交際マイナス一日婚⁉ 〜ほとぼりが冷めたら離婚するはずなのに、鬼上司な夫に無自覚で溺愛されていたようです〜

朝永ゆうり

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第二章

彼の演技はどこまで?①

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 社内結婚というのは、社内恋愛ほどごちゃごちゃしないものらしい。

 月曜日こそ出勤時に緊張し、周りの視線を意識してしまったが、恋人ではなく〝夫婦〟という法的根拠を持つ肩書のおかげか、私たちの関係にちょっかいをだしたり妬み嫌味を言う社員はほぼいない。
 おかげで私は今まで通りに仕事をすることができている。

 事情を話した南江は自分が傷心中だからか仕事に精を出しているし、もう一人、私に物怖じなく三条さんとの関係に首を突っ込んできそうな都路くんは、月曜日から一週間の出張中である。
 だから、余計に平和に仕事の時間が過ぎてゆく。

 現在進行中のプロジェクトは、無事にアテレコ予定の声優を見つけて三週間後に収録の予定を入れた。あとは制作会社とのやり取りが主になるので、仕事量はだいぶ減った。
 そのため、私は他社員の事務やフォローをしながら定時で帰るという、入社以降あり得ないくらいののんびりとした毎日を送っている。

 むしろ、不安になるくらいだ。

 だからこそ、私は三条さんと約束したことはきちんとこなしていた。
 帰宅後は三条さんに言われたように、リビングで観たことのない映画を一本視聴し、そのプレゼン資料を作る。そしてそれに熱中していると、大抵三条さんが帰ってきていて夕飯を温めていてくれる、という感じだ。

 最初こそ、夕飯も作ろうと思ったのだが、三条さんは私の知らぬ間に作り置きをしていたらしく、平日の夜はそれを温めるだけの夕飯を出してくれる。
 だから、私の出る幕はなく、大人しくプレゼンの準備をしているというわけだ。

 子供向けのアニメ映画、コメディ映画、アクション映画。勉強のため、毎日違うジャンルを選んでいる。
 金曜日の今日は、ホラー映画をチョイスした。

 三条さんの家のテレビは大きくて、訊けば八十五インチだそう。今日もテレビの前のソファに一人で座り、プレゼンのためのメモとペンを手に視聴を始めた。

 聞いたことのないタイトルだったからB級の映画かと思っていたけれど、ストーリーラインのしっかりしたオカルト映画で、私は思わず引き込まれてしまった。
 おかげで、私は今日、三条さんの帰宅に全く気づかなかった。

「早苗」

 ぞわぞわとした不快な音楽。真っ黒な中に微かに映る、光を失った瞳の色の血だらけの少女。
 そんな画面を前にで、不意に名前を呼ばれ、大袈裟な程に体が跳ね上がった。

「ひやぁ!」

 どきりとすると同時に変な声が出てしまう。振り返ると、スーツ姿でまだ鞄も持ったままの三条さんが立っていた。
 慌ててリモコンで再生を止める。

「脅かさないでくださいよ」
「悪い、そんなつもりはなかったんだが。早く帰って来られたから、俺も一緒に映画を観ようと思って」

 すると、三条さんは画面をちらりと見て言った。

「今日はホラーか。この映画、懐かしいな」
「ご存知なんですか?」

 意外だ。これは、無名な昔のホラー映画。私なんて、タイトルも聞いたことがなかったのに、こんな一場面だけでなんの映画か分かるなんて。

「ああ。学生の頃は、よく一人で映画館で映画を見ていた。これもその中のひとつだ」

 三条さんはそう言うと、私の顔を見て目を見開いた。

「早苗……」
「あの、なにか?」

 すると、唐突に彼の腕が私の顔に伸びてくる。

 これは一体、どういうことですか⁉

 急な彼との距離感にドキドキと胸が鳴り、体が硬直してしまう。

 戸惑ったまま彼を見つめていると、三条さんの手は私の頬に優しく触れ、その親指が私の目尻をなぞった。

「泣くほど怖かったのか」
「え……?」

 どうやら、彼は私の目尻からあふれ出しそうになっていた涙を拭ってくれたらしい。自分でも気付かないほどの、微量の涙を。

 それにしても、一体なんなのだろう。この、近すぎる距離は。
 ドキドキとしたままの鼓動は収まらないし、彼のこの行動が全く理解できない。

 三条さんをじっと見つめたままでいると、彼はなぜか優しく微笑む。

「可愛いな、杷留 」

 その言葉に、胸が大きく跳ねた。頬が急激に熱くなり、触れられているその場所がひりひりとするほどだ。

 だけど同時に、その言葉と声色は、聞き覚えがある気がした。
 耳元で囁かれた掠れ声。優しく、幸せな時間――。

 あの夜かもしれない。だけど、確信が持てずに私はただ固まる。

「あ、あの……」

 いい加減心臓がどうにかなってしまいそうで、私は声を絞り出した。すると、三条さんははっとしたように私の頬から手を離す。

「練習だ。明日、早苗の両親に会いに行くから」

 三条さんはそう言うと、さっと体を方向転換させて鞄をダイニングの椅子に置き、代わりに青いエプロンを着けてキッチンへ入ってしまう。
 それから、先ほどまでの甘い空気などなかったかのように私に言った。

「その映画、少し長めだからもう少しかかるだろう。今日はその辺にしておけ」

 なるほど、私の両親に会いに行く練習、というのは本当だったらしい。
 だから、私はまだ高鳴る胸を無理やり押さえつけ、つとめて普通に口を開く。

「でも、まだプレゼンの準備が――」

「俺は観たことがあるから、プレゼンされてもなあ。ちなみに、その場面からラストに向けてが一番怖い」

 三条さんがテレビ画面をちらりと見てそう言った。そこには、まだ血だらけの少女が薄暗い場所で佇んでいた。思わず、ひっと息を呑む。

「ほら、やめておけ。寝られなくなっても困るだろう」
「……はい」

 私はおとなしくテレビを消し、それからダイニングに食器を並べる彼を手伝った。
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