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第二章
交際マイナス一日婚、らしいです③
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南江とランチを終えて会社に戻ると、すぐに三条さんが私のところへやって来た。
思わず身構えてしまったけれど、三条さんはなんてことないように言う。
「早苗、次の案件について、局長から話があるそうだ。局長室に行って欲しい」
仕事のことか、と胸をなでおろす。だけど、同僚たちの視線がいたたまれない。
これだから、社内恋愛――社内婚であるが――は好きではないのだ。
「はい」
私はそう言い、立ち上がる。三条さんは周りの視線など気にしていない様子で、堂々と席に戻って行った。
「富永局長、早苗です」
局長室の扉をノックし、ドアノブに手をかける。
扉を開くと、局長はいつものようにそこに悠々と座っていた。もちろん、手元は資料にタブレットに、そしてパソコンの画面はフル稼働していたが。
「次の案件について、お話があると三条さんから伺いました」
そう言うと、富永局長はくすりと笑った。
「いまだに三条くんのこと、そう呼んでいるんだね」
「仕事ですから」
そういうことにしておこうと、私は堂々と宣言する。すると、富永局長は再びクスクスと笑い出した。
「三条くんも、同じことを言っていたよ。相思相愛」
そんなわけない。なのに、訳もなく頬が熱くなる。
私はこの話題から話を逸らそうと、口を開いた。
「それで、お仕事のことは――」
「ああ、仕事ね。うちの会社に、結婚休暇ってあるの、知ってる?」
「はい?」
唐突な話に、思わず聞き返してしまう。すると、富永局長は「また同じリアクションだ」と、クスクス笑った。
「今の仕事がひと段落したら、結婚休暇、取らない?」
唐突な局長の提案に、思わず目をしばたたかせる。
「早苗さんの仕事ぶりは、良く知ってる。だからこそ、新婚の今くらいは定時で帰って欲しいと思ってるし、今の仕事が落ち着き次第休暇を取って欲しいんだ。もし、三条くんと既に予定を示し合わせてるなら、それでもいいんだけれど」
「いえ――」
結婚休暇などいらないです、と言いかけて飲み込んだ。上司からの厚意を無下にするのは、申し訳ない。
でも、だからって、結婚休暇とは。
どちらかというと、今は普通に働きづめていたいくらいだ。家に三条さんと二人でいるのは、なんとなく気が引ける。そもそも、あそこは私の家じゃない。
口ごもっていると、富永局長はさらに続けた。
「ちょうどいいじゃない。御式のことでも、旅行でも、なんでもしてきたらいいと思うよ。一週間後まで、申請待ってるから」
富永局長はそう言うと、私を局長室から追い出した。これは、一週間は私に今の仕事以外は振って来ないということだ。
私は自分のデスクに戻ると、ため息を零しながらパソコンを開いた。
仕事が振られないからといって、今の案件をのんびりするわけには行かない。納期があるし、できることなら早く進めておきたい。
私はデスクトップにおいてある、懐かしいCMを一度ちらりと見た。
これは、私がこの会社に入社するきっかけになった、富永局長の作った広告だ。
こんなCMが作りたい。だから、新しい仕事がどんどん欲しいのに。
私は再度ため息をこぼしながら、結婚休暇については帰宅後に三条さんに相談しようと思った。
***
「結婚休暇の件か。俺も、富永さんに相談された」
帰宅後、夕飯の席で富永局長にされた話をすると、三条さんは何でもなさそうにそう言った。
「どうしますか? 私としては、早く次の仕事を振って欲しくてうずうずしているんですけど」
「なんかもう、病気だな」
そう言う私に、三条さんはクスリと笑ってそう言った。
「休暇については、一週間の猶予をもらったんだ。今すぐに答えを出さなくてもいいんじゃないか? 最近早苗が根詰めていたのは事実だし、たまには早く帰ってゆっくりしたらいい」
「それは、仕事をせずに定時で帰れということですか?」
思わず言い返してしまうと、三条さんはクスクスと笑い出す。
「定時というのは、仕事が終わりの時間ということだ。むしろ、いつも帰れ」
彼の言うことは正論すぎて、反論の余地がない。
だけど、仕事で成果を出すために、いつも残業ばかりしてきた。残業しないで帰るというのは、仕事をサボっているようで、なんだか申し訳ない気がしてしまう。
黙り込んだ私を見て、三条さんは笑うのを止める。それから、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、こうしよう」
顔を上げると、三条さんが私の顔を覗き込むように見ていた。
「早苗は、残業なしで帰宅する。それから、俺の契約しているサブスクの動画配信サイトから、早苗の観たことのない映画を毎日一本観る。そして、その映画のプレゼンを夕飯の時に俺にしてくれ」
「え?」
思わぬ提案に、目を瞬かせる。すると、三条さんは優しい笑みを浮かべた。
「早苗はそこまでして仕事がしたいんだろう? だから、俺からの課題だ。映画一本、どれだけ俺に興味を持たせられるか」
そう言うと、三条さんはリビングに置かれた大きな壁掛けのテレビを目で指し示す。
確かに、映画のプレゼンは広告の練習にはなると思う。
「でも……」
そんなこと、本当にいいのかな。そう思っていると、三条さんはこちらに優しい笑みを向けた。
「せっかくの同居なんだ。利用してくれ」
三条さんとしては、〝利用できるものは何でも使え〟ということなのだろう。
「どれだけ見ようと、契約料金は変わらないからな。食べ終わったら、使い方を教える」
「ありがとう、ございます……」
やることがないなら勉強するに越したことはない。三条さんに半ば押されてお礼を言うと、三条さんは目線を食事に戻した。
「ああ、そうだ」
しばらく食事を続けていると、不意に三条さんが言う。私は口に運びかけていたご飯を、一度器に戻し顔を上げた。
「早苗へのご両親への挨拶は、今週末でいいか?」
「はい、問題ないです」
「良かった。じゃあ、土曜日に。時間は先方に合わせるから、早苗のご両親にそう伝えてくれ」
「分かりました。決まり次第、お伝えしますね」
「ああ」
そんな短い会話をして、食事は終わった。
明日からは映画鑑賞、そして週末は両親への挨拶。
結婚してからまだ四日だが、彼の優しさと責任感の強さに、私は〝上司として〟彼を改めて尊敬した。
思わず身構えてしまったけれど、三条さんはなんてことないように言う。
「早苗、次の案件について、局長から話があるそうだ。局長室に行って欲しい」
仕事のことか、と胸をなでおろす。だけど、同僚たちの視線がいたたまれない。
これだから、社内恋愛――社内婚であるが――は好きではないのだ。
「はい」
私はそう言い、立ち上がる。三条さんは周りの視線など気にしていない様子で、堂々と席に戻って行った。
「富永局長、早苗です」
局長室の扉をノックし、ドアノブに手をかける。
扉を開くと、局長はいつものようにそこに悠々と座っていた。もちろん、手元は資料にタブレットに、そしてパソコンの画面はフル稼働していたが。
「次の案件について、お話があると三条さんから伺いました」
そう言うと、富永局長はくすりと笑った。
「いまだに三条くんのこと、そう呼んでいるんだね」
「仕事ですから」
そういうことにしておこうと、私は堂々と宣言する。すると、富永局長は再びクスクスと笑い出した。
「三条くんも、同じことを言っていたよ。相思相愛」
そんなわけない。なのに、訳もなく頬が熱くなる。
私はこの話題から話を逸らそうと、口を開いた。
「それで、お仕事のことは――」
「ああ、仕事ね。うちの会社に、結婚休暇ってあるの、知ってる?」
「はい?」
唐突な話に、思わず聞き返してしまう。すると、富永局長は「また同じリアクションだ」と、クスクス笑った。
「今の仕事がひと段落したら、結婚休暇、取らない?」
唐突な局長の提案に、思わず目をしばたたかせる。
「早苗さんの仕事ぶりは、良く知ってる。だからこそ、新婚の今くらいは定時で帰って欲しいと思ってるし、今の仕事が落ち着き次第休暇を取って欲しいんだ。もし、三条くんと既に予定を示し合わせてるなら、それでもいいんだけれど」
「いえ――」
