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第一章

91話 収支報告

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 やがて季節は本格的な冬を迎えた。

 と言っても、大陸のほぼ中心であるここファリアは、内陸の気候らしく雪は殆ど降らない。
 そのため春になるとすぐに作物を育てられ、農業が発展したのだ。

 窓を見ると、一面茶色の殺風景な畑と痩せこけた木々が寒さに凍えているようだった。

「───レオ、今月の収支です。確認を」

 今日も今日とて私は書斎に篭っていた。
 ヘクセルが研究の片手間に作った火の魔石入りヒーターのおかげで、部屋中ぽかぽかだからだ。

 孔明がいつもいる改装した資料室は、万が一にも火元には気をつけなければいけないため、ヒーターは置いていない。
 だからか孔明は書類片手にしょっちゅう私の部屋に来る。

「ご苦労だ孔明。どれどれ……。おっ、鉱山からの収入が思ったよりもあるな」

「ええ。皇帝陛下に増額された税の内、約半分は鉱山収入で賄えそうです」

 後の調査でわかったが、嬉しいことにファリア近郊の鉱山からは鉄を中心に金属系統の鉱石が採れた。
 これらは兵器開発にも使えるので、万々歳である。
 だが現在はまだ工房やらの準備が整っていないため、近隣の都市へ輸出しているのだ。

 ついでにおまけのような小さな魔石も採れるようだ。イメージは砂金に近い。ヘクセルはこれでも喜んでいたが、  どう利用できるのか疑問ではある。

「このウィルフリードからの収入は……、できればカウントしたくないがな」

「かなりの割増料金で買取を行って頂いていますからね」

 食糧不足気味なウィルフリードの事情ももちろんあるのだが、それよりもやはり母の忖度がそこにはあった。
 来年からはキチンと適正価格で交易を行いたい。



「それで歳三?軍備の方はどうなった?」

「おっと、バレてたか。警備の振りして扉から漏れる空気で暖を取ったたんだがな……」

 歳三は悪びれもせず、わざとらしい口振りで入ってきた。

「中の方が暖かいだろ?」

 節約のつもりで屋敷の暖炉も弱火にしていたが、薪の燃料代よりも仕事の効率を優先した方が結果的に良さそうだ。

「───まァ、ぼちぼちって感じだな。連弩の試作機で訓練をしてはいるが、結局全員に装備させられる数が揃わねェと意味がねェしな。……他は、元ファリアの兵もウィルフリードからの兵も少しは打ち解けてきたし、この調子だな」

「鉱山開発に目処が立ったので鉱夫たちの奮闘を祈りつつ、職人たちは連弩作りに回しましょう。いつ起こるか分からない争いに備え、三思後行さんしこうこうの心持ちで取り組むべきです」

 そもそもが農業中心の仕組みで成り立つファリアである。多方面での急速な発展はどこかで歪みを生んでしまう。
 そこを調節するのが領主としての責務だ。

「都市計画についてはまた人口が増えてから考えよう。今は物質的な豊かさと安全保障を第一に考え、領民にはこの冬に何らかの成長をしてもらう」

 農業、商業、工業、そして学業。バルンが決して成し得なかった実績を挙げて初めて私も領主として認められるだろう。

「了解致しました」
「あいよ」



「おはようレオくん。今大丈夫かな?」

 いつもの着物に、落ち着いた紺色の羽織を合わせたシズネがやって来た。

 より動物に近い獣人は冬毛に変わったりもするそうだが、人間に近い亜人であるシズネにその様子は見られない。
 いや、心なしか尻尾の白い毛がいつもよりフサフサな気もしなくもない……のか?

「おはようございますシズネさん。……大丈夫ですが、何かありましたか?」

 教師と生徒の立場だった名残で今も敬語を使ってしまう。
 もう家庭教師としてではなく、公務員的な役割で雇用しているのだが……、完全に変えるタイミングを失ったのである。

「今日は授業を休みにして来ました。───それで、これが頼まれていた調査結果です」

 シズネもシズネで、仕事モードと切り替えて話すのでやりにくさはある。

 ただ、軍政的な帝国で女性の社会的地位は低く、活躍する女性は少ないため、こうして働く女性の姿には心に来るものがある。
 いやシズネだからってだけかもしれないが。

「……想像よりも識字率は低いですね。特に書きが。読める人は多くてまだ安心しました」

 領民から無作為に抽出した数十名に簡単なテストを行った。
 その結果、

 ・読みのみ 五割
 ・読み書き 二割
 ・非識字者 三割

 となった。

 とりあえずファリアで本はあまり売れなさそうだ。

「計算はもっと酷く、各ギルドの受付や商人以外は厳しそうです。……全体を通して、帝国全体よりファリアは少しだけ低い水準ですね」

「分かりました。シズネさんはこの数字が少しでも向上するよう、引き続き私塾の運営をよろしくお願いします。……十年後にはファリアが帝国で一番になるように」

「頑張ります!」

 政治的にどれだけ私たちが関与できるかは分からない。産業の成長、国の外交状況にも左右されるだろう。
 戦争の為に農工業中心となり、兵役で学業が禁止になる。そのようなことにはならないと確信はできないのだ。

「私も時間の許す限り、少々の書を記そうかと思います」

「あぁ、そう言えば私も孔明に頼もうと思ってたんだ。……故事から学べることは沢山あるからな」

「えぇ。いつかは野に名士が溢れるようになるでしょう。……泰平の世が築かれ、学問が栄えれば───」

 劉備が叶えれなかった夢。その姿を、孔明は私に重ねているのだろうか。

「そんじゃァ、俺もちょっと書き物を……」

「───歳三、後世にも残るからラブレターも手を抜くんじゃないぞ」

「ハハ!……へいへい」

 仕事の責任は重くとも、こんな平和が周りにあるだけで頑張れる。
 そういう平和を、私は守りたい。
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