はい……フルトンさんの様子が少しおかしいんですよ」
後になって思えば、ロイのその言葉が始まりの合図だったのかもしれない。
中庭のベンチに座りながら、ぽつりと呟く。
その呟きを聞いた隣に座る少年が反応し、顔を上げた。
「それ一日に何回言ってますか?」
「今まで食べてきた魚の数なんていちいち数えないでしょ? それと同じよ」
「この国は魚が美味しいですよね」
ロイがニッコリと微笑みながらそう言った。
この一年ですっかり皮肉が聞くようになったものね……。
「あなたは退屈じゃないのかしら? 毎日毎日代わり映えのしない日常!」
「こう見えても僕は、フルトンさんの雑務の手伝いなどを毎日してますからね。退屈だなんて思う暇はありませんよ」
「……あなた一年前に比べて随分と生意気になったわね」
「一年も無理やりエナさんに付き合わされていたら、色々と度胸もつきますよ」
「あの頃のびくびくおどおどしていたロイはどこに行ってしまったのかしら」
いつの頃からか、からかってもつまらない反応しか返してこなくなってしまった。
別に従順な召使いがほしかったわけではないので、これはこれで構わないのだけどね。
「話変わりますけど、最近港によく変な船が来るみたいですね」
「変な船?」
「とある一団が乗っているらしく、毎日備えのボートで港町までやってきて入国の交渉をしてきて困っていると、フルトンさんが言ってました」
「入れてあげればいいじゃないの」
またこの国の悪い癖が出ているのかと、少しばかりうんざりしてしまう。
一年経った今でも、この国は基本的によそ者を受け付けないのだ。
代々続くご先祖さまからの方針だそうだし、父と母もこれについては変えていくつもりはないとはっきりと言っていた。
「同じことをフルトンさんにも言いましたけど、のっぴきならない事情があるらしくてそういうわけにはいかないと……」
「何よのっぴきならない事情って」
「さすがにそこまでは教えてくれませんでしたよ」
私が知らないのに、ロイが教えられるはずがないか。
「エナさん、そろそろ時間なんじゃないですか?」
「用事なんてないわよ」
「礼節の授業があるんでしょう? エナさんがそういうプライベート情報を逐一話すから、すっかりエナさんのスケジュールを把握しちゃってますよ」
「はいはい……それじゃあまた明日ね」
「はい、また明日」
席を立ち手を振る私を、ロイが爽やかな笑顔で見送ってくれる。
随分と生意気になってしまったロイだけど、私に向けてくれるその笑顔だけは少しだけ好きだった。
ちゃんと真面目に礼節の授業を受けて、心身ともにヘロヘロになった私は独自のルートで城を抜け出し、町へと向かう。
疲れた頭には甘い物を与えてあげないと可哀そうだしね。
「今日は何を食べようかしら? お小遣いもまだ残ってるし、今日は少しだけ奮発しちゃおうかな?」
昔はよく「この国のお姫様からお金なんて取れない!」と言われたものだが、賢明な説得の末どうにか金銭のやり取りをさせてもらえるようになった。
だってお店の人が一生懸命作った物を、この国の姫だからと言ってただでもらっていくなんてあまりにも図々しいじゃない?
それにどうせ私が払ったお金は、巡り巡って私のお小遣いになるのだから何の問題もないはずだわ。
「少し歩くけど、今日は港の方まで行ってみようかな?」
風の噂で港町の方で新しいケーキが売り始めたらしい。まあ風でもなんでもなくロイから聞いた話なんだけど。
すれ違う町の人たちが私を見てにこやかに挨拶をしてくれるので、それに一人一人きちんと笑顔で返しながら港の方に向けて足を運んでいく。
遠いと言えど何分小さな島国だ、港までは15分ほど歩けば着けてしまう。
「さすがに港までくると、潮風がきついわね」
磯の香りをふんだんに含んだ潮風を全身で感じながら歩いて行くと、見知った後ろ姿を見つけてしまい、咄嗟に物陰に隠れてしまう。
「マイヤじゃない! どうして今日に限って港にいるのよ!」
折角美味しいケーキを食べに来たのに、マイヤに見つかったらお城に連れ戻されてしまう。
しばらく様子を伺おうと思い、物陰からそっと顔を出し耳を澄ますと、となにやら言い争う声が聞こえてくる。
よくよく観察すると、マイヤとその部下である新米騎士数人と、この国では見かけない真っ白な白いローブを着た複数の男が物々しい雰囲気で互いに言葉を交わしているようだった。
「お願いします、一度だけでいいので王様と謁見させてはいただけないでしょうか?」
「貴様らも大概しつこいな? 何度言われようと貴様らのような怪しい宗教団体をこの国に……ひいては王と謁見させるなどもってのほかだ! 即刻立ち去れ!」
マイヤの声からするにあれは本気で怒っているな……それにして宗教団体?
