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第一章

38話 稽古

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 次の日の朝、父からの伝令の彼が謁見を求めてきた。私はそれに応じる為、服を着替えていた。

「マリエッタ、彼を会議室に通してくれ」

「かしこまりました」

 すぐに正装を身にまとい、私も会議室に急いだ。




「待たせてすまない。それで、要件とは?」

「いえ、こちらこそ朝早くから申し訳ありません。……私もファリアの調査へ参加したく存じます。つきましてはレオ様に口利きをお願いしたいのです」

 彼は改まって頭を下げた。

「それ自体は別に構わないが……、どうして急に?」

 当然の疑問だった。皇都からの援軍がそのまま調査に向かっている手筈だ。私たちが改めて何かする必要はない。

「いえ、その方が後々良いかと」

「うーん……」

 あまり多くを語らない性格なのか、具体的な事は何も教えてくれそうになかった。それでも、母に見抜かれ雇われた遥かに優秀な彼の考えなら悪くないだろうと判断した。

「分かった。それじゃあ少し待っていてくれ。すぐに一筆認めよう」

「ありがとうございます」

 私は会議室に置かれている紙に、ウィルフリードから調査の人間を送る旨と、私自身のサインを記した。そう仰々しい書類を作る必要もないだろう。

「───よし、ではこれを持っていってくれ。止められる理由もないのでこれで大丈夫だとは思う」

「…………確かに受け取りました。それでは失礼します」

 彼は紙に書かれている内容を一瞥し、丸めて腰に提げているポシェットにしまい込んだ。

「あ、そうそう、君の名前を教えてくれないか。ずっと聞こうと思っていたんだ」

「私ですか……?私はウィルフリード諜報部のアルドと申します。軍の記録所にも明記されているはずです」

 アルドは毅然とした態度で応じた。

「いや、君の正体を疑っているわけじゃないんだ。気を悪くしたならすまない」

「いえ、お気遣いなく」

 父はなぜ諜報部の人員まで連れて北の魔王領へ任務に赴いたのだろうか。そもそも、私はウィルフリードに諜報部なるものが存在していたことすら聞かされていない。

 母が人員を見繕って新たな部隊を創設していたのだろうか。

「引き止めて悪かった。早速ファリアへ向かってくれ」

「了解しました。それでは行ってまいります」

 アルドは頼まれるというより命令される方が気が楽そうに見えた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




