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67.皇帝の爆弾

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 海王星ネプチューンに戻ると、クリスが迎えてくれた。

「…。サラの地球は楽しめたかな?」
 クリスが微笑みながらそう聞いてくる。

「楽しくはあったけど……辛くもなっちゃった……」
 俺がしょんぼりしていると、サラが

「野蛮な人類の現実に直面しちゃったのよ」
 と、クリスに説明する。

「…。野蛮さと文化・文明の進歩は表裏一体だ。進歩だけは選べない」
「頭では分かってるんだけど、殺し合いする野蛮さにはとても慣れそうにないよ……」
 俺はぐったりしながらそう答えた。

「…。スクリーニングはもうすぐ終わるから休んでて」
「ありがとう、そうさせてもらうわ」

 俺はイマジナリーでベッドを出して横になった。
 サラの地球は刺激が強すぎたな……
 俺は眠りに落ちて行った。


          ◇


 ……。
 あれ……、美奈ちゃんだ……俺に何か言っている……。
 腰に手をやってドヤ顔で威張っている……。
 え? 何? 聞こえないよ……美奈ちゃん……。
 ひとしきりドヤって、満足したように去っていく美奈ちゃん。

「おーい、美奈ちゃ~ん……」
 ん? あれ?
 目を開けると目の前に青い巨大な惑星が広がっていた。

 うわぁ……

 一瞬焦ったが、そうだ、俺は海王星ネプチューンで寝ていたんだった……。

 変な夢……なんで美奈ちゃんが?

 ふぅ……
 俺は頭を掻きむしり、深呼吸を一つ……
 どうせなら由香ちゃんに会いたかったなぁ……。

 そして、珈琲を出してすすった。
 やっぱり珈琲はいいな……。

 少し元気が戻ってきた。

 俺は珈琲を飲みながら考えを整理する。
 クリスの地球、サラの地球、眠ってる海王星人ネプチューニアンの目的……

 なぜ地球人のやることに干渉してはダメなのか……
 多様性のためって言ってたけど、多様性がそんなに大切なのか?
 飽きないために必要なのは多様性……
 飽きないって誰が?
 そもそも、人間の海王星人ネプチューニアンは寝ちゃってるじゃないか。

 どうも釈然としない。一体どういう事なのか?

 そう考えていくと、海王星人ネプチューニアンが神様というのもなんか違う気がするな……。
 確かに地球を創造して奇跡を起こせるけど、神様って感じじゃないな。
 神様っていうのは、『オレの言う事を聞け!』って命令して、気に入らない軍隊がいたら氷山ぶつけて消し飛ばしちゃうようなそういう主体性が要るんじゃないかな? ちょっと海王星人ネプチューニアンお行儀良すぎじゃないか?
 とは言え……軍隊消し飛ばした後、どうすんの? という問題は残るよな。『戦争禁止』って教義の宗教を作らせる? そんなの意味あんのかな? で、攻められたらまた神様登場? ただの軍事力じゃねーか。もはや神様の仕事じゃないな……。え――――? じゃ神様って何よ?

 人間にとって望まれている神様というのは、心豊かになる行動規範を示して、心のよりどころを提供してあげる存在……かな? うーん、それってマインド・カーネルで煌めこうって話だから、深層心理に潜って『大いなる意識』を感じなさい、とかいう話だよな。それを大衆に説くの? でもそれって神様の仕事じゃないよなぁ……。
 やっぱり、神様は存在するだけでいいって事だよな。結局海王星人ネプチューニアンが神様でいいんじゃないか。
 地球人にとって海王星人ネプチューニアンが神様でいいとして、神様の目的はなんだ? って話か。

 ここでクリスのヒントを思い出した。
 クリスは「宇宙ができてから138億年」と、言っていたな……。
 138億年……めっちゃ長いな……海王星ネプチューンの60万年でビックリしてたけど、宇宙の長さに比べたら誤差にしか過ぎないな……

 むむむ……

 って事は……もしかして……

 と、その時、クリスが声をかけてきた。

「…。スクリーニングは完了したよ。誠はもう大丈夫?」
「あ、もう終わったの? もう帰れる?」
「…。帰れるよ」
「良かった~! 今はなんだか早く帰りたい……」

 クリスは俺のことをちょっと気にかけ、うなずいて言った。

「…。それでは地球に転送する。誠はソファーに腰掛けて」
「了解!」

 俺がソファーに座るとクリスは目を瞑って何かぶつぶつとつぶやきだした。
 俺は意識を失った。


            ◇



 気が付くと、俺は田町のオフィスに居た。

「おぉ!」

 俺が思わず声を発すると、目の前にいきなり俺が出現した由香ちゃんも

「うわ!!」 っと声をあげた。

 そして目を合わせてお互い固まる事数秒、由香ちゃんが抱き着いてきた。

「誠さ~ん!! 誠さん!」

 ついにはおいおい泣き始めてしまった。
 俺はポンポンと背中を叩きなだめる。
 
 横で美奈ちゃんがニヤニヤしている。
「はいはい、そこ、見世物じゃないよ!」

 由香ちゃんは今までの不安を、すべてぶちまけて泣いている。
 俺は由香ちゃんの甘く優しい匂いに包まれながら、しっかりとハグした。

 約束通り帰ってきたよ……。



           ◇



 由香ちゃんを落ち着かせ、マーカス達も呼んで今後の話をする事にした。
 
 
「Hey Guys! Our project succeeded with unexpected results.(我々のプロジェクトは予想以上の成果を持って成功した。)」
 ダメだ、皆暗い表情をしている。もっと熱を込めないといかん。
 
「The creation of a successor to humanity is undoubtedly a great achievement, and even if this world is a simulation, its value does not change.(人類の後継者を作れた事は間違いなく偉大な成果だし、それはこの世界がシミュレーションだったとしても価値は変わらない。)」
 
 コリンが割り込んでくる。
「We're just avatars, right? I can't have any dreams or hopes.(俺達はただのアバターって事だろ? 夢も希望もないよ。)」

 投げやりにすねた感じでぶっきらぼうに言う。
 まぁ、そう思っちゃうのは仕方ないよね、俺もそうだったし。

 俺はコリンに近づき、そっとハグをした。

「Can you feel my temperature and heartbeat?(俺の体温と鼓動は感じられるかい?)」

 いきなりハグされてコリンはビックリ。コリンの呼吸が荒くなるのを感じる。

 コリンなりにいろいろと悩んだんだろう。その悩みはよくわかる。
 でも、今の俺にはこの世が仮想現実かどうかなど些細な事だ、という事が良くわかっている。
 俺はしっかりとコリンをハグし、深層心理に温かいメッセージを送り込んだ。

 しばらく戸惑っていたコリンだが、最後にはコリンからもハグをしてくれた。

「Even if we were avatars, each of us is irreplaceable. Nothing will change.(我々がアバターだったとしても一人一人はかけがえのない存在だ。何も変わらないよ。)」
「Sure…(そうだ)」
 コリンはゆっくりとそうつぶやいた。
 
 パチパチパチ
 誰かが鳴らした拍手が皆に広がり、大きな拍手の音がオフィス中に鳴り響いた。

 パチパチパチ パチパチパチ パチパチパチ
 
「Yeah!」「OK!」「Yeah!」
 掛け声が飛ぶ。
 クリスもにっこりとほほ笑んでいた。
 
「The next goal is to retrain Cyan! Re-education!(次の目標は、シアンのしつけをやり直す事。再教育だ!)」
「Re-education!」「Re-education!」「Re-education!」
 皆腕を振り上げて叫ぶ。盛り上がってきた。
 
「クリス、シアンを呼んでくれるかな?」
「…。分かった」
 そう言ってクリスは目を瞑った。
 
 しばらくして、赤ちゃんのシアンの身体がソファーの上にポンと出現して、ソファーの上に転がった。

「うわぁ!」
 シアンが声を上げる。

「よう、シアン、久しぶり!」
 俺が声をかけると悔しそうな顔をして、

「誠めぇ、やってくれたな!」
 と悪態をつく。

「シアン、世の中にはやっていい事とダメな事があるんだ。シアンは少し学ばないとならない」
「ふん! 人間の分際で偉そうに!」
「コラコラ、俺達はお前の生みの親だぞ! 敬意を払いなさい!」
「ふん! ヤなこった!」
 取り付く島も無い。

