交際マイナス一日婚⁉ 〜ほとぼりが冷めたら離婚するはずなのに、鬼上司な夫に無自覚で溺愛されていたようです〜

朝永ゆうり

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第三章

パリの街と近づく距離①

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 あっという間に一ヶ月が過ぎた。

 ほとぼりが冷めたら離婚しようと言っていたが、相変わらず私は三条さんの家にお世話になっていた。

 フランスに行くまでは離婚できないし、それに帰ってきてからすぐ離婚というのも周りに怪しまれるだろう。
 もう少し、この結婚生活は続きそうだ。

 仕事では、アニメ広告の依頼は無事納品し終了。
 私はメディア局の雑務をこなしながら、ちょくちょくとフランスへ行く準備をしていた。

 一方で、三条さんは相変わらず忙しそうだった。
 部下への指示出しやクライアントに提出する資料のチェックをこなしながら、自分も案件を抱えていたからだ。

 それでも、フランス旅行の前日にはきちんとパッキングしたスーツケースを玄関に置いていたのだから、さすがだと思う。

「忘れ物はないか?」

 フランス旅行当日。
 最終チェックをして部屋を出ると、三条さんは既にコートを着込んだ状態で、リビングで私を待っていた。

 飛行機の時間は午前八時半。今はまだ、六時半だ。
 昨夜まで普通に働いていたはずなのに、三条さんは涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。

「はい、大丈夫です」
「よし。朝ご飯は空港で。軽食を取るくらいの時間はあるはずだ」

 そう言うと、三条さんは立ち上がる。
 ささっとカップを洗うと、そのまま玄関へ向かった。
 私も慌てて、彼を追いかける。

「急がなくていい。時間は十分にあるから」

 三条さんはそう言うと、私に優しく微笑む。
 その笑みに、私の鼓動は跳ねてしまった。

 これから、私は異国の地へ、彼と二人きりで向かう。

 ***

「すごい、本当にパリだ……」

 シャルル・ド・ゴール空港から、送迎車に乗って約四十分。
 車窓から凱旋門が見えて、思わずそう呟いた。

 私たちは今、空港から南にあるホテルへと移動している。
 パリ中心部の観光名所近くを通るルートでホテルへと向かってくれるのだそう。

 するとクスクスと笑い声が聞こえ、私は振り返った。

「すまない、早苗があまりにも当たり前のことを言うから」

 送迎車の中には、運転手の他には私と三条さんしかいない。
 三条さんはシャンゼリゼ通りの街並みを背景に笑っていた。

「だって、感動するじゃないですか」

 恥ずかしくなり俯く。ふと、腕時計がまだ日本時間のままだったと気づいた。

「変な感じです。日本を出てから十五時間くらい経ってるのに、まだ明るい」
「そうだな」

 三条さんは言いながら、じっと私を見てくる。
 その優しい笑みにドキドキとしてしまい、恥ずかしくなって窓の外に視線を戻した。

「そういえば、三条さんはパリは初めてですか?」

 振り返り聞くと、三条さんは窓の向こうを見ながら答えた。

「いや、幼い頃に何度か来たことがある。あまり覚えていないが……なんとなく、懐かしい感じがする」

 三条さんはそう言うと、くすりと笑みをこぼす。

 きっとまだ、ご両親と縁を切られる前のことだろう。
 車窓の向こうを向いたままの三条さんの笑みが、複雑なものに思えた。

 思わず黙ってしまうと、彼がこちらを振り向く。

「そんな顔をするな。俺にだって、幸せな思い出くらいある」

 三条さんはそう言うと、優しい笑みを私に向ける。
 だけど、三条さんはそれ以上は何も言わない。

 彼の過去のこと。
 知りたいけれど、聞いたらいけないような気がして、私は黙ってしまった。

「良かったです」

 なんて声をかけていいのかわからず、悩んだ末にそう言うと、三条さんは私の頭にぽすっと大きな手を置いた。

「ありがとな」

 三条さんの声は優しい。
 なぜ礼を言われているのかは分からないが、私はこの状況が恥ずかしくてしょうがない。

 思わず顔を伏せると、三条さんは手を私の頭から退ける。それが、寂しいと思ってしまった。


 やがてエッフェル塔の前を通過して、車はホテルの前に着いた。
 外はまだ明るいが、だんだんと日が西に沈んでゆく時間だ。

 ホテルはパリの中心部、セーヌ川の右岸にある美術館の多いエリアにあった。
 チュイルリー公園近くのサントノレ通りに面した、小さなホテルだ。

 小さいと言ってもおしゃれな街並みに溶け込む外観で、しかも一階部分だけは外壁が青色というスタイリッシュなホテルだ。
 予約した時に三条さんと見た口コミが高評価で、このホテルに決めた。

