63 / 262
第一章
61話 咬牙切歯
しおりを挟む
門が開き切ると、その両脇には大量の兵士が並んでいた。やはり門を開けるには相当な人数が必要らしい。
そんな彼らが一斉に動き出し、一本の道を作り出す。
「さてさて……」
ヴァルターは腕を少し上げる。
「構え! ……敬礼!」
腕章を付けた兵士の合図と共に、甲冑姿の兵士たちが胸に拳を当て敬礼する。
ガシャン! と金属音を立てる人の波がどこまでも広がっていく様子は見ていて圧巻であった。
「では参りましょうか」
ヴァルターはかなりゆっくりと馬を走らせる。
それに続く私たちがちょうど差し掛かった所の兵士が、槍を地面に付き構え直す。
「ふむ。さすが宮中の警備を任される衛兵。練度が違うな」
父の面持ちも打って変わって真剣なものに変わっている。
歳三はどっしりと構え微動だにせず、侍の威厳を放っていた。
孔明は羽扇を閉じ口元に当て、まるで品定めをするかのように兵士たちを眺める。
そう言う私は緊張のあまり、固唾を飲んでこの光景を目に焼き付けるばかりだった。
「では私たちはこれより先には行けませんのでここで」
「うむ、ご苦労だったなアルガー。お前たちも少し皇都を満喫してこい!」
「は。では失礼します」
こうして私たちの左右を警備していた皇都とウィルフリードの兵たちは離脱した。
これより先は一般人は立ち入りできない宮中なのだと改めて実感させられた。
だが城門をくぐったとてすぐに本城に着く訳ではない。
幾重にも張り巡らされた通路と城壁が防衛網をなし、要所には砦が設けられている。
だが、真っ先に私たちの目に飛び込んできたのは広大な敷地に広がる庭園だった。いや、それはもはら小さな森のようであった。
花が蝶を寄せ、木々には鳥たちがさえずり、中央にある噴水と先王の銅像がこの国の繁栄を象徴しているかのようだ。
……戦費に税を費やし、我々貴族ですら節制を心がけていると言うのに、やはりある所にはあるのだ。
「…………っあ、と………うん…………」
御者の兵士が庭園の説明をしたそうに私たちを振り返ったが、その言葉を飲み込んだようだ。彼は生来の世話好きなのだろう。
だが生憎、私も気の利いた返事を出来そうになかったのでそれでいい。
「随分と豪勢な城だなァ? 俺はてっきり江戸城を大きくした程度だと思ってたが……」
西洋学に通ずる流石の歳三と言えども、洋風な城を目の当たりにするのは初めてだろう。
「えぇ……まるで街の中で森に迷い込んだみたいです……。成都での日々を思い出しますね……」
情緒の欠片もない私には、これだけの土地が首都の一等地にあればどれだけの事ができるだろうか、などと考えていた。
それはあまりに即物的で現実主義過ぎて、自分自身でも嫌気が差した。
「この庭は皇后陛下様が自ら手入れなさったご自慢の庭園なのですよ。時より上級貴族達を招いてパーティーをなさるのです。ウィルフリードの皆様もお呼びかかると良いですねぇ」
「いやはや、辺境の田舎貴族にはとてもとても……」
ヴァルターのトゲのある言い方に私は違和感を覚えた。どうやらそれは孔明も同じようだ。
それに、仮にも貴族である父が、陛下肝煎りだとしても所詮は平民もしくは準貴族のこの男にへりくだる意味が分からない。
社交界、そしてこの国の政治の中枢に対する不信感はこの僅かな会話のやり取りで顕(あらわ)となった。
父は、子供である私や政治には疎い歳三、来たばかりの孔明には分からないと踏んでいるのだろうか。
しかし、子供は大人が想像する以上にずっとよく大人を観察している。まぁ、私の中身は……。
それに孔明は歴史上類を見ないほど聡い人物だ。蜀の政治を握った彼に、政治上のことで分からぬことはないと言っても過言ではないだろう。
歳三も新撰組という組織の、規律を一番重視した鬼の副長。上下の戒律は誰よりも理解している。
この場にいる誰もがそのちぐはぐとした会話の意味を理解し、その雰囲気を鋭く感じ取った。
「落ち着け歳三。気にしてはならぬ」
父は横に座る歳三に小さな声で耳打ちした。
見ると、歳三は刀に手をかけている。
「……チッ! どうもアイツは好きになれそうにねェな」
歳三は柄から手を離し、刀をコートの下に潜り込ませた。
「レオ。このような咬牙切歯(こうがせっし)な思い。忘れてはなりませんよ」
「大丈夫だ孔明。領民の為なら泥水を啜ってでも食らいつくさ。父上もよくそのことをわかっている。……歳三も、その力を振るうのは、然るべき時が来てからだ」
「……それは『然るべき時』が来るってことでいいのか?」
「…………さあ、どうだろうな……」
私たちは、馬の蹄が地面を蹴る音と馬車の車輪が軋む音に紛れながら言葉を交わした。
その胸には、静かに、しかし熱く燃え盛る炎が宿っていた。
残念ながら、今日という日であってもその庭を楽しむことは出来ず、すぐに横の狭い通路へと通された。
「何をしている。早く全ての門を開けよ!」
「は!」
