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平和~育っていく退屈~
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それからも特にこれといった変化もない日々が続いていく。
天使の力のことを聞いた時は、その突拍子もない内容に驚いた物だけど、今やそれも私の中では当たり前のことになってしまっており、それすらも私の日常の一部として溶け込んでしまっている。
「お疲れ様、エナ」
ここはお城の地下のとある一室。
床一辺に描かれた魔法陣の上に立ち、自身の天使の力を少しづつ身体に馴染ませていく儀式を終えた私は、深くため息を吐いた。
「この儀式あんまり好きじゃないわ……毎回終わった後に物凄く身体が辛くなるもの」
「天使の力を使うための身体になるための後遺症ね。こうして少しずつ力を身体に慣らして行かないと、いざ力を大量に使った時に、耐えられずに大変なことになるの」
天使の力を使わざるを得ない状況……そんな時がこの平和な国であるのだろうか?
いざとなったら私よりもこの力を上手く使うことが出来る母がいるのだし、私がこの力の使い方を覚えていく必要なんてあるのかな?
「それじゃあ上に戻ってお茶にしましょう」
「うん! もうお腹空いちゃった!」
「エナは本当に元気ね、それじゃあ行きましょう」
先を歩く母の後に続くように儀式用の部屋を出ていく最中、母の服のすそをぎゅっと握る。
正直な話、お城の地下は昔から苦手だった。
なにか得体の知れない何者かが潜んでいる気がして、来る度に正体のわからない不安感に苛まれるからだ。
前に一度そのことを母に話したものの、気のせいだと一蹴されてしまった。
本当に気のせいなのだろうか?
「こっこんにちは」
「あら? 今日もフルトンさんの付き添い?」
「はい」
王室で母とお茶を飲み終わり、今日の日課を全てこなした私は例によって中庭で日光浴をしていた。
磯の香りを含んだ心地よい風に身を委ねていると、最近ではそこそこの頻度で見かけるようになったロイが姿を現した。
「一人で退屈してたの、話し相手になってくれないかしら?」
「えっと……じゃあ失礼します」
一度深々とお辞儀をしてから、恐る恐る私の座るベンチに歩いてきて、ロイが私から少し離れた所へ腰を下ろした。
ここまで過剰な反応をされてしまうと、さすがの私もカチンときてしまう。
「どうしてそんなに遠くに座るの? いいから隣に座りなさい!」
「そっそんな! 恐れ多いですよ!!」
「あなたが来ないなら、私がそっちに行くわ!」
おもむろに立ち上がった私は、ずかずかとロイの隣に歩いて行きやや乱暴に腰を下ろした。
「ひっ!」
「何よその反応、傷つくわね……私ってそんなに怖いのかしら?」
「いえ……怖くは……」
「それじゃあ何よ? 言いたいことがあるならもっとちゃんとはっきり言いなさい?」
私がそう言うと、ロイはうつむいて黙ってしまった。
なんだか私が一方的にいじめているみたいで見る人が見たら誤解を受けそうな場面だった。
……まあ私もちょっと強引だったところがあったし、ここは空気を変える意味でも何か話題を振ってみよう。
「えっと……あなたは確か記憶を失っているのよね? まだ記憶は戻らないの?」
「……はい、未だに名前以外は思い出せません」
うつむいて私と視線を合わせないまま、ロイがぽつりと呟いた。
実のところロイがこの国に漂着してから二か月が過ぎている。
二か月前に荒れていた海も、今はすっかり落ち着きを取り戻しており、今日も沢山の海の幸をこの国に提供してくれている。
この島国を囲む海の海流は比較的穏やかであるはずなのに、あそこまで荒れたのは初めての事であり当時は随分と騒がれたものだが、今やすっかりそんなことはなかったかのように国は平穏を取り戻していた。
「名前しか思い出せないだなんて、不便じゃないの?」
「不安はありますけど……この国の皆さんも優しくしてくれるし、フルトンさんもいい人なので……」
「当然じゃない! 私のお父様とお母様が頑張って治めている国なのよ? 悪い人なんているわけがないわ!」
「……凄い自信ですね?」
「それだけ尊敬してるってことよ」
思わずえへんと胸を張る。
ようやく顔を上げたロイが、そんな私の様子を見て少しだけ笑顔を作った。
「記憶がなくなって、色々と不安が多いですけど、流れ着いたのがこの国で良かったです」
「それなら記憶を取り戻した後もこの国にいればいいわ」
「いいんでしょうか? フルトンさんから聞きましたけど、この国は基本的に部外者を受け入れないと仰っていたので」
フルトンさんの言う通り、この国は過剰なほど他の国との交流を絶っている。
こちらから他の国に人材を派遣することもないし、他の国からの人材を受け入れることもない。
幸いこの国自体は他の国に頼らずとも、やっていけるだけの国力を維持しているおかげで特に問題視されているわけではないようだが……。
そういう理由があり、当時よそ者だったマイヤに対しては当たりが強かった。
「フルトンさんはあなたに何と言っているの?」
「記憶がなく可哀そうだから置いてあげてはいるが、何かの拍子に記憶を取り戻したらこの家を出て自立をするようにとは言われてます」
記憶がないという理由で見逃されているみたいだった。
どうしてこの国はそんなによそ者に対して厳しいのだろう? 私としてはもっとほかの国と仲良くして、色んな技術なんかを積極的に取り入れていくべきだと思うのだけど。
いつか私がこの国の王になったら、この閉鎖的な国の雰囲気を何とかしないといけないわね!