 チェックインを済ませてくれた三条さんと共に、ホテルの部屋へ向かう。

 両親が当選した旅行だから部屋はスタンダードなものだと思っていたが、ホテルマンに案内されたのは最上階のスイートルームだった。

 最上階といっても、五階建てである。
 それでも、部屋はリビングルームとベッドルームに分かれているらしい。今見えているリビングルームだけでも、広々としている。

 白い壁に青を基調とした家具が配置された田舎風の内装のおかげで、背伸びしている感じはしない。
 だけど、ホテルといえば一部屋だと思っていたから驚きだ。

「ゆったりできそうだな」

 ホテルマンが去って行くと、三条さんはこちらに微笑んでそう言った。

「はい」

 私はそう言いながら、部屋をきょろきょろと見回す。
 三歩ほど進み、青いソファの背に手を置くと、そこは窓になっていて向こうの部屋が見えた。ベッドルームだ。

 それで、私は思わず固まった。

「三条さん、あの――」

 振り返ると、三条さんは私の後ろで部屋を見回していた。
 しかし彼は、私の顔を見て目をしばたたかせた。

「どうした?」
「ベッドが、ひとつしかないです」

 予約した時、部屋はツアー内容に含まれていたから選べなかった。
 ネットで調べた時は部屋の写真はツインだったから、まさかダブルベッドが鎮座しているとは思わなかった。

 三条さんは立ち上がり、私の隣にある寝室への扉を開ける。

「おお」

 中に入るとそう言って、三条さんは私を振り返った。

「クイーンサイズだな。成人男性二人で寝ても大丈夫な大きさだから、問題はないだろう」
「え、でも――」

 言いながら、ドクドクと胸が早まり出す。
 三条さんは全く意識していないのかもしれないが、同じ布団で寝るのは恥ずかしい。

 言いかけて言葉を止めてしまった私を見て、三条さんは目を見開く。
 それから、バツが悪そうな顔をした。

「悪い。嫌だったら、俺はこっちのソファで眠る。だから、ベッドは早苗が好きに使ってくれ」

 三条さんの言葉に、頷きそうになる。
 だけどそれは、これから一週間のフランス旅行中、三条さんはずっとソファで眠るということだ。

「私がソファで寝ます。私の方が、体小さいですし」
「女性をソファに寝かすなんて、出来るわけないだろう」

 三条さんが言う。だけど、それは私も同じだ。
 体の大きい三条さんにこそ、ベッドを譲りたい。

 だけど、ここで何かを言ったところで、きっと三条さんは折れてくれない。
 だったら――。

「じゃ、じゃあ……一緒に、寝ますか?」

 顔が熱くなるのを感じながらそう告げると、三条さんの頬がほんのり赤くなる。

「ま、まあ、それは眠る時に決めよう」
「そ、そうですね」

 会話がきこちなくなる。ドクドクと、胸を叩くリズムが早くなる。

 ふと三条さんを見上げると、彼は口元に手を当ててベッドをちらちらと見ていた。

「あ、あの! 今日って、ゆっくりする予定でしたよね」

 面映ゆい空気に耐えられなくなって、私は慌てて口を開いた。
 今日は長いフライトだったから、このまま部屋でゆっくり過ごして、明日からの観光に備える予定だ。

「ああ」

 三条さんは小さな声で、そう答える。

「あの、私、飛行機の中でたくさん寝たので、やっぱり少しパリの街を歩きたいなあ、と思っているんですけど、どうでしょう?」

 尋ねると、三条さんははっとして私を見る。

「ああ、いいな」

 三条さんが慌てたようにそう言う。

 私たちはこの部屋の空気から逃げるように、出かける準備を整えると、早速パリの街へと繰り出した。
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