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第二章
98話 行軍
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軍は行路の途中にある街で補給を受けつつ、西へ西へと歩みを進めた。
もちろん対価を支払っているので、リーンのような街は潤う。
しかし、当のザスクリアは既に出軍しており、リーンは宿場街らしくもない静けさに包まれていた。
私たちだけ宿に泊まるというのも士気に関わるため、兵士たちと仲良く陣幕を張り野宿を繰り返した。
飯は暖かな家のシェフが作ったものからは比べ物にならないほど、味気なく、パサついた冷たい軍食だ。
父や歳三のような腕っぷしがある人か辺りで魔獣を狩って来た時はさながら宴会のような盛り上がりをみせ、新鮮な肉にありつけた。
そして夜な夜な開かれる戦術会議は孔明の独壇場であった。
あらゆるパターンの戦い方を考え、各部隊の小隊長レベルの人間にまで細かな動きを指示していた。
なんでも三十六計だか、また秘策があるらしい。
今は中間地点となる皇都を目指して、絶賛行軍の最中である。
「レオ!随分とお疲れの様子だな!」
「あー、顔に出てしまっているか?」
私はぱちぱちと両手で頬を叩いた。
「レオ様が馬車に乗っても誰も文句など言いませんよ!」
「いや、これは私が望んだことだ。──それにしても尻が痛くなってくるな……」
孔明も普通に馬に乗って私の後ろをついてきている。疲れたからと言って私だけが楽していい道理はない。
前方に父、左右に歳三とタリオ、後ろに孔明の布陣で普段は移動している。何とも頼もしい。
最も、私を囲うことなどせずとも先遣隊であるアルガーたちが賊や魔物の類は蹴散らしてくれているので安全だ。
……いや、二万五千の軍の中心にいて危険なことなどそうそうないが。
「シズネは大丈夫そうなのか?」
私のモチベーションの為だろうか、父が突如話題を振ってきた。
「はい。少し前に貰った手紙では、シズネさんたち妖狐族は極東の本当に海岸線ギリギリの森に住んでいるそうなので」
「……俺たちが到着するまでにどのような戦局の変化があるか分からん。戦場ではいかなる覚悟も必要だ」
「そういう話ですか。……父上は随分とずるい聞き方をしましたね」
分かっている。今こうして歩兵の行軍速度に合わせてのんびり進軍している間にも、前線では無数の命が失われている。
あるいは帝国軍が占領した土地で暴動が起きているかもしれない。
「戦っている間は何も考えなくていいから楽なもんだぜ。こうしてる時間が一番苦手だな俺は」
「歳三、これも戦いの一部です。既に我が策の術中にあるのですよ」
「へいへい」
帰るまでが遠足のような事を言われて、歳三は面白くなさそうだ。
「むしろ私はこの時間こそが恍惚ですよ……。一度兵がぶつかり合ってしまえばそこから先は個々の技量にしか頼れないのですから。軍師として輝けるのは、戦闘が始まる前にどれだけの策を巡らせるかにかかっていますからね」
私が振り返ると、孔明はうっとりとした目で不敵な笑みを浮かべていた。
何十万もの兵を動かす軍師として活躍していたからには、このぐらいの心持ちでないとやっていられないのかもしれない。
普段は冷静沈着な孔明もまた、乱世を生きた英雄の一人なのだ。
タリオは傍から聞いていて顔を強ばらせていたが。
いずれにせよ、無言の時間よりはここのようなコミュニケーションを取った方が数倍マシだ。
互いの意識や価値観を確認した方が良い。
特に私は彼らのような「命のやり取りの経験」が圧倒的に足りない。
彼らの背中から学ぶべきことは無数にあるのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
こうした行軍を経て、出発から十五日で皇都に到着した。
いざ着いた皇都は、帝国民らしく戦時であってもそれなり人手があった。
しかし、戦時法が適応されている現在、反乱の芽となるような大規模の集会などは禁止されており、奢侈なものも控えるべきという通例から、街はどこか賑わいに欠けていた。