結婚休暇などいらないです、と言いかけて飲み込んだ。上司からの厚意を無下にするのは、申し訳ない。
でも、だからって、結婚休暇とは。
どちらかというと、今は普通に働きづめていたいくらいだ。家に三条さんと二人でいるのは、なんとなく気が引ける。そもそも、あそこは私の家じゃない。
口ごもっていると、富永局長はさらに続けた。
「ちょうどいいじゃない。御式のことでも、旅行でも、なんでもしてきたらいいと思うよ。一週間後まで、申請待ってるから」
富永局長はそう言うと、私を局長室から追い出した。これは、一週間は私に今の仕事以外は振って来ないということだ。
私は自分のデスクに戻ると、ため息を零しながらパソコンを開いた。
仕事が振られないからといって、今の案件をのんびりするわけには行かない。納期があるし、できることなら早く進めておきたい。
私はデスクトップにおいてある、懐かしいCMを一度ちらりと見た。
これは、私がこの会社に入社するきっかけになった、富永局長の作った広告だ。
こんなCMが作りたい。だから、新しい仕事がどんどん欲しいのに。
私は再度ため息をこぼしながら、結婚休暇については帰宅後に三条さんに相談しようと思った。
***
「結婚休暇の件か。俺も、富永さんに相談された」
帰宅後、夕飯の席で富永局長にされた話をすると、三条さんは何でもなさそうにそう言った。
「どうしますか? 私としては、早く次の仕事を振って欲しくてうずうずしているんですけど」
「なんかもう、病気だな」
そう言う私に、三条さんはクスリと笑ってそう言った。
「休暇については、一週間の猶予をもらったんだ。今すぐに答えを出さなくてもいいんじゃないか? 最近早苗が根詰めていたのは事実だし、たまには早く帰ってゆっくりしたらいい」
「それは、仕事をせずに定時で帰れということですか?」
思わず言い返してしまうと、三条さんはクスクスと笑い出す。
「定時というのは、仕事が終わりの時間ということだ。むしろ、いつも帰れ」
彼の言うことは正論すぎて、反論の余地がない。
だけど、仕事で成果を出すために、いつも残業ばかりしてきた。残業しないで帰るというのは、仕事をサボっているようで、なんだか申し訳ない気がしてしまう。
黙り込んだ私を見て、三条さんは笑うのを止める。それから、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、こうしよう」
顔を上げると、三条さんが私の顔を覗き込むように見ていた。
「早苗は、残業なしで帰宅する。それから、俺の契約しているサブスクの動画配信サイトから、早苗の観たことのない映画を毎日一本観る。そして、その映画のプレゼンを夕飯の時に俺にしてくれ」
「え?」
思わぬ提案に、目を瞬かせる。すると、三条さんは優しい笑みを浮かべた。
「早苗はそこまでして仕事がしたいんだろう? だから、俺からの課題だ。映画一本、どれだけ俺に興味を持たせられるか」
そう言うと、三条さんはリビングに置かれた大きな壁掛けのテレビを目で指し示す。
確かに、映画のプレゼンは広告の練習にはなると思う。
「でも……」
そんなこと、本当にいいのかな。そう思っていると、三条さんはこちらに優しい笑みを向けた。
「せっかくの同居なんだ。利用してくれ」
三条さんとしては、〝利用できるものは何でも使え〟ということなのだろう。
「どれだけ見ようと、契約料金は変わらないからな。食べ終わったら、使い方を教える」
「ありがとう、ございます……」
やることがないなら勉強するに越したことはない。三条さんに半ば押されてお礼を言うと、三条さんは目線を食事に戻した。
「ああ、そうだ」
しばらく食事を続けていると、不意に三条さんが言う。私は口に運びかけていたご飯を、一度器に戻し顔を上げた。
「早苗へのご両親への挨拶は、今週末でいいか?」
「はい、問題ないです」
「良かった。じゃあ、土曜日に。時間は先方に合わせるから、早苗のご両親にそう伝えてくれ」
「分かりました。決まり次第、お伝えしますね」
「ああ」
そんな短い会話をして、食事は終わった。
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