俺の人生を捧ぐ人

宮部ネコ

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第11章 現実

家族

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 家に帰ると愛良ちゃんはいなかった。秀範君と愛美ちゃんだけいたので、不信に思う。愛良ちゃんは志郎君を連れてお母さんの所へ行ったらしい。その時初めて透馬の母親が痴呆になったという話を聞いた。何で俺にまで内緒にしているのかわからない。
「別にたまたま言う機会がなかっただけで」
 と透馬は言う。頼りにされていないみたいで嫌だった。
「お父さん。お母さんのこと」
 愛美ちゃんが何か言いたそうに口を開いたが、すぐ黙ってしまった。
 しばらくして愛良ちゃんと志郎君は帰ってきた。愛良ちゃんは透馬の顔を見ると、「帰ってたの?」と口をすぼめる。
 俺は愛良ちゃんと目を合わせられなかった。
 しばらく沈黙が続いた。それに耐えきれなくなったのか、愛良ちゃんが口を開いた。
「私ここにいたくないから、良和さんのとこ行くね。志郎も一緒に」
「愛良」
 透馬が何かを言おうとすると愛良ちゃんは「何も聞きたくないから」と言う。
 俺は自分の目の前に突き付けられた現実をただ見つめるしかない。愛良ちゃんと志郎君はまた家を出て行った。
 長男の秀範君にも、「忠敏おじさんひどい」と言われ、踏んだり蹴ったりだ。
 自分がしたことはそういうことで、何を言われても仕方ないと思う。ただ、透馬は「責めるなら忠敏じゃなくて俺じゃない?」と言っていたけど。
「俺だって同罪だろ」
「忠敏のそういう所が嫌」
 何でそんなことを言われなきゃいけないのかわからない。やっぱり家に帰ってくるべきじゃなかったんだろうか。
 夜は俺の部屋で一緒に寝たけど、秀範君と愛美ちゃんはいるし、あまりそういう気分にならなかった。
「ねえ忠敏」
「え?」
「愛良に同情してるならやめた方がいいよ」
「そういうわけじゃ」
 俺はどうしていつも煮え切らないんだろう。自分が嫌になる。
「一緒に暮らしてて大切なものが増え過ぎたんじゃない?」
「そんなこと」
「別にそれはいいことだと思うよ。俺とは違う考えだけど」
 そんなことない。俺は、最初から透馬のこと以外二の次なんだよ。どうしてそんなこと言うんだと思った。
「違う」
「そう言うと思った。でもさ、いざとなったら突き放せないんでしょ」
 俺は答えられない。そんなことないと思ってた。でももうよくわからない。
「何でそういうこと言うんだよ」
「それも全部含めて忠敏でしょ。いい加減認めなよ」
 違う。絶対に違う。混乱した頭で俺はただ透馬を抱きしめた。

 次の日、朝起きたら透馬はベッドにいなかった。一階に降りて愛美ちゃんに聞くと、少し前に出て行ったと言う。一体何で俺に黙って。
「どこ行くとか言ってなかった?」
「うん」
 愛美ちゃんは困ったように教えてくれなかったと言う。
「ただ、心配しないでって言ってた」
 俺はあいつがどういうつもりなのか全くわからなかった。
 でも、一時間もすると居ても立っても居られなくなって、俺は外に飛び出した。
「忠敏さん」
「ごめん。俺はあいつのことほっとけない。数日前もふらふらしてたし」
「別にそれはいいの。でも、気を付けて」
「十二歳の子に心配されると困るな」
 愛美ちゃんはふふっと笑った。
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