……もっとも、攻められている側の国の首都では、このように呑気に街を歩くことすらもできないのだろうが。
「今日一日は休息日とする。皇都にある帝国軍兵舎ならこの規模の軍隊であろうと容易に収容できる。久しぶりのベッドでゆっくり休んでくれ」
「くれぐれも戦争中であることを忘れず、ハメを外しすぎないように」
「はっ!」
「了解しました」
父と私の号令でとりあえずは解散となった。
とはいえ私たちと各部隊の隊長クラスの人間は、何日遅れかも分からぬ戦況の説明やら、ご身分だけはご立派なお貴族様のご挨拶やらで皇城からお呼びがかかっている。
戦場を知らない老人連中の戯言に付き合わされることほど無意味な時間はない。
私は無心でやり過ごすだけだった。
「父上、良いのでしょうか。私たちだけこのような場所に泊まって」
主のいないそこら辺の街と違い、皇帝陛下は直々に私たちに迎賓館を使うようにとのお達しがあったらしい。
「指揮官が疲れていて正しい判断を出来なくても困る。休むこともまた作戦の内なのだ」
「その通りですよレオ。ほら、久しぶりの温かな食事、頂きましょう!」
「……孔明、お前は呼ばれていないはずだがな…………」
まぁ、シリアスな顔で居座られるより、ニコニコしながら料理を頬張る孔明を見ている方が幾分かマシだ。
ちなみに歳三は一人で夜の街へと出掛けていった。
「腹が減っては戦はできぬとよく言ったものです。意地を張らずに食べなさいレオ」
「食い意地を張っているのは孔明お前だ……。食べ過ぎたら馬に乗るのが辛くなるぞ。それこそ戦どころじゃなくな」
「失礼な!私は命果てるその前、長い間病気に苦しめられました……。だからいつも食事は味気ない精進料理ばかり。……せっかく生き返ったのですから、食べたいものを食べたいのです!」
そう言うと孔明はふんぞり返って、フォークで突き刺した肉に食らいついた。
その光景を見て私はクスリと、久しぶりに笑ってしまった。
これも孔明の策略にハマったということだろうか。
私は最後になるかもしれない豪華な食事を、ひと口ひと口噛み締めた。
もちろん対価を支払っているので、リーンのような街は潤う。
しかし、当のザスクリアは既に出軍しており、リーンは宿場街らしくもない静けさに包まれていた。
私たちだけ宿に泊まるというのも士気に関わるため、兵士たちと仲良く陣幕を張り野宿を繰り返した。
飯は暖かな家のシェフが作ったものからは比べ物にならないほど、味気なく、パサついた冷たい軍食だ。
父や歳三のような腕っぷしがある人か辺りで魔獣を狩って来た時はさながら宴会のような盛り上がりをみせ、新鮮な肉にありつけた。
そして夜な夜な開かれる戦術会議は孔明の独壇場であった。
あらゆるパターンの戦い方を考え、各部隊の小隊長レベルの人間にまで細かな動きを指示していた。
なんでも三十六計だか、また秘策があるらしい。
今は中間地点となる皇都を目指して、絶賛行軍の最中である。
「レオ!随分とお疲れの様子だな!」
「あー、顔に出てしまっているか?」
私はぱちぱちと両手で頬を叩いた。
「レオ様が馬車に乗っても誰も文句など言いませんよ!」
「いや、これは私が望んだことだ。──それにしても尻が痛くなってくるな……」
孔明も普通に馬に乗って私の後ろをついてきている。疲れたからと言って私だけが楽していい道理はない。
前方に父、左右に歳三とタリオ、後ろに孔明の布陣で普段は移動している。何とも頼もしい。
最も、私を囲うことなどせずとも先遣隊であるアルガーたちが賊や魔物の類は蹴散らしてくれているので安全だ。
……いや、二万五千の軍の中心にいて危険なことなどそうそうないが。
「シズネは大丈夫そうなのか?」
私のモチベーションの為だろうか、父が突如話題を振ってきた。
「はい。少し前に貰った手紙では、シズネさんたち妖狐族は極東の本当に海岸線ギリギリの森に住んでいるそうなので」
「……俺たちが到着するまでにどのような戦局の変化があるか分からん。戦場ではいかなる覚悟も必要だ」