「そういえば、姫様は……」
「エナよ」
「はい?」
「姫様なんて呼ぶ必要はないわ! 私のことは名前で呼びなさい?」
「それはさすがに恐れ多いような……」
再びロイが困った顔をして俯いてしまった。
別に名前呼びはロイだけに強要しているわけではなく、城にいる皆に言っていることだ。
私はもっと民衆に親近感を持ってもらえるような王になりたいから、名前呼びはその為の布石なのだけど中々理解が得られないので困ったものだ。
「えっと……エナ様?」
「様もいらないわ!」
「えぇ……じゃあ……エナさん……?」
「……まあそこで妥協してあげるわ」
あまり強要すると、もしかしたらもうここに来なくなってしまうかもしれない。
ロイとは歳が近そうだし、いい話し相手になってくれそうなので、ここで逃がしてしまうのは得策ではないのだ。
「姫さ……エナさんは変わった人ですね?」
「記憶喪失のあなたに言われるなんて、少し心外だわ」
「ごめんなさい! ……一国のお姫様なんだからもっとこう……」
「偉そうだと思った?」
「……はい」
それは出会ったばかりのマイヤにも言われたことだ。
「立場が偉いからって、周りにまで偉そうにするのは違うじゃない?」
「でもそれが偉い人の特権なんじゃ?」
「私はもっと親しみをやすい王様になりたいの! 「この国の王様は偉そうだから嫌いだ」なんて陰口叩かれるのは我慢ならないわ」
「はあ……やっぱりエナさんは変わってますね」
「マイヤみたいこと言わないでよ」
「あはは」
若干不機嫌を装い私がそう言うと、ロイが笑いながら返してきた。
なによ、ちゃんと笑えるじゃない。
「そろそろフルトンさんの用事が終わるころだと思うので、僕は失礼します」
「そうなの? それじゃあこれからは私が門番に話し通しておくから、フルトンさん関係なく私に会いに来てもいいわよ?」
「そっ……それはさすがに恐れ多いのでは……?」
「明日もこの時間にこの場所にいると思うから、用事がないのなら必ず来なさい?」
笑顔で詰め寄ると、ロイが若干引きつった笑顔を浮かべながらも渋々頷いた。
これで明日は退屈しないでも済みそうだった。
夕食を食べ終わり、部屋でくつろぎながら先生に貸してもらった魔導書を読む。
ここ最近の私の日課だ。
魔導書自体はまだまだ難しくて理解できない部分も多いけど、「今はわからなくても、いずれ意味を知る時が来ます」と先生に言われているので、わからないなりに一生懸命本の内容を頭に叩き込んでいく。
「なんだか楽しそうじゃないか?」
「えっ?」
「鼻歌」
相変わらず扉の前に立ち、本を読む私を見守っていたマイヤがそう指摘してた。
「鼻歌なんて歌ってた?」
「気が付いてなかったのか? それだけ本を読むのに集中してたんだな」
「そっそうね!」
なんだか気恥ずかしくなった私は、本を閉じてマイヤに向き直った。
「今日は中庭であの記憶喪失の……なんだっけか?」
「ロイよ」
「そうそう、ロイと楽しそうに話していたそうじゃないか」
別に隠れてロイと話していたわけじゃないので、そこは良いのだけど……そんなに楽しそうだったのだろうか?
