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第二章
彼の演技はどこまで?⑤
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午前中の勤務を終え、昼過ぎ、社内のランチルーム。
「杷留、ここ!」
食事の乗ったトレーを持ったままキョロキョロしていると、先に来ていた南江が私に気付いて大きく手を振った。
今日は南江の外回りが昼にかからないので、一緒にランチを食べる約束をしていたのだ。
彼女の元へ向かうと、四人掛けの席で、南江の隣に都路くんがいるのに気づいた。
彼は先週一週間、出張で本社にいなかったから、会うのは久しぶりだ。
「都路くんも一緒だったんだね。お疲れ様」
「お疲れ」
彼はそう言うと、なぜか彼はそっぽを向いて、ムスッとしてしまった。
「どうしたの、彼」
南江の前に座りながら訊くと、彼女は苦笑いを浮かべた。
「ショックだったみたいよ。都路くん、杷留が結婚したって今日知ったみたいで。『何も聞いてない』ってさっきまですんごいご立腹だったから」
改めて都路くんを見る。彼は「別に」と言いながら、テーブルの前に合ったトンテキを大きく切って口に運んだ。
すると、南江は都路くんを指さしながら、口パクで『なにも話してないよ』と教えてくれる。
きっと〝私が南江に一週間前に話したことは、彼には伝えていない〟ということだろう。
私は南江にこくりと頷いてから、口を開いた。
「ごめん、都路くん。なんていうか、話すタイミングが分からなくて。まさか、あんなに大々的に、富永局長に紹介されるなんて思ってなかったし」
正確に言えば『まさか結婚しているなんて思わなかった』だ。
だけどそんなことは言えるわけもなく、私は申し訳なくなりながらも同じくトンテキにナイフを入れた。
「あ、それ!」
不意に南江が声を上げたので、顔を上げる。彼女は私の手元を見て、目をしばたたかせていた。
彼女が見ていたのは、どうやら左手の薬指だったらしい。そこには、三条さんにもらった指輪が嵌まっている。
土曜日にもらった指輪を、三条さんは当たり前のようにずっと着けていた。
私も着けていたのだけれど、今日は仕事だからと、朝に外して朝食へ向かった。すると三条さんは妙に寂しそうな顔をした。
『指輪、しないのか?』
そう問う三条さんの指には、ばっちりと指輪がはまっていた。なんだか申し訳ない気持ちになり、どうせこの指輪の出番も今しかないのだからと、私もずっと嵌めることにしたのだ。
南江の声に、都路くんも私の手元をちらりと見る。
するとやたらとぎょっとして、それからふいっとすぐに自分の手元に目を移した。
「やっぱり愛されてるんじゃない」
南江はニヤニヤしながら、私の手の甲を小突いた。彼女は、全てを知っているというのに。
まさか、三条さんが私を好きだなんて、そんなことありえない。
「でも、高価なものじゃないみたいだし」
苦笑いを浮かべてそう言うと、南江は目を丸くした。
「なに言ってるの、それ高級アクセサリーブランドの定番の形よ」
南江の視線は、『知らないの?』とでも言うようだ。
宝飾品への知識のなさが露呈してしまい、恥ずかしい。まさか、高価なものだったなんて。
「なんで結婚指輪の価格知らねーんだよ」
都路くんもボソッと、呆れたようにそう言った。
「三条さんが用意してくれたから……高価なものじゃないって言われたし」
「でも、一生に一度の大切なもんだろ。高価じゃないわけがない」
私たちの事情を知らない都路くんは、ため息をこぼした。
すると南江が口を開く。
「愛されてるんだよ、杷留」
彼女は余計にニヤニヤしながら、広げていたお弁当に箸を入れた。
「だってさ、あの鬼で女っ気のない三条さんと、同じく仕事一筋の杷留が電撃結婚! って聞いたとき、変な噂とか嫌がらせとか起きるかもって、私ちょっと心配してたんだけど――」
南江がそこまで言うと、急に都路くんが口を挟んできた。
「自分たちのことはとやかく言うな、そんな暇があるなら業務に集中しろ」
「そうそう! そうやってお触れだしてさ。しかも、あらぬ噂やおかしな行動をした者は徹底的に処罰する、みたいなこと言ってたよね」
私は思わずきょとんとしてしまった。
しかし、二人は構わずに食事を続けながら話す。
「言葉はもうちょっと柔らかかった気もするけど」
「杷留のこと守ろうって必死なのが伝わってきた。素敵な旦那様だなって思ったよ」
そんな会話を続ける二人に、私は食事の手を止めてしまう。
先週一週間、快適に仕事をこなせていたのは、三条さんのおかげだったらしい。
そんなこと、全く気付かなかった。
聞いてしまえばドクドクと心臓が早まり、顔が勝手に熱くなる。
そんな私に気付いた南江がちらりとこちらを見て、ふふっと笑った。
『ラブ』
彼女は口パクで、私にそう伝えてくる。私は慌ててかぶりを振ったけれど、南江は構わず口を開いた。
「この調子だと、新婚旅行もすぐ行っちゃいそうね」
「行かないよ!」
言ってから、はっとした。フランス旅行が決まっている。
「新婚旅行ってわけじゃないけれど、でも今度フランスに行く、予定、です」
言いながら恥ずかしくなり、語尾がしどろもどろになる。
二人はそんな私を見て、目をまん丸にした。
「フランス⁉」
興奮する南江の横で、都路くんはなぜか盛大に噎せていた。