「そういう話ですか。……父上は随分とずるい聞き方をしましたね」
分かっている。今こうして歩兵の行軍速度に合わせてのんびり進軍している間にも、前線では無数の命が失われている。
あるいは帝国軍が占領した土地で暴動が起きているかもしれない。
「戦っている間は何も考えなくていいから楽なもんだぜ。こうしてる時間が一番苦手だな俺は」
「歳三、これも戦いの一部です。既に我が策の術中にあるのですよ」
「へいへい」
帰るまでが遠足のような事を言われて、歳三は面白くなさそうだ。
「むしろ私はこの時間こそが恍惚ですよ……。一度兵がぶつかり合ってしまえばそこから先は個々の技量にしか頼れないのですから。軍師として輝けるのは、戦闘が始まる前にどれだけの策を巡らせるかにかかっていますからね」
私が振り返ると、孔明はうっとりとした目で不敵な笑みを浮かべていた。
何十万もの兵を動かす軍師として活躍していたからには、このぐらいの心持ちでないとやっていられないのかもしれない。
普段は冷静沈着な孔明もまた、乱世を生きた英雄の一人なのだ。
タリオは傍から聞いていて顔を強ばらせていたが。
いずれにせよ、無言の時間よりはここのようなコミュニケーションを取った方が数倍マシだ。
互いの意識や価値観を確認した方が良い。
特に私は彼らのような「命のやり取りの経験」が圧倒的に足りない。
彼らの背中から学ぶべきことは無数にあるのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
こうした行軍を経て、出発から十五日で皇都に到着した。
いざ着いた皇都は、帝国民らしく戦時であってもそれなり人手があった。
しかし、戦時法が適応されている現在、反乱の芽となるような大規模の集会などは禁止されており、奢侈なものも控えるべきという通例から、街はどこか賑わいに欠けていた。
……もっとも、攻められている側の国の首都では、このように呑気に街を歩くことすらもできないのだろうが。
「今日一日は休息日とする。皇都にある帝国軍兵舎ならこの規模の軍隊であろうと容易に収容できる。久しぶりのベッドでゆっくり休んでくれ」
「くれぐれも戦争中であることを忘れず、ハメを外しすぎないように」
「はっ!」
「了解しました」
父と私の号令でとりあえずは解散となった。
とはいえ私たちと各部隊の隊長クラスの人間は、何日遅れかも分からぬ戦況の説明やら、ご身分だけはご立派なお貴族様のご挨拶やらで皇城からお呼びがかかっている。
戦場を知らない老人連中の戯言に付き合わされることほど無意味な時間はない。
私は無心でやり過ごすだけだった。
「父上、良いのでしょうか。私たちだけこのような場所に泊まって」
主のいないそこら辺の街と違い、皇帝陛下は直々に私たちに迎賓館を使うようにとのお達しがあったらしい。
「指揮官が疲れていて正しい判断を出来なくても困る。休むこともまた作戦の内なのだ」
「その通りですよレオ。ほら、久しぶりの温かな食事、頂きましょう!」
「……孔明、お前は呼ばれていないはずだがな…………」
まぁ、シリアスな顔で居座られるより、ニコニコしながら料理を頬張る孔明を見ている方が幾分かマシだ。
ちなみに歳三は一人で夜の街へと出掛けていった。
「腹が減っては戦はできぬとよく言ったものです。意地を張らずに食べなさいレオ」
「食い意地を張っているのは孔明お前だ……。食べ過ぎたら馬に乗るのが辛くなるぞ。それこそ戦どころじゃなくな」
「失礼な!私は命果てるその前、長い間病気に苦しめられました……。だからいつも食事は味気ない精進料理ばかり。……せっかく生き返ったのですから、食べたいものを食べたいのです!」
そう言うと孔明はふんぞり返って、フォークで突き刺した肉に食らいついた。
その光景を見て私はクスリと、久しぶりに笑ってしまった。
これも孔明の策略にハマったということだろうか。
私は最後になるかもしれない豪華な食事を、ひと口ひと口噛み締めた。
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