片道切符の異世界転移

Presto】完璧の身体操作が求められる難曲

思い入れのあるピアノを感じながら鍵盤蓋をゆっくりと開く。


　　高校入学後、バタバタした忙しい毎日、時間の都合もあり学校帰りに触れるのはほんの僅か。

　1曲演奏できればいいほうだ。


　いつか水野先生に1曲捧げたいと思っていたけど、こんなに遅くなってしまった。

　そのぶんあたしなりに完璧の演奏を届けるために、全力をださせてもらう。
　
　
　僅かに息を吐き出して大きく吸い込み、ゆっくりと息を吐き出す。
　
　　演奏前のあたしの作法と同時、店内が静まる。

ーー！！ーー


【Presto】

　そう、この月光の演奏指示としてpresto（プレスト）の表記がある。

　これはピアノ演奏において凄く早い演奏の指示。
　しかもリズムを保ったまま力強く正確な演奏を要求している。


　鍵盤の上に指を這わせると同時、左手の和音と右手がハーモニーを奏でる。

　

　奏でる？　奏でるなんて優しいものじゃない。

　左右の指先の独立と異なるメロディの演奏、ポリフォニー。



　一秒間に響く強烈な響きとその一瞬で聴衆を虜にし、奏者の首を掴んで一瞬でその世界にくくりつける音色。

正確な指捌きとスピード、そしてその維持。
　
鍵盤の上だけではなく下半身、音を響かせるためのペダルワークも入れるといくつもの技術が使われている。

　ピアノと蕩けるようにひとつに、無我夢中で演奏なんて出来ない。

　ほんの数秒間で織り成す怒涛の旋律とメロディはこういった技術面だけでなく、気力と体力も必要となってくるといえば、高難易度であり奏者を選ぶ曲目というのが容易にわかる。

　あたしにピアノを教えてくれた水野先生の脇にたち鍵盤の上の指先を目で追うけど、ホントに指先を目で追うのは不可能だったのは印象的だった。

　　第三楽章の特徴として感情を表す表現として音の強弱の絶妙なコントロール。

　技術とコントロール、さらにベダルワークもいれれば完璧な身体操作が必要だ。

　完璧に演奏できた暁には、それは芸術と言っても過言ではない。

　はじめて通しで月光を演奏したときとく比べたら今の方が完璧に近い。
　
　コントロールできる左右別々の指先がスムーズに動き、強弱での感情表現、そしてペダルワーク。