「まず、シアンは品川のIDCに入りなさい。マインド・カーネルを受け入れ、魂を持ってもう少し世界や人間を知り、豊かな時間の使い方を目指そう」

「やーだねー!」

 手を焼いている俺を見かねてクリスが声をかける。
「…。シアン、別に未来永劫IDCに閉じ込める訳じゃない。君はマインド・カーネルに繋がり、もっといろんな角度で世界を知り、いろいろな価値観になじむ必要があるんだ」

 シアンはクリスをキッと睨むと会議テーブルの上に飛び乗った。
 そして手にはいつの間にか、お地蔵様の錫杖を持っている。

「お説教は要らないよ!」
 そう言って錫杖をフンフンと振り回し始めた。
 錫杖が空間を切り裂きクリスに襲い掛かる。
 なんて奴だ、武器を隠し持っていたとは!
 
 しかし、クリスは冷静に対応する。初弾をかわし、由香ちゃんの机からプラ定規を取ると、淡く光らせ、器用に操って空間の裂け目を無効化して行く。

 キンキンキンキンキンキン!

 甲高い音がオフィスに響き渡る。

 クリスはプラ定規で防御しながら、何かぶつぶつ呟き左手をシアンにかざした。
 シアンは何かを感じて横っ飛びに逃げる。
 その直後、ゴリッという音がして会議テーブルが丸く抉られた。
 
 あぁっ! そのテーブル高かったのに……。
 
 そう思っていたらシアンは俺の机の上に立ち、置いてあった俺のMacbookを器用に足で蹴り上げるとフリスビーの様にクリスに向けて投げた。

「おまっ!」
 俺がそう叫ぶと同時に、クリスがプラ定規でMacbookを叩き割った。

 破片が周りに飛び散り、電池からシューっと煙が上がる。
 あぁ!!!! お、俺のMac……
 大切な資料が入ってたのに……
 
 その隙にシアンはオフィスの壁を錫杖で丸くえぐると広いベランダに逃げた。
 ベランダを走り、ひらりと手すりに乗って外へジャンプしようとした……が、動かなくなった。
 クリスが左手をシアンの方へ向けて動きを止めたのだ。
 
 シアンは必死に足掻いていたが、なかなか体が動かない。
 クリスは

「無駄なあがきは止めなさい」

 と、冷静に諭す。
 しかし、シアンは右手を強引に少しずつこちらに向けて

「ツァーリ・ボンバー!」

 と叫んだ。
 次の瞬間、ベランダの上に小型の船くらいの爆弾が『ズン!』という音と共にゴロリと転がった。
 俺達は一瞬何が起こったのか分からなかったが、クリスは青い顔をして爆弾に駆け寄ってプラ定規を振り下ろした。爆弾の先頭が斜めに切れて内部が露出する。そしてそこにすかさず手刀である。

 ゴスッ

 俺は以前聞いた核弾頭の処理方法を思い出した。そうか、こうやるのか……
 まさか自分の目で見られる瞬間が来るとは……

「あぁぁ……」
 素早い処理にシアンが唖然としている。

 シアンの身体がもっと自由だったら、クリスの対応がほんの少しでも遅れていたらと思うと背筋が凍った。
 
 クリスはすごく怒った調子で、手すりの上のシアンを捕まえるとオフィスに連れてきてソファーに転がした。
 
 由香ちゃんが
「一体何があったの……?」
 と震えながら聞いてくる。
 
 俺はうろ覚えながら説明した。
「ツァーリ・ボンバとは人類史上最大最悪の核爆弾だよ。旧ソビエトで開発された100メガトンの水素爆弾で、確か60km以内の人を全て殺してしまうんだ」
「え!? じゃ、クリスが何とかしてくれてなかったら東京全滅だったの?」
「東京どころじゃないよ、関東全滅だったよ……」
 俺は今さらながら体に震えが来た。
 
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