塔の妃は死を選ぶ

daru

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 鉄格子を嵌められた窓の外を見ていて、ニコはなんだか不思議な気分だった。
 前まで眺めている町はただの知らない町だったのに、祭りの日、たった1日歩いただけで、思入れの深い景色になってしまった。あのパン屋の前を通った、あの家の前で子供たちが笑っていた、あの広場で王様にアクセサリーを買って頂いた、ぼんやりするニコの頭にそんなことが思い出される。

”2~3週間はかかるからなぁ、その間寂しいんじゃないの~?”

 スヴェリオが発ってからもうすぐ2週間になる。
 もう帰路には就いただろうか。ニコはそう考えてはっとした。これではまるで、私がスヴェリオを待っているみたいだと、そう思ったのだ。

 もちろん待ってはいるのだが、無事を願ってもいるのだが、スヴェリオのいない生活の物足りなさをニコは素直に認めたくはなかった。

 1人静かな部屋で、深いため息がこぼれる。

 1か月前、突然部屋に泥棒が現れ、なぜだかその泥棒を庇ってしまい、呆れたことに毎日顔を合わせるようになり、今は命がけでニコの頼みを聞いて遠方へ出向いている。
 カルダはカルダで時々部屋を訪れるようになり、賑やかな話相手を用意し、ニコが過ごしやすくなるよう気遣ってくれていた。

 ほんの1ヶ月前まではこの孤独な静けさがニコにとって当たり前だったのに、いつの間にか、慌てふためいたこの1ヶ月がニコの日常になってしまった。

 ニコはタンスに隠しておいた”森の源”のネックレスを取り出した。スヴェリオがカルダから盗み、なぜがニコの手に渡った物だ。何度スヴェリオに返そうとしてもスヴェリオが受け取ってくれなかったのだ。
 しかし、王の来訪の数が増えた今、やはりこのネックレスがニコの部屋にあるのは危険に思えた。そもそもニコは毎日、使用人たちが清掃に来る度に肝を冷やしているのだ。

「ちゃんと持って帰ってもらわないと。」

 元々はカルダの物なのに、スヴェリオがというのはおかしな話だが。

 ニコは森の源を眺めた。緑色の中にいろんな色がちらちらと見え隠れする。スヴェリオとニコが初めて会った日に、スヴェリオが得意げに解説した通りだ。その輝きを見て、そういえば、とニコはもう一つ思い出した。

「これは…王様が、私に…?」

 これも不仲説を払拭する為なのだろうかと、ニコが緑の輝きを撫でると、思考に更なる連鎖反応が起きた。
 不仲説を払拭するネックレスが盗まれたから、代案として祭りへ誘われたのだろうか、と。スヴェリオが盗んでくれなかったら、この1ヶ月の何もかもが無かったのだろうかと考えると、ニコの心臓が一気に冷たくなった。

 ニコは早く帰って来てほしいという願いを込めて、ネックレスをぎゅっと握りしめ、その手で強く胸を抑えた。

「スヴェリオ…。」





 呼ばれた声に振り向けば、ティテルが大きな欠伸をしていた。見てしまったスヴェリオにもうつる。
 ノウラへと続く道は緑に囲まれて清々しく、アイローイやダマルカに比べて高い気温も相まって、時間がゆっくりと進んでいるような、そんな錯覚に襲われる。

「やっぱりノウラに着いたらもう1泊しようよ~。」

「ノウラの観光は行きでしただろ。」

「あんなの全然足りないよ!ねぇ~スヴェリオさんお願い~!」

「探してる奴が見つからなかったらな。」

 転々と訪れた村は、最初のペリュグリスに会った村以外立派なベッドなどは無く、間間で野宿も挟んでいた為、ティテルが休みたがっている気持ちもよく分かったが、スヴェリオはそんな事よりも早く王都へ帰りたかった。
 ペリュグリスが早馬で王に呼ばれたのも気になっていたし、ニコの心配していた通り、かつてフェリディルではクァンザ族の被害があったという情報を早くニコに届けたかったのだ。

 ノウラへ行くのも、最後に訪れた村で、クァンザ族に襲われた村の生き残りがノウラで暮らしているという話を聞いたからだった。

 スヴェリオが疑問に思ったのは、村が丸ごと襲われているというのにも関わらず、本当にニコは知らなかったのか、ということだった。

 戦前にもスヴェリオは何度かフェリディルに来たことがあった。今回訪れた西側ではなく、中心都市や南の海側ではあったが。それでもやはりフェリディルは争い事とは無縁の平和なイメージがあった。
 それが今回の事でずいぶんと印象が変わった。

 王がどんな王だろうが、正直スヴェリオにはあまり興味が無い。民に無関心な王もいて当然だとすら思っている。
 しかし、とスヴェリオはニコの顔を思い浮かべる。あの王妃様がこんな問題を見過ごすだろうか、と。クァンザ族の被害は王家の耳には届いていなかったのだろうか。そんな民に無関心なイメージが、ニコとは結びつかなかった。



 ノウラの大門が見えてくると、ティテルが分かりやすく元気を取り戻した。
 スヴェリオは颯爽と駆け出したティテルを追い、大門前に並ぶ列に並ぶ。

「スヴェリオさん、まずどこに行くの?」

 ノウラへは人探しに来たということを、もちろんティテルも承知していた。
 村で聞けたのは、名前と、騎士に憧れてついて行ったという情報しかない。歳は少年と青年の間くらいだろうが、それだけで見つけ出すのは難しい。

「ん~、騎士について行ったって言ってたから、その辺を探すのが良いんだろうが…。」

 年齢を考えると恐らくまだ騎士にはなれていない、とスヴェリオは大門をくぐり街へ入る手続きをしながら、頭を悩ませる。

「名前はなんて言ったっけ?」

「アニだ。」

「呼んだ?」

 突然2人の会話に返事をしたのは、焦げたような濃い茶色の髪をした少年だった。太い眉毛と大きく丸い目が、どことなく西方の村人たちに似た雰囲気がある。

 スヴェリオはへらりと得意の笑みを見せると、人差し指を少年に向けた。

「アニ?」

「そうだけど。」

「西の村から来たアニ?」

「うん。」

 まさかこんなにすぐ見つかるとは思わず、スヴェリオは目を輝かせてアニ少年の手を握った。

「女神様のお導きだ。」

「なんだあんた?人さらい?」

 さすがに怪しく感じたのか、アニ少年は目を三角にして吊り上げ、スヴェリオの手を払った。それを見て、街の出入りを管理していた門兵が寄ってきた。

「ようアニ、知り合いか?」

「ううん。あ、はいこれ、今日の昼食届けに来ました。」

「おう、いつもご苦労だな。で、そっちの人は?」

「西のシューピートさんが治める村に行ってきてね、そこのアルマさんからアニへの伝言を預かって来たんだ。」

 もちろん嘘だ。シューピートという村長がいたことも、アルマからアニの話を聞いたことも確かだが、伝言など預かってはいない。
 ティテルはスヴェリオのこういうところ見る度に心臓がドクドクと大きく鳴っていたが、スヴェリオの邪魔にならないように強がって、そうだそうだと頷いた。

「アニ、知ってる人か?」

「うん。俺が前住んでた村で、面倒を見てくれた人。」

「そうか、あんた怪しい者じゃないんだな?何かあれば名前、書いてあるからすぐわかるぞ?」

 そう言って門兵は脅すように先ほど2人が受付を済ませた場所を指差した。スヴェリオは怯むことなく、もちろん、と笑顔を作った。

「アニ、今からお昼でも一緒にどうだ?御馳走するよ。」

「うーん、いいけど。」

 アニ少年はじろじろとスヴェリオを観察し、警戒しながらも2人について行った。

 密かにがっかりしていたのはティテルだ。
 探し人がこんなにすぐ見つかってしまったということは、少年の話を聞き次第、スヴェリオは出発するだろう。できる事ならば、先日祭りで見た王妃様のように美しい人をフェリディルで見つけたい、などと思っていたティテルは、上機嫌なスヴェリオを見てがっくりと首を折った。
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