 アルドを見送り、私は今日も訓練所に来ていた。私が大人だったら、もうそろそろ暇で遊びに来る鬱陶しい上司認定されそうである。

 私がまだ幼く、将来の領主であるという立場であるからまだ社会科見学に熱心な子供位には思われているだろう。いやそうであって欲しい。

 以前のように図書室で本を読み漁ってもいいのだが、あそこではシズネさんが仕事をしている。その横で一人暇つぶしの読書に耽るというのは頂けない。

「おうレオ、今日もご苦労だな」

「おはよう歳三」

 まばらにいる兵士の中から歳三が私に気づき、声をかけてくれた。

「今日は出かけないぜ……?」

「そんな私が遊び呆けてるように言わないでくれよ」

 実際遊びに来てる訳だが。

「それじゃあ、久しぶりに俺と稽古といくか?」

 歳三はにやりと笑った。

 父たちが出兵してから私は訓練に参加していなかった。きっと腕が鈍って無様な醜態を晒すことになるだろう。それでも私には根拠の無い自信があった。

「……歳三には言っていなかったが、これでも戦場で戦果を上げてきたんだぞ?」

「ほう!そりゃァ楽しみだな?」

 かくして歳三と私のスペシャルマッチが組まれることになった。

 兵士たちは興味深そうに、訓練所の中心にいる私と歳三を囲うようにして見ている。この人数の前であまり大恥をかくのは勘弁願いたいものだ。



「レオ様、こちらをお使いください」

 兵士の一人が私に木剣を用意してくれた。歳三は自分の木刀を握りしめ、準備万端だ。

「それじゃァ、始めるぜ?レオの好きなタイミングでかかってきていいぜ」

「では行くぞ歳三!」

 私は両手で木剣を上段に構え、力強く踏み出し歳三に斬りかかった。

 しかし、歳三は素早く後ろに飛び跳ね鼻先で私の剣を躱す。

 空を切った木剣の重さに私が体制を崩した、その瞬間を歳三は見逃さなかった。

 歳三が後ろ向きの勢いを一瞬で前に変えた。そしてその勢いのまま木刀を私の無防備な首から肩にかけて振り下ろす。

 私は膝を地面につき、腰を落とすことでその距離を稼ぐ。その僅かな隙に木剣を引き返し、歳三の攻撃を受け止めた。


 ガン!という鈍い音と共に肩に衝撃が走った。

「レオ、それが本物の剣だったら死んでたぜ?」

 歳三の攻撃には防御が間に合っていた。しかし、その勢いを完全に受け止めることができず、押し負けた私の木剣は自分自身の肩にぶつかっていた。

「鎧を着ていれば大丈夫さ!」

 私は身を滑らせ、左脚で歳三の腹を蹴りあげた。

「ゔぉッ!」

 これには歳三ものけぞった。

 剣術にはこんな泥臭い技はないだろう。しかし、その道に全く明るくない私はなんでもありだ。歳三の意表を突く技を繰り出すしか勝機はない。


「やるじゃねェか!これが大人だったら体重も乗って強烈な一撃だったろうな!」

「幕末の志士にお褒め与ることができるとは、光栄だな!」

 私たちは笑顔で再び向き合った。

 ここまでワクワクしたのは久しぶりのことだ。体を動かすのは何よりの気晴らしになる。

 そして、圧倒的な力量差を見せられ、改めて目の前の人物が「英雄」であることを思い出す。歳三はまだスキルも何も使っていない。本気を出せば私など一太刀で吹き飛ばされるだろう。

「さァ来い!」

「はぁぁぁ!」

 歳三の頭を目掛けて振り下ろした剣は、身長差もあり、見事に受け止められた。私の剣は歳三の顔の前で動かなくなっている。

「こんなもんか?」

 歳三は刀を立て私の剣をいなした。

 私はその流れのまま今度は一閃。しかし、それはまた空を切るだけだった。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 久しぶりの全力で既に私の体力は尽きかけていた。



「さて、もうそろそろ終わりにするか」

 歳三は片手でゆらりと翻し、ゆっくり私に歩み寄る。

 私はその威圧感と覇気に気圧され、ジリジリと後退するしか無かった。

「行くぜレオォ!」

「クッ……!」

 私は最後の力を振り絞り、渾身の一撃を放つ!

 そう剣を力強く握りしめた時だった。



「レオ様!ここに居たんですか!」






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 





 私は手を止め、歳三の見つめる先を振り返った。

 そこにはタリオの姿があった。

「どうしたんだタリオ!戻ってきていたのか!」

「レオ様こそ何してるんですか!大変ですよ!早く戻ってきてください!」

 タリオは私の腕を引く。

「ありがとう歳三、また今度な!」

「お、おう……」

 私は後ろ手に手を振る。歳三も困惑の色を隠せていなかった。

 そんな私たちの戸惑いをよそに、タリオは私を無理やり馬に乗せた。

「タリオ、ちゃんと説明してくれ!一体なんだって言うんだ!」

「どうしたもこうしたも、私が帰ってきたんですよ!つまりはそういうことです!」

 どういうことだよ!

 そう言いたくなるのを堪え、黙ってタリオの馬について行く。

 西門が近づくにつれ、タリオの言っている意味が分かってきた。

 ズンズンと地面が揺れる。門の外を眺めると、巻き上がる土煙の中にうごめく大量の影が見えた。

「あれは───!」

「そうです!帰ってきたんですよ!」

 煙が晴れ、見えてきた軍団が掲げる紫色の旗は、紛れもなくウィルフリードの旗だった。

「父上!!!」
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