城内は螺旋を描くように通路が作られている。その途中には鉄格子の門が設けられ、敵の侵入を阻んでいた。
「手際が悪くて申し訳ありません。何せいちいち門を閉めねばならない規則なのです」
「いやえ、陛下の身に万が一があっては大変です。それぐらい慎重を期す方が良いでしょう」
「ええ、確かに。近頃は反乱ばかりですからねぇ……。困ったものですよ」
それを私たちの前で、自分が中央の、監督者側であることを知った上でそう無責任な発言をするか。
これにはさすがの私も思うところがあった。
しかし、飲み込む。
争うべきはここではない。
私たちは「ファリア獲得」という大それた直訴をこれから陛下にするのだ。無駄な戦いで傷ついたウィルフリードの為に。
まさかこの高慢ちきな男も、行きに皮肉った人が帰りに領地を引っさげて来るとは思うまい。
この男の鼻を明かすという意味でも、この謁見を実りあるものにしなければと決意した。
そんな彼らが一斉に動き出し、一本の道を作り出す。
「さてさて……」
ヴァルターは腕を少し上げる。
「構え! ……敬礼!」
腕章を付けた兵士の合図と共に、甲冑姿の兵士たちが胸に拳を当て敬礼する。
ガシャン! と金属音を立てる人の波がどこまでも広がっていく様子は見ていて圧巻であった。
「では参りましょうか」
ヴァルターはかなりゆっくりと馬を走らせる。
それに続く私たちがちょうど差し掛かった所の兵士が、槍を地面に付き構え直す。
「ふむ。さすが宮中の警備を任される衛兵。練度が違うな」
父の面持ちも打って変わって真剣なものに変わっている。
歳三はどっしりと構え微動だにせず、侍の威厳を放っていた。
孔明は羽扇を閉じ口元に当て、まるで品定めをするかのように兵士たちを眺める。
そう言う私は緊張のあまり、固唾を飲んでこの光景を目に焼き付けるばかりだった。
「では私たちはこれより先には行けませんのでここで」
「うむ、ご苦労だったなアルガー。お前たちも少し皇都を満喫してこい!」
「は。では失礼します」
こうして私たちの左右を警備していた皇都とウィルフリードの兵たちは離脱した。
これより先は一般人は立ち入りできない宮中なのだと改めて実感させられた。
だが城門をくぐったとてすぐに本城に着く訳ではない。
幾重にも張り巡らされた通路と城壁が防衛網をなし、要所には砦が設けられている。
だが、真っ先に私たちの目に飛び込んできたのは広大な敷地に広がる庭園だった。いや、それはもはら小さな森のようであった。
花が蝶を寄せ、木々には鳥たちがさえずり、中央にある噴水と先王の銅像がこの国の繁栄を象徴しているかのようだ。
……戦費に税を費やし、我々貴族ですら節制を心がけていると言うのに、やはりある所にはあるのだ。
「…………っあ、と………うん…………」
御者の兵士が庭園の説明をしたそうに私たちを振り返ったが、その言葉を飲み込んだようだ。彼は生来の世話好きなのだろう。
だが生憎、私も気の利いた返事を出来そうになかったのでそれでいい。
「随分と豪勢な城だなァ? 俺はてっきり江戸城を大きくした程度だと思ってたが……」
西洋学に通ずる流石の歳三と言えども、洋風な城を目の当たりにするのは初めてだろう。
「えぇ……まるで街の中で森に迷い込んだみたいです……。成都での日々を思い出しますね……」
情緒の欠片もない私には、これだけの土地が首都の一等地にあればどれだけの事ができるだろうか、などと考えていた。
それはあまりに即物的で現実主義過ぎて、自分自身でも嫌気が差した。
「この庭は皇后陛下様が自ら手入れなさったご自慢の庭園なのですよ。時より上級貴族達を招いてパーティーをなさるのです。ウィルフリードの皆様もお呼びかかると良いですねぇ」
「いやはや、辺境の田舎貴族にはとてもとても……」
ヴァルターのトゲのある言い方に私は違和感を覚えた。どうやらそれは孔明も同じようだ。
それに、仮にも貴族である父が、陛下肝煎りだとしても所詮は平民もしくは準貴族のこの男にへりくだる意味が分からない。
社交界、そしてこの国の政治の中枢に対する不信感はこの僅かな会話のやり取りで顕(あらわ)となった。
父は、子供である私や政治には疎い歳三、来たばかりの孔明には分からないと踏んでいるのだろうか。
しかし、子供は大人が想像する以上にずっとよく大人を観察している。まぁ、私の中身は……。
それに孔明は歴史上類を見ないほど聡い人物だ。蜀の政治を握った彼に、政治上のことで分からぬことはないと言っても過言ではないだろう。
歳三も新撰組という組織の、規律を一番重視した鬼の副長。上下の戒律は誰よりも理解している。
この場にいる誰もがそのちぐはぐとした会話の意味を理解し、その雰囲気を鋭く感じ取った。
「落ち着け歳三。気にしてはならぬ」
父は横に座る歳三に小さな声で耳打ちした。
見ると、歳三は刀に手をかけている。
「……チッ! どうもアイツは好きになれそうにねェな」
歳三は柄から手を離し、刀をコートの下に潜り込ませた。