「将来のお婿さん候補かな」
「馬鹿なこと言わないでよ、残念だけどロイは私の好みじゃないわ」
「そういう奴ほど、意外ところっと好きになったりするもんだぞ?」
「……もしかしてマイヤってそういうの好きな人?」
「人じゃなくてダークエルフな? まあ嫌いではないな」
ダークエルフも見かけによらないのね。
しかしどう考えても、ロイはないなぁ……。
「アタシはそもそもエナの好みなんて知らないからな」
「私だって考えたこともないわよ」
「だがなんとなくイメージする物はあるだろう?」
「そうねぇ……」
少なくとも、ロイみたいにおどおどしてなくて、もっと自分の意見を物怖じなく言える人……?
それでいて、私自身をぐいぐいと引っ張って……それこそ振り回すくらい破天荒な人……。
「うん、やっぱりロイだけはないわね」
「何を想像していたのかは知らんが、あの少年も可哀そうにな」
「マイヤはそういう人はいなかったの?」
「いたぞ? まあもう二度と会うことはないだろうがな」
そういえば私はマイヤの詳しい事情を全く知らない。
別段知らなくても仲良くやってこれたし、これからも知らなくても問題ないとも思うのだけど……。
「なんだ? 私の過去に興味があるのか?」
「話してくれるなら聞いてあげてもいいけど」
「簡単な話だ、恋人の犯した罪を被って追い出された……それだけのことだ」
「なによそれ? そんなのおかしいじゃない! 何の罪を犯したのか知らないけど、追い出されるのはそいつじゃないの!?」
「この国に流れ着くまでの間に、今のエナと同じ結論に辿り着いたよ。アタシは何をしてたんだろうってな? 今にして思えばなんでアタシがそこまでしてやる必要があったんだろうって後悔することしきりだ」
そう言って笑うマイヤだったけど、とても後悔をしている感じではなかった。
「これは持論だが、誰かを好きになると、それと引き換えにどこかおかしくなる。だからこそ普段ならやらないような行動すら、平気で行うようになるんだろうな」
「なにそれ、質の悪い洗脳魔法みたいね」
「そうだ。だからこそ言うが、人を好きになるならちゃんと覚悟を持って好きになれ。エナは私みたいに間違った相手を好きなったらダメだぞ?」
「肝に銘じておくわ」
マイヤのような、そういうのと全く無縁そうに見える人ですら変えてしまう……まさしく恋は盲目と言ったところか。
今のところ私にそう言った気配はないけど、いつか私もそうなってしまうのだろうか?
先ほどマイヤは後悔していると言ったけど、本当は全然そんなことないのではないのだろうか?
心から好きになった人の為に身体を張る……一見するととても素晴らしいことのように思えるけど、他人がみたらそうは見えないのかもしれない。
私にもいつか本気で好きになれる男の子が現れたら、自分さえも犠牲にするような行動をしてしまうのだろうか?
あまりにも自分の想像から外れた未来なのでとても実感が湧かないものの、それはそれでとても素敵な物なのじゃないかと、私は少しだけ思ってしまっていた。
そんな平穏な日々が続いていき、あっという間に季節は巡って……早一年の月日が流れた。
一年の間で何があったかというと……これがビックリするくらい何もなかった。
定期的に行われる天使の力を身体に馴染ませる儀式も、先生のありがたい魔法の授業も、すっかり私の日常となった。
相変わらず父と母が治めるこのアーディス国は平和そのものだったし、マイヤとも毎日くだらない話をしつつ時に怒られながらも、まるで仲の良い姉妹みたいな関係が続いている。
ロイは相変わらず記憶を取り戻す様子がないけれど、一年も経てばすっかり国の人たちに受け入れられて、周囲ではフルトンさんの息子のような扱いになっていた。
フルトンさん自身も、不幸にも子宝に恵まれなかったせいもあり、今ではロイを息子のように可愛がっているそうだ。
何も変わり映えのない日常。
何物にも脅かされることなく続いていく平和。
それがずっと続いてほしいと思う反面、それをつまらないと思う気持ちは日々少しずつ大きくなっていく。
つまるところ……私は退屈だったのだ。
天使の力のことを聞いた時は、その突拍子もない内容に驚いた物だけど、今やそれも私の中では当たり前のことになってしまっており、それすらも私の日常の一部として溶け込んでしまっている。
「お疲れ様、エナ」
ここはお城の地下のとある一室。
床一辺に描かれた魔法陣の上に立ち、自身の天使の力を少しづつ身体に馴染ませていく儀式を終えた私は、深くため息を吐いた。
「この儀式あんまり好きじゃないわ……毎回終わった後に物凄く身体が辛くなるもの」
「天使の力を使うための身体になるための後遺症ね。こうして少しずつ力を身体に慣らして行かないと、いざ力を大量に使った時に、耐えられずに大変なことになるの」
天使の力を使わざるを得ない状況……そんな時がこの平和な国であるのだろうか?
いざとなったら私よりもこの力を上手く使うことが出来る母がいるのだし、私がこの力の使い方を覚えていく必要なんてあるのかな?
「それじゃあ上に戻ってお茶にしましょう」
「うん! もうお腹空いちゃった!」
「エナは本当に元気ね、それじゃあ行きましょう」
先を歩く母の後に続くように儀式用の部屋を出ていく最中、母の服のすそをぎゅっと握る。
正直な話、お城の地下は昔から苦手だった。
なにか得体の知れない何者かが潜んでいる気がして、来る度に正体のわからない不安感に苛まれるからだ。
前に一度そのことを母に話したものの、気のせいだと一蹴されてしまった。
本当に気のせいなのだろうか?
「こっこんにちは」
「あら? 今日もフルトンさんの付き添い?」
「はい」
王室で母とお茶を飲み終わり、今日の日課を全てこなした私は例によって中庭で日光浴をしていた。
磯の香りを含んだ心地よい風に身を委ねていると、最近ではそこそこの頻度で見かけるようになったロイが姿を現した。
「一人で退屈してたの、話し相手になってくれないかしら?」
「えっと……じゃあ失礼します」
一度深々とお辞儀をしてから、恐る恐る私の座るベンチに歩いてきて、ロイが私から少し離れた所へ腰を下ろした。
ここまで過剰な反応をされてしまうと、さすがの私もカチンときてしまう。
「どうしてそんなに遠くに座るの? いいから隣に座りなさい!」
「そっそんな! 恐れ多いですよ!!」
「あなたが来ないなら、私がそっちに行くわ!」
おもむろに立ち上がった私は、ずかずかとロイの隣に歩いて行きやや乱暴に腰を下ろした。
「ひっ!」
「何よその反応、傷つくわね……私ってそんなに怖いのかしら?」
「いえ……怖くは……」
「それじゃあ何よ? 言いたいことがあるならもっとちゃんとはっきり言いなさい?」
私がそう言うと、ロイはうつむいて黙ってしまった。
なんだか私が一方的にいじめているみたいで見る人が見たら誤解を受けそうな場面だった。
……まあ私もちょっと強引だったところがあったし、ここは空気を変える意味でも何か話題を振ってみよう。
「えっと……あなたは確か記憶を失っているのよね? まだ記憶は戻らないの?」
「……はい、未だに名前以外は思い出せません」
うつむいて私と視線を合わせないまま、ロイがぽつりと呟いた。
実のところロイがこの国に漂着してから二か月が過ぎている。
二か月前に荒れていた海も、今はすっかり落ち着きを取り戻しており、今日も沢山の海の幸をこの国に提供してくれている。
この島国を囲む海の海流は比較的穏やかであるはずなのに、あそこまで荒れたのは初めての事であり当時は随分と騒がれたものだが、今やすっかりそんなことはなかったかのように国は平穏を取り戻していた。
「名前しか思い出せないだなんて、不便じゃないの?」
「不安はありますけど……この国の皆さんも優しくしてくれるし、フルトンさんもいい人なので……」
「当然じゃない! 私のお父様とお母様が頑張って治めている国なのよ? 悪い人なんているわけがないわ!」
「……凄い自信ですね?」
「それだけ尊敬してるってことよ」
思わずえへんと胸を張る。
ようやく顔を上げたロイが、そんな私の様子を見て少しだけ笑顔を作った。
「記憶がなくなって、色々と不安が多いですけど、流れ着いたのがこの国で良かったです」
「それなら記憶を取り戻した後もこの国にいればいいわ」
「いいんでしょうか? フルトンさんから聞きましたけど、この国は基本的に部外者を受け入れないと仰っていたので」
フルトンさんの言う通り、この国は過剰なほど他の国との交流を絶っている。
こちらから他の国に人材を派遣することもないし、他の国からの人材を受け入れることもない。
幸いこの国自体は他の国に頼らずとも、やっていけるだけの国力を維持しているおかげで特に問題視されているわけではないようだが……。
そういう理由があり、当時よそ者だったマイヤに対しては当たりが強かった。
「フルトンさんはあなたに何と言っているの?」
「記憶がなく可哀そうだから置いてあげてはいるが、何かの拍子に記憶を取り戻したらこの家を出て自立をするようにとは言われてます」
記憶がないという理由で見逃されているみたいだった。
どうしてこの国はそんなによそ者に対して厳しいのだろう? 私としてはもっとほかの国と仲良くして、色んな技術なんかを積極的に取り入れていくべきだと思うのだけど。
いつか私がこの国の王になったら、この閉鎖的な国の雰囲気を何とかしないといけないわね!
「そういえば、姫様は……」
「エナよ」
「はい?」
「姫様なんて呼ぶ必要はないわ! 私のことは名前で呼びなさい?」
「それはさすがに恐れ多いような……」
再びロイが困った顔をして俯いてしまった。
別に名前呼びはロイだけに強要しているわけではなく、城にいる皆に言っていることだ。
私はもっと民衆に親近感を持ってもらえるような王になりたいから、名前呼びはその為の布石なのだけど中々理解が得られないので困ったものだ。
「えっと……エナ様?」
「様もいらないわ!」
「えぇ……じゃあ……エナさん……?」
「……まあそこで妥協してあげるわ」
あまり強要すると、もしかしたらもうここに来なくなってしまうかもしれない。
ロイとは歳が近そうだし、いい話し相手になってくれそうなので、ここで逃がしてしまうのは得策ではないのだ。
「姫さ……エナさんは変わった人ですね?」
「記憶喪失のあなたに言われるなんて、少し心外だわ」
「ごめんなさい! ……一国のお姫様なんだからもっとこう……」
「偉そうだと思った?」
「……はい」
それは出会ったばかりのマイヤにも言われたことだ。
「立場が偉いからって、周りにまで偉そうにするのは違うじゃない?」
「でもそれが偉い人の特権なんじゃ?」
「私はもっと親しみをやすい王様になりたいの! 「この国の王様は偉そうだから嫌いだ」なんて陰口叩かれるのは我慢ならないわ」
「はあ……やっぱりエナさんは変わってますね」
「マイヤみたいこと言わないでよ」
「あはは」
若干不機嫌を装い私がそう言うと、ロイが笑いながら返してきた。
なによ、ちゃんと笑えるじゃない。
「そろそろフルトンさんの用事が終わるころだと思うので、僕は失礼します」
「そうなの? それじゃあこれからは私が門番に話し通しておくから、フルトンさん関係なく私に会いに来てもいいわよ?」
「そっ……それはさすがに恐れ多いのでは……?」
「明日もこの時間にこの場所にいると思うから、用事がないのなら必ず来なさい?」
笑顔で詰め寄ると、ロイが若干引きつった笑顔を浮かべながらも渋々頷いた。
これで明日は退屈しないでも済みそうだった。
夕食を食べ終わり、部屋でくつろぎながら先生に貸してもらった魔導書を読む。
ここ最近の私の日課だ。
魔導書自体はまだまだ難しくて理解できない部分も多いけど、「今はわからなくても、いずれ意味を知る時が来ます」と先生に言われているので、わからないなりに一生懸命本の内容を頭に叩き込んでいく。
「なんだか楽しそうじゃないか?」
「えっ?」
「鼻歌」
相変わらず扉の前に立ち、本を読む私を見守っていたマイヤがそう指摘してた。
「鼻歌なんて歌ってた?」
「気が付いてなかったのか? それだけ本を読むのに集中してたんだな」
「そっそうね!」
なんだか気恥ずかしくなった私は、本を閉じてマイヤに向き直った。
「今日は中庭であの記憶喪失の……なんだっけか?」
「ロイよ」
「そうそう、ロイと楽しそうに話していたそうじゃないか」
別に隠れてロイと話していたわけじゃないので、そこは良いのだけど……そんなに楽しそうだったのだろうか?
「将来のお婿さん候補かな」
「馬鹿なこと言わないでよ、残念だけどロイは私の好みじゃないわ」
「そういう奴ほど、意外ところっと好きになったりするもんだぞ?」
「……もしかしてマイヤってそういうの好きな人?」
「人じゃなくてダークエルフな? まあ嫌いではないな」
ダークエルフも見かけによらないのね。
しかしどう考えても、ロイはないなぁ……。
「アタシはそもそもエナの好みなんて知らないからな」
「私だって考えたこともないわよ」
「だがなんとなくイメージする物はあるだろう?」
「そうねぇ……」
少なくとも、ロイみたいにおどおどしてなくて、もっと自分の意見を物怖じなく言える人……?
それでいて、私自身をぐいぐいと引っ張って……それこそ振り回すくらい破天荒な人……。
「うん、やっぱりロイだけはないわね」
「何を想像していたのかは知らんが、あの少年も可哀そうにな」
「マイヤはそういう人はいなかったの?」
「いたぞ? まあもう二度と会うことはないだろうがな」
そういえば私はマイヤの詳しい事情を全く知らない。
別段知らなくても仲良くやってこれたし、これからも知らなくても問題ないとも思うのだけど……。
「なんだ? 私の過去に興味があるのか?」
「話してくれるなら聞いてあげてもいいけど」
「簡単な話だ、恋人の犯した罪を被って追い出された……それだけのことだ」
「なによそれ? そんなのおかしいじゃない! 何の罪を犯したのか知らないけど、追い出されるのはそいつじゃないの!?」
「この国に流れ着くまでの間に、今のエナと同じ結論に辿り着いたよ。アタシは何をしてたんだろうってな? 今にして思えばなんでアタシがそこまでしてやる必要があったんだろうって後悔することしきりだ」
そう言って笑うマイヤだったけど、とても後悔をしている感じではなかった。
「これは持論だが、誰かを好きになると、それと引き換えにどこかおかしくなる。だからこそ普段ならやらないような行動すら、平気で行うようになるんだろうな」
「なにそれ、質の悪い洗脳魔法みたいね」
「そうだ。だからこそ言うが、人を好きになるならちゃんと覚悟を持って好きになれ。エナは私みたいに間違った相手を好きなったらダメだぞ?」
「肝に銘じておくわ」
マイヤのような、そういうのと全く無縁そうに見える人ですら変えてしまう……まさしく恋は盲目と言ったところか。
今のところ私にそう言った気配はないけど、いつか私もそうなってしまうのだろうか?
先ほどマイヤは後悔していると言ったけど、本当は全然そんなことないのではないのだろうか?
心から好きになった人の為に身体を張る……一見するととても素晴らしいことのように思えるけど、他人がみたらそうは見えないのかもしれない。
私にもいつか本気で好きになれる男の子が現れたら、自分さえも犠牲にするような行動をしてしまうのだろうか?
あまりにも自分の想像から外れた未来なのでとても実感が湧かないものの、それはそれでとても素敵な物なのじゃないかと、私は少しだけ思ってしまっていた。
そんな平穏な日々が続いていき、あっという間に季節は巡って……早一年の月日が流れた。
一年の間で何があったかというと……これがビックリするくらい何もなかった。
定期的に行われる天使の力を身体に馴染ませる儀式も、先生のありがたい魔法の授業も、すっかり私の日常となった。
相変わらず父と母が治めるこのアーディス国は平和そのものだったし、マイヤとも毎日くだらない話をしつつ時に怒られながらも、まるで仲の良い姉妹みたいな関係が続いている。
ロイは相変わらず記憶を取り戻す様子がないけれど、一年も経てばすっかり国の人たちに受け入れられて、周囲ではフルトンさんの息子のような扱いになっていた。
フルトンさん自身も、不幸にも子宝に恵まれなかったせいもあり、今ではロイを息子のように可愛がっているそうだ。
何も変わり映えのない日常。
何物にも脅かされることなく続いていく平和。
それがずっと続いてほしいと思う反面、それをつまらないと思う気持ちは日々少しずつ大きくなっていく。
つまるところ……私は退屈だったのだ。
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