もしかしてロイが言っていた、最近よく港に来る変な船のことかな?
「一度王様とお話しさせていただければ、我らの教団の素晴らしさをわかってもらえるはずです!」
「くどい! 王もこの国に宗教を取り入れるつもりはないと言っている! 何度言ったらわかるのだ!」
「ですが……」
話は平行線を辿るだけで、一向に収束する気配が見られない。
マイヤの苛立ったあの様子を見るに、もう何度もああやって交渉しに来ているのだろう。
すっかり興が削がれてしまった私は、マイヤに気づかれないように物音を立てず静かにその場を後にしたのだった。
その日の夜、相変わらず部屋で魔導書を読んでいると、マイヤがなんだか疲れた様子でため息を吐いた。
実はもうそのため息五回目くらいなんだけど、本人は気が付いているのだろうか?
「お疲れみたいね?」
「ん? ああ、少しな……」
何があったのかは知っているけど、そこを話してしまうと城を抜け出して港まで行っていたのがバレてしまうので、ここは何も知らない体で行かなくては……!
「悩みがあるなら私に話すといいわ」
「エナに話したところでどうにもならん……ていうかエナに話したら面白がって首突っ込んでくるだろうから、口が裂けても言えんな」
「失礼しちゃうわね! 私のことなんだと思ってるのかしら?」
「まあ、心配してくれていること自体は感謝しておくよ」
そう言ってマイヤが少し疲れた笑顔で笑った。
これは私の想像以上に疲れてるみたいだ……少しからかってみたかったけど、そういう気分ではなくなってしまった。
……そうだ折角だし!
「マイヤ、ちょっとこっちまで来てくれないかしら?」
「ん? なんだ?」
手招きに応じたマイヤが、椅子に座る私の元まで近づいてきたので、立ち上がり椅子に座るように促すと疑問符を浮かべながらも、私の座っていた椅子に腰かけた。
「その肩パッド邪魔だから外してくれない?」
「別に構わないが……何をする気だ?」
「いいからいいから」
外した肩パッドを膝に乗せたマイヤの後ろに回り込んで、目を閉じて意識を集中し私の中の魔力を活性化させていく。
マイヤのむき出しになった両肩に、魔力を集めた両手を乗せて再び意識を集中させていく。
「……おおっ? なんか暖かいな?」
「怪我を治す魔法を私なりにアレンジして、疲れを癒すことに重点を置いた魔法にしてみたの。初めて試したんだけど、どうかしら?」
「ああ、いい感じだ……」
ここまで魔法を扱えるようになったのも、ひとえにシオン先生の教えの賜物である。
ひょっとしたら先生なら、疲れを一瞬で消し飛ばす魔法が使えるかもしれないけど、修行中の私ではこれが精一杯。
「エナが魔法の勉強を始めた時はどうなることかと思ったが……ちゃんとやってるみたいで安心したよ」
「マイヤってば私のこと少し見くびりすぎじゃないかしら?」
「それは失礼したな」
魔法が効いているのか、先程よりも随分すっきりした表情でマイヤが笑う。
筋肉の付いたがっしりとした肩。
マイヤがこの国の為……そして私の為にいつも色々と頑張っていることを、私はちゃんと知っている。
よそ者だということで不当な扱いを受けることもあったし、自身もダークエルフという人種の違いの負い目を感じて、少し距離を取っている時もあった。
けれども彼女はその環境を少しずつ変えていき、今ではこの国になくてはならない存在にまで上り詰めた。
そこに辿り着くまで私の知らない苦労が沢山あっただろう……けれどもマイヤはその苦労を私に見せたことは一度もない。
強い人だ……本当に父と母と同じくらい尊敬している。
「ねえマイヤ?」
「なんだ?」
「いつまでも私のお姉ちゃんでいてね?」
「お前何か勘違いしてるだろ? アタシは守護騎士であってエナの姉替わりではないぞ?」
「そういうことじゃないわよ!」
思わず肩に置いた手に力を入れるが、分厚い筋肉に阻まれて私の指はマイヤの肩に食い込むことなく阻まれる。
「なんだ? 一緒に肩も揉んでくれるのか?」
「こんな堅い肩は私の力じゃ無理よ! メイスを持ってきて自分で叩きなさい」
「あっはは! そのくらいがちょうどいいかもな!」
まったく何がおかしいのかしら? こっちは恥ずかしいのを我慢してのさっきの台詞だったのに。
「……アタシの妹を名乗りたいなら、もう少しおしとやかにしてくれ」
「充分おしとやかにしてるつもりだけど?」
「辞書もってきてやろうか?」
「もう!!」
これで終わりだという意味を込めて、勢いよくマイヤの両肩を叩くと、パシンっといい音が室内に響き渡った。