「たまたま、もらったの! だから――」
必死に水を呷る都路くんの隣で、南江はまた口パクで『ラブ』とニヤニヤする。
私はため息をこぼしながら、でもなぜか口角が勝手に緩んでしまうのだった。
「杷留、ここ!」
食事の乗ったトレーを持ったままキョロキョロしていると、先に来ていた南江が私に気付いて大きく手を振った。
今日は南江の外回りが昼にかからないので、一緒にランチを食べる約束をしていたのだ。
彼女の元へ向かうと、四人掛けの席で、南江の隣に都路くんがいるのに気づいた。
彼は先週一週間、出張で本社にいなかったから、会うのは久しぶりだ。
「都路くんも一緒だったんだね。お疲れ様」
「お疲れ」
彼はそう言うと、なぜか彼はそっぽを向いて、ムスッとしてしまった。
「どうしたの、彼」
南江の前に座りながら訊くと、彼女は苦笑いを浮かべた。
「ショックだったみたいよ。都路くん、杷留が結婚したって今日知ったみたいで。『何も聞いてない』ってさっきまですんごいご立腹だったから」
改めて都路くんを見る。彼は「別に」と言いながら、テーブルの前に合ったトンテキを大きく切って口に運んだ。
すると、南江は都路くんを指さしながら、口パクで『なにも話してないよ』と教えてくれる。
きっと〝私が南江に一週間前に話したことは、彼には伝えていない〟ということだろう。
私は南江にこくりと頷いてから、口を開いた。
「ごめん、都路くん。なんていうか、話すタイミングが分からなくて。まさか、あんなに大々的に、富永局長に紹介されるなんて思ってなかったし」
正確に言えば『まさか結婚しているなんて思わなかった』だ。
だけどそんなことは言えるわけもなく、私は申し訳なくなりながらも同じくトンテキにナイフを入れた。
「あ、それ!」
不意に南江が声を上げたので、顔を上げる。彼女は私の手元を見て、目をしばたたかせていた。
彼女が見ていたのは、どうやら左手の薬指だったらしい。そこには、三条さんにもらった指輪が嵌まっている。
土曜日にもらった指輪を、三条さんは当たり前のようにずっと着けていた。
私も着けていたのだけれど、今日は仕事だからと、朝に外して朝食へ向かった。すると三条さんは妙に寂しそうな顔をした。
『指輪、しないのか?』
そう問う三条さんの指には、ばっちりと指輪がはまっていた。なんだか申し訳ない気持ちになり、どうせこの指輪の出番も今しかないのだからと、私もずっと嵌めることにしたのだ。
南江の声に、都路くんも私の手元をちらりと見る。
するとやたらとぎょっとして、それからふいっとすぐに自分の手元に目を移した。
「やっぱり愛されてるんじゃない」
南江はニヤニヤしながら、私の手の甲を小突いた。彼女は、全てを知っているというのに。
まさか、三条さんが私を好きだなんて、そんなことありえない。
「でも、高価なものじゃないみたいだし」
苦笑いを浮かべてそう言うと、南江は目を丸くした。
「なに言ってるの、それ高級アクセサリーブランドの定番の形よ」
南江の視線は、『知らないの?』とでも言うようだ。
宝飾品への知識のなさが露呈してしまい、恥ずかしい。まさか、高価なものだったなんて。
「なんで結婚指輪の価格知らねーんだよ」
都路くんもボソッと、呆れたようにそう言った。
「三条さんが用意してくれたから……高価なものじゃないって言われたし」
「でも、一生に一度の大切なもんだろ。高価じゃないわけがない」
私たちの事情を知らない都路くんは、ため息をこぼした。
すると南江が口を開く。
「愛されてるんだよ、杷留」
彼女は余計にニヤニヤしながら、広げていたお弁当に箸を入れた。
「だってさ、あの鬼で女っ気のない三条さんと、同じく仕事一筋の杷留が電撃結婚! って聞いたとき、変な噂とか嫌がらせとか起きるかもって、私ちょっと心配してたんだけど――」
南江がそこまで言うと、急に都路くんが口を挟んできた。
「自分たちのことはとやかく言うな、そんな暇があるなら業務に集中しろ」
「そうそう! そうやってお触れだしてさ。しかも、あらぬ噂やおかしな行動をした者は徹底的に処罰する、みたいなこと言ってたよね」
私は思わずきょとんとしてしまった。
しかし、二人は構わずに食事を続けながら話す。
「言葉はもうちょっと柔らかかった気もするけど」
「杷留のこと守ろうって必死なのが伝わってきた。素敵な旦那様だなって思ったよ」
そんな会話を続ける二人に、私は食事の手を止めてしまう。
先週一週間、快適に仕事をこなせていたのは、三条さんのおかげだったらしい。
そんなこと、全く気付かなかった。
聞いてしまえばドクドクと心臓が早まり、顔が勝手に熱くなる。
そんな私に気付いた南江がちらりとこちらを見て、ふふっと笑った。
『ラブ』
彼女は口パクで、私にそう伝えてくる。私は慌ててかぶりを振ったけれど、南江は構わず口を開いた。
「この調子だと、新婚旅行もすぐ行っちゃいそうね」
「行かないよ!」
言ってから、はっとした。フランス旅行が決まっている。
「新婚旅行ってわけじゃないけれど、でも今度フランスに行く、予定、です」
言いながら恥ずかしくなり、語尾がしどろもどろになる。
二人はそんな私を見て、目をまん丸にした。
「フランス⁉」
興奮する南江の横で、都路くんはなぜか盛大に噎せていた。
「たまたま、もらったの! だから――」
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