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3話
しおりを挟む「っ!何やってるんだ!」
男性の叫び声が背後から聞こえた。あまりの迫力に身体がビクッと震え、身動きが取れない。
どうにか後ろを向くと、スーツを着た若い男性が物凄い勢いでこっちに向かってくる。あっという間にフェンスに登っている私の元まで辿り着くと何の躊躇いもなく腰に腕を回す。思い切り抱きつかれている形になっていた。
「ぎゃっ!な、なに!」
「何があったかは知らないが早まった真似は辞めろ!」
「はやま…?え、いやちが」
しがみつく男の言葉でとんでもない勘違いをされていると気づいた私はどうにか弁明しようするも、とにかく男の力が凄まじく上手く言葉が出ない。
私が慌てているうちにフェンスから引き剥がされたが、男が逃げられないよう背後から羽交い締めにしてきた。
何この扱い、凄く悪いことをしたみたいで気分が悪い。必要もないのに私は暴れて逃れようとする。この状況だと暴れる方が悪手なのに、私も相当混乱していたんだろう。恐らく私がまた飛び降りるのでは、と思い込んでる男の拘束がみるみる強くなった。腕が痛い。
「死んだら…アレだ…ゲーム出来なくなるぞ!」
「…?」
背後の男の言葉を聞いた私は抵抗を辞めた。いきなりゲーム。
「それだけじゃない、好きな漫画の続きも小説の続刊も、死んだら読めなくなる。想像しただけで辛いはずだ、だから死ぬのは辞め…ん?2年の佐上…?」
「…高瀬先生…?」
ここで私はこの男が日本史担当の高瀬修吾だと気づく。向こうもやっと私だと気づいたようだ。
高瀬先生は去年赴任した新任の先生でずっと私達の学年の日本史を担当してる。若くて端正で凛々しい顔立ち。親しみやすい、だが生徒が踏み込み過ぎない適度な距離感を保っている、腹の底では何考えているか分からない先生。
こんなことを言っているが、別に苦手なわけではない。そもそも関わる機会があまりないため好きか嫌いか判断出来るだけの人柄を知らない。
2年になってから成り行きで日本史の係になって話す機会が与えられても、大して話した事もない。女子に囲まれているけれど、上手いことあしらってる印象しか無かった。
だから、勘違いとは言え飛び降りようとした生徒を前にしたさっきの必死な様子は意外だった。いや、逆に落ち着き払っていたら先生として以前に人としてどうかしてる。私の中の高瀬先生にやっと人間味が出てきた。
先生はここでパッと腕の拘束を解いた。だが私に向ける視線は険しい。そんなに睨まなくても飛び降りたりしないのに。
「…今のは不可抗力だ、決してセクハラじゃ」
「いや、何も言ってませんけど」
さっき抱きついたことを気にしてるらしい。びっくりはしたが、あの状況下では仕方がなかった。それに、一々目くじらを立てるほど神経質でもない。
「あー良かった…んで?佐上はここで何してたんだよ、立ち入り禁止だぞ」
「その言葉先生にそのまま返します」
「俺?俺はこっそりゲームしにきた。汗水垂らしてる生徒見下ろしながらゲームするの気分良いんだよ」
なんか歪んでるな、この人。学生時代青春を謳歌出来なかったのだろうか。口に出来る雰囲気じゃないので余計な事は言わないが。
「俺は良いんだよ、それで佐上は何してたんだよ」
「何してたって…先生が見た通りです。フェンスに登ってグラウンド見下ろしてました」
見え透いた嘘で誤魔化しても、滅茶苦茶疑いの目で見てくる。自分でも分かる、さっきの私は凡そ生気というものがごっそり消え失せていた。振り返った時、遠目で先生が息を呑んだのが何となく分かったくらいだ。
「…担任の先生にもご両親にも、話の内容に関わらず言わない。だからバレバレの嘘は吐くな」
何か教師みたいなこと言ってる。紛れもない先生なのに。立ち入り禁止の屋上に堂々とやって来てゲームしてる不真面目さと如何にも教師らしい言葉。
何だろう、この人ともう少し話してみたくなった。私の心の中は両親のことより、先生のことが大部分を占め始めていた。
「…先生が心配しているように、飛び降りようとしたわけではありません」
先生がほんの少しホッとしたのが分かった。
「…フェンス乗り換えて騒ぎになれば良いとは思いました、そうすれば両親は私のことを流石に気にしてくれるかな、と」
先生の顔から表情が消えた。バレないよう言い繕うことも出来たが、正直に話してしまった。
如何にも面倒な案件の気配を漂わせたが、先生はどう出るのだろう。すると先生はあっけらかんとした私と対照的に神妙な顔つきになって
「…場所変えよう」
と言うと腕をガシっと掴み、え、何、と戸惑う私を問答無用で屋上から連れ出した。
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