「レオ。このような咬牙切歯(こうがせっし)な思い。忘れてはなりませんよ」
「大丈夫だ孔明。領民の為なら泥水を啜ってでも食らいつくさ。父上もよくそのことをわかっている。……歳三も、その力を振るうのは、然るべき時が来てからだ」
「……それは『然るべき時』が来るってことでいいのか?」
「…………さあ、どうだろうな……」
私たちは、馬の蹄が地面を蹴る音と馬車の車輪が軋む音に紛れながら言葉を交わした。
その胸には、静かに、しかし熱く燃え盛る炎が宿っていた。
残念ながら、今日という日であってもその庭を楽しむことは出来ず、すぐに横の狭い通路へと通された。
「何をしている。早く全ての門を開けよ!」
「は!」
城内は螺旋を描くように通路が作られている。その途中には鉄格子の門が設けられ、敵の侵入を阻んでいた。
「手際が悪くて申し訳ありません。何せいちいち門を閉めねばならない規則なのです」
「いやえ、陛下の身に万が一があっては大変です。それぐらい慎重を期す方が良いでしょう」
「ええ、確かに。近頃は反乱ばかりですからねぇ……。困ったものですよ」
それを私たちの前で、自分が中央の、監督者側であることを知った上でそう無責任な発言をするか。
これにはさすがの私も思うところがあった。
しかし、飲み込む。
争うべきはここではない。
私たちは「ファリア獲得」という大それた直訴をこれから陛下にするのだ。無駄な戦いで傷ついたウィルフリードの為に。
まさかこの高慢ちきな男も、行きに皮肉った人が帰りに領地を引っさげて来るとは思うまい。
この男の鼻を明かすという意味でも、この謁見を実りあるものにしなければと決意した。
17
あなたにおすすめの小説
スキルハンター~ぼっち&ひきこもり生活を配信し続けたら、【開眼】してスキルの覚え方を習得しちゃった件~
名無し
ファンタジー
主人公の時田カケルは、いつも同じダンジョンに一人でこもっていたため、《ひきこうもりハンター》と呼ばれていた。そんなカケルが動画の配信をしても当たり前のように登録者はほとんど集まらなかったが、彼は現状が楽だからと引きこもり続けていた。そんなある日、唯一見に来てくれていた視聴者がいなくなり、とうとう無の境地に達したカケル。そこで【開眼】という、スキルの覚え方がわかるというスキルを習得し、人生を大きく変えていくことになるのだった……。
ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ
高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。
タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。
ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。
本編完結済み。
外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。
ハーレムキング
チドリ正明@不労所得発売中!!
ファンタジー
っ転生特典——ハーレムキング。
効果:対女の子特攻強制発動。誰もが目を奪われる肉体美と容姿を獲得。それなりに優れた話術を獲得。※ただし、女性を堕とすには努力が必要。
日本で事故死した大学2年生の青年(彼女いない歴=年齢)は、未練を抱えすぎたあまり神様からの転生特典として【ハーレムキング】を手に入れた。
青年は今日も女の子を口説き回る。
「ふははははっ! 君は美しい! 名前を教えてくれ!」
「変な人!」
※2025/6/6 完結。
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ダンジョン美食倶楽部
双葉 鳴
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。
身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。
配信で明るみになる、洋一の隠された技能。
素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。
一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。
※カクヨム様で先行公開中!
※2024年3月21で第一部完!
スーパー忍者・タカシの大冒険
Selfish
ファンタジー
時は現代。ある日、タカシはいつものように学校から帰る途中、目に見えない奇妙な光に包まれた。そして、彼の手の中に一通の封筒が現れる。それは、赤い文字で「スーパー忍者・タカシ様へ」と書かれたものだった。タカシはその手紙を開けると、そこに書かれた内容はこうだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる