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80. アトラクション

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「ゴメン、酒と食べ物買えるだけ買ってきて!」

 俺は財布をアバドンに渡すと拝むように頼んだ。

 アバドンはサムアップしてニッコリと笑い、颯爽と出ていく。実に頼もしい奴だ。

「プハー! このエールは美味いのう」

 レヴィアは樽を一気に飲み干すと満足げに笑う。女子中学生のような少女が樽酒一気という、見たこともない常識はずれな光景に俺は圧倒された。

 リリアンはおずおずと声をかける。その姿は、まるで神に対面する信者のようだ。

「ド、ドラゴン様……ですか?」

「そうじゃ、われがドラゴンじゃ。……、あー、お主はリリアン、お前のじいさまはまだ元気か?」

 レヴィアの声には、悠久の時を生きてきた者特有の深みがあった。

「は、はい、隠居はされてますが、まだ健在です」

 リリアンの返答には、誇りと敬愛の念が滲んでいる。

「お主のじいさまは根性なしでのう、われがちょっと鍛えてやったら弱音はいて逃げ出しおった」

 肩をすくめるレヴィアの言葉に、店内の空気が一瞬凍りつく。王国では英雄とたたえられている先代の王の醜態は、どう受け取っていいのかみんな困惑した。

「え……? 聞いているお話とは全然違うのですが……」

 リリアンは震える声で聞く。

「あやつめ、都合のいいことばかり抜かしおったな……。『本当の話をレヴィアから聞いた』って言っとけ!」

 レヴィアはそう言いながらステーキの皿を取ると、そのまま全部口の中に流し込み、むことなく丸呑みした。その豪快な食べっぷりは、まさに伝説の生き物にふさわしかった。

 そして、舌なめずりをすると、上機嫌で叫ぶ。

「おぉ、美味いのう! シェフは肉料理を良く分かっておる!」

 丸呑みで味なんかわかるのだろうか? 俺は首をかしげる。

「おい、ユータ! 酒はどうなった? あれで終わりか?」

 いきなりやってきて好き放題言うレヴィアに俺はイラッとする。しかし、ドラゴン相手に下手なことは言えない。

「今、買いに行かせてます。もうしばらくお待ちください」

「用意が悪いのう……」

 渋い顔を見せるレヴィア。

 王女もレヴィアもいきなりやってきて好き放題である。なんなんだろうか?

 俺はムッとして無言でエールをゴクゴクと飲んだ。

 リリアンがレヴィアにおずおずと声をかける。その声には、純粋な好奇心が溢れていた。

「あのぅ、レヴィア様は可愛すぎてあまりドラゴンっぽくないのですが、なぜそんなに可愛らしいのでしょうか?」

「我はまだ四千歳じゃからの。ピチピチなんじゃ。後二千年くらいしたらお主のようにボイーンとなるんじゃ。キャハッ!」

 レヴィアは嬉しそうに笑った。

 四千歳でもまだ子供だと言うドラゴンのスケールに改めて俺は感じ入る。

「龍のお姿には……ならないのですか?」

 リリアンの質問には、好奇心と期待が溢れていた。

「なんじゃ、見たいのか?」

 レヴィアの声には、悪戯っぽい響きがあった。

 リリアンもドロシーもうなずいている。その様子は、まるで子供たちが新しいおもちゃを見せてもらう時のようだった。

 確かにこんなちんちくりんな小娘をドラゴンと言われても、普通は納得できない。しかし、あの恐ろしいドラゴンの姿をもう一度見たいか? と言われたらノーサンキューなのだが。

 赤ら顔のレヴィアは部屋を見回した。

「龍の姿になったらこの建物吹っ飛ぶが、いいか?」

 ゲフッとゲップをしながらレヴィアはとんでもないことを聞いてくる。

 俺はブフッとエールを吹き出した。

「ちょ、ちょっと待ってください! ぜひ、あの美しい神殿で、レヴィア様の偉大なお姿を見せつけてあげてください」

 俺は開きっぱなしの空間の裂け目を指さす。この人は店を吹っ飛ばすことくらい本当にやりかねないのだ。

「お、そうか? じゃ、お主ら来るのじゃ」

 レヴィアはそう言うと、リリアンとドロシーを飛行魔法でふわっと持ち上げた。

「うわぁ!」「きゃぁ!」

 二人の驚きの声が店内に響く。

「くははは! レッツゴーなのじゃ!」

 レヴィアは楽しそうに二人を連れて空間の裂け目の向こうへと消えていった。

 直後、『ボン!』という変身音がして、

「キャーー!」「キャーー!」

 という悲鳴が裂け目の向こうから聞こえてきた。音だけで、何が起こったのか想像できてしまう。

「グワッハッハッハ!」

 という重低音の笑い声が響き――――。

『ゴォォォォ!』

 という何か恐ろしい実演の音が響いた。その音は、まるで世界の根源が震えるかのようだった。

「キャーーーー!」「キャーーーー!」

 また、響く悲鳴。その声には、先ほどとは比べものにならない恐怖が滲んでいた。

 まるでテーマパークのアトラクションである。しかし、これは現実。俺がどんなにレベルを上げようが神格を持つ者には敵わない。その事実に、俺は改めて身震いした。

 二人が逃げるように裂け目から出てくる。生きた心地がしなかったようだ。お互い両手をつなぎながら、青い顔をして震えていた。

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