こんな風にマイヤとくだらない話をする時間が私は大好き。
中庭でロイをからかい、またからかわれる時間もそれはそれで私は好きだ。
先生の魔法の授業を受けて、毎日少しづつ魔法を使えるようなっていくのを実感するのも好き。
いつも忙しいけど、私の為に必ず時間を作ってくれる父と母が本当に大好き。
この小さな島国が私は本当に大好き。
好きで溢れた私の日常。
変わらない……変わる必要なんてない平和な日々。
けれどそれがずっと続くと、「好き」も「退屈」へと姿を変えてしまう。
いつかマイヤが言っていた……そうなってしまったらおしまいなのだと。
いつからそうだったのかはわからないし、本当は初めからそうだったのかもしれない。
彼女の言った「おしまい」は、いつの間にか私の日常に紛れ込んでいたのだ。
それからさらに数日が過ぎた、ある日の中庭でのこと。
「もうすぐ誕生日なのよ!」
「そうなんですか? おめでとうございます」
そう言ってロイがニッコリと微笑んだ。
「あなたそうやって笑っておけば、とりあえずやり過ごせると思ってるんじゃないわよね?」
「そんなことありませんよ?」
どうだか……。
「誕生日パーティーとかするんですか?」
「勿論よ! 去年も国を挙げて私の誕生日を祝ったんだから!」
「僕がこの国に流れ着く前の話ですよね?」
「そういえば去年のパーティーの時はまだロイはいなかったわね」
同時にロイがこの国に漂着してからもう一年経つのかと、少し感慨深い気持ちになる。
「勿論ロイだって招待してあげるわ! だって私の……と……」
「とっ?」
「とっ……友達だもの!」
「……そうですね」
ロイのことはずっと前からそう思っていたけど、それをこうして直接言葉として伝えたのは初めてじゃなかろうか?
まさかそれを伝えるのがこんなにも恥ずかしいとは思ってもみなかった。
「いつもそうやって素直だと、可愛いんですけどね」
「なっ!?」
「まあ冗談ですけど」
「冗談っ!?」
なんなのこいつ!? そのむかつく笑顔を横から引っ叩いてあげようかしら!?
「私のことからかってそんなに面白いのかしら?」
「最近の僕のライフワークですから」
「もう一度記憶を無くしたら、また昔みたいなロイに戻ってくれるのかしらね?」
「さあ、どうでしょうね」
そう言ってロイがころころと笑う。
そんな無邪気な笑顔を見せられてしまうと、怒る気すら失せてしまう。
「記憶、まだ戻らない?」
「そうですね……でも最近はもう戻らなくてもいいんじゃないかと思ってますよ」
「どうして? 気にならないの?」
「それは気になりますけど……今の僕はこの国で一年間暮してきた幸せな記憶がありますし、それがあれば十分なんじゃないかなって思うんです」
「……そっか」
ロイが……友達が幸せだというなら、私も幸せだ。
基本的にからかってくるけども、こうしてロイと二人で中庭で談笑するのが、いつの間にか私にとっても大事な時間になっていた。
「……でも最近は少し気になることもあります」
「何かあったの?」
「はい……フルトンさんの様子が少しおかしいんですよ」
後になって思えば、ロイのその言葉が始まりの合図だったのかもしれない。
0
あなたにおすすめの小説
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
お気に入り・感想、宜しくお願いします。
異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました
小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。
しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!?
助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、
「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。
幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。
ